杉並切り裂きジャック 犯人が送った脅迫状





 昭和39年3月頃、被告人は警視庁広報課宛に第1の投書を送っている。投書を思いたった理由は、被告人によると前年の12月の犯行が大きく報道され、警察が全力を挙げて捜査しているというニュースを聞き、「一つ警察をからかってやれ」と思ったことであるという。

 この投書を警視庁では悪戯と見なして不問に付し、従って新聞にも報道されなかった。この投書の中で被告人は自分が犯人であることを繰り返し述べており、異常な自己顕示欲を見ることが出来る。被告人は投書が報道されなかったので、失望したのか、一時投書をやめた。しかし、また投書を再開する。しかし、その後は宛先を被害者(第2の投書、第3の投書)に変えているところから考えて、投書の目的は単に警察を愚弄し、捜査を攪乱することだけでなく、ジャーナリズムを通して世間の注目をあびることにあることがうかがわれる。

 昭和38年8月28日の第9の犯行から、10月10日の第12の犯行の間に、11件の投書を集中的に行っている。

 被告人は第9の犯行の翌日、新聞に報道され、その記事で知った被害者の父親宛に、英文で書いた葉書を郵送している。その内容は、当時の吉展ちゃん誘拐事件や埼玉県の女子高校生殺し等で報道された記事をヒントにしてて書いたもので、金額、場所、服装を細かく指定するなど、如何にも脅迫状らしくみせているが、金銭を奪取する意志が始めからなかったと思われる。

 第11の犯行前後には、8月29日の消印でMr.S宛(第4の投書)、9月2日の消印で小学校宛(第5の投書)、、又9月7日消印で野方警察署宛(第6の投書)、又9月7日消印で警視庁広報課宛(第7の投書)、9月7日消印で野方警察署長宛(第8の投書)、9月9日の消印でS宛(英文・第9の投書)、9月17日消印で大宅壮一(第10の投書)大浜英子宛(第11の投書)に、それぞれ、挑戦的あるいは脅迫的な内容の投書をしている。これらの多くは新聞で報道された。被告人は一つ一つその反響を確かめつつ、つぎつぎ投書を行い、ひそかな自己満足に浸っていたものと推定される。

 被告人は、9月9日消印の野方警察署長宛の投書で「コノ次ニハ634ノ4アタリデ活躍スルツモリダ」と予告したが、この予告の実行を実際に試みている。

 10月10日、オリンピック開会式の当日、全国民の関心が、オリンピック開会式のテレビ中継に向けられ、また警官の警戒が少ないことなどを考慮した上で、まず予告通り武蔵野市方面での犯行を企図し、午後1時30分頃、自宅を出て、8月に杉並区立A小学校から盗み出した大学ノートを加工した上、荻窪駅北ロ交番脇にわざと落とした(第14の投書)上、第11の犯行を行い自宅に帰り、更に20分程で急いで書き上げた、野方警察署長宛の投書を持ってわざわぎ中央線に乗って中野駅まで乗り、中野駅前南ロの交番に投げ入れた(第12の投書)上、自宅に戻っている。

 この投書には、前に予告した通り、武蔵野市で実行したむねが書かれ、切り裂きジャックの署名がしてあり、更に新聞記事の「脅迫状は無関係」の字句のうち「無」の字を切りぬいて、脅迫状の発信者が犯人であることを誇示している。わざわざ危険を冒して、交番に直接届たのは、当日は土曜日で郵便物の集配がなくもし郵送した時はこの脅迫状が報道されるのは可成り遅れてしまい、あたかも犯行の新聞報道をみて、他人が投書したかに思われ、投書者と犯人が同一であろことの信憑性がうすれると考えたからであるという。

 このあと、10月14日の日付で、英文(第13の投書)で、野方警察署長宛にJACKの署名で、10月10日の犯行の際の模様、被害者の着衣などを詳細に書き送り、更に、次回の犯行には、JACKと署名するむねの予告をしている。この予告は結局実行されず、刑事の聞き込み捜査が自宅付近にも及び、逮捕される危険を感じたので投書、あるいは犯行を中止している。

 なお、投書のうち、第2、3、5、6、7、12の封筒の裏には封印として赤い短剣が描かれてあった。










第1の脅迫状  消印 昭和39年3月8日 pm0-6 新宿局   宛先 警視庁広報課

 私は小学生の下腹部を切った犯人だ。私は変質者ではない、デハ ナゼ彼ラニ傷ヲ負ワセ夕カトイウト ソレハ、杉並警察署員及ビ警視庁ノ刑事タチヲ、アヤツリ人形ノヨウニ私ガ動カスタメダ。ナゼソノヨウナコトヲスルノカトイウト、"日本"ノ警察ハ良クナイコトヲスル、夕トエバ一九六四・二・十二、ニ池袋ノマンモス交番ノ「丸山今利」「西沢亭」ガ行ッタ行動、ソノ他、多クノ朝鮮人ヘノ差別ガアル。夕トエバ一九六四・二・十二ノ朝「茨城朝鮮中高級学校」ノ寄宿舎デ日本ノ警察官(低能)ガ行ッタコト(ヨク調ベレバ分ル)、一九六二・九・二〇、アル交番デ公園デ話ヲシテイタ朝鮮人ヲ警察官ガ(悪人)ソノ交番へ連レテ行キ、カンキンシテ暴行シタ事件、ソノ他、滋賀県、伊香郡木之警察署デ二人ノ児童ニ放火ノヌレギヌヲ負ワセタ事件ナドイロイロアル、以上ノヨウニ日本ノ警察ハ悪イ。
ソコデ、私ハコレカラモドンドン私ノ計画ヲ実行スルツモリデアル、アナタ方ハ私ニアヤツラレテ、クタビレロ!私ハ絶対ニソカマラナイ、
私ガ犯人ダトイウ証拠ハ事件ノ詳細ヲ知ッテイルタトエバ一九六四・七、○○小ノ児童ニ傷ヲ負ワセタ箇所ハ睾丸デアル、コノ時ハソコヲ半分切リツケタ、ソシテ一九六三・十二、二西田町デ負ワセタ時モ、同ジ個所デ、ソノ時ハ全部切リ取ッテヤッタ、私ノ言ウコトガ分カッタカ?!




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第2の脅迫状  消印 昭和39年7月13日 pm8-12 練馬局   宛先 E君(第4の犯行の被害者)

 白角封筒。白紙左半分に被害者の写真(読売新聞朝刊切抜)を貼り、右半分に男性裸体の陰部をナイフで切っている絵に顔の部分のみ、新聞記事の被害者の顔写真を切り抜いてはってあるもの。




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第3の脅迫状  消印 昭和39年8月12日 pm6-12 杉並局   宛先 I君(第6の犯行の被害者)

 白角封筒。第2の投書と同じ絵を描き、余白に
「杉並区で小学六年生が手を細いヒモで後手にしばられ重傷を負わされた、身体障害者の苦しみをなめなけれぱならない。」
という朝日朝刊の記事を切り抜き貼ったもの。




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第4の脅迫状  消印 昭和39年8月29日 pm6-12 杉並局   宛先 Mr.s(第9の犯行の被害者の父親)


官製ハガキに筆記体で手書き。

I am the man that inflicted your son. Next, if you dont feel like losing him, you pay me "1000,000 yen."
If you talk police man and some editors and you want not to pay the money, I'll kill him by all means.
You want pay the money, you come Ogikubo Station the north side with sunglass and white shoes and have a package wrapped up a red cloth at noon the sixth of Sept. I'm Going to waiting there.

From the offender.



大意
「私はお前の息子を傷つけた犯人だ、彼を失いたくなければ百万円持って来い、もし警察か新聞に知らせればお前の息子を殺す」


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第5の脅迫状  消印 昭和39年9月2日 am8-12 中野局   宛先 杉並区立○○小学校(実在の小学校名のため伏せ字にしています)

 白角封筒。白紙に第2、第3の投書と同じ「陰部切りの絵」を描き
「ヨケイナ手出シヲスルナモシスルノナラバ、私ハ○○小ノ児童タチヲコラシメテヤルツモリダ。カクゴヲシテオケ。」
と万年筆で横書きし、余白に
「PTAを開き、子どもたちを守るための自衛体制を検討することになった」
という、朝日朝刊の記事切抜きが貼ってある。




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第6の脅迫状  消印 昭和39年9月7日 am8-12 中野局   宛先 野方警察署

 白角封筒。第2、第3、第4の投書と同じ「陰部切りの絵」を画いたものを縦に半分に切ったものの右半身を同封し
「イクラ ワメイテモ捜シテモムダダ。ツカレテクルダロウ。私ハ絶対ニツカマラナイノダ」
と横書きしてその右側に
「異例の特別捜査本部を野方署に設け、捜査に乗り出した」
という朝日朝刊の切抜きが貼ってある。




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第7の脅迫状  消印 昭和39年9月7日 am8-12 中野局   宛先 警視庁広報課


 白角封筒。第6の投書に使用した絵の半分の左半身を同封し
「イクラワメイテモ、捜シ回ッテモムダダ、アナ夕方ハツカレテクルダロウ。私ハ絶対ニツカマラナイノダ。」
と横書きして、その右側に朝日朝刊の見出しの切抜きが貼ってある。




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第8の脅迫状  消印 昭和39年9月9目 pm8-12 中野局   宛先 野方警察署長

 白角封筒。「アナタ方ニハ、私ガヤッタトイウコトガマデ信ジラレナイヨウダ ダカラ私ハコノ次カラ襲ワレタ者ノ持チ物ヲ送ルツモリダ ソウスレバ私ヲホントウニ信ジルダロウ。
 私ノ予定。コノ次ニハ六三四ノ四(「むさしのし」と読める・編者注)アタリデ活躍スルツモリダ。」と横書きし、
 「脅迫状についてはそれほど事件に関係があると思えない。犯人には結びつかないのではないか。との見方が強い。署長の話」という朝日新聞朝刊の切抜きを貼ってある。




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第9の脅迫状  消印 昭和39年9月9日 am8-12 中野局   宛先 Mr.s(第9の犯行の被害者の父親)

You told police, didn't you?
I'm sorry for your son. From Suzuki Fumitaro Asahigaoka No.1-58 Nefima-Ku inTokyo



大意
「お前は警察に話したろう。お前の息子には気の毒なことになるぜ。」


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第10の脅迫状  消印 昭和39年9月17日 am8-12 石神井局   宛先 大宅壮一様

 白角封筒。白紙に台の上に裸体男性を横たえその両手と腹部を夫々台に打った釘に縛り付け、その男の陰部をナイフで切り取っている絵を画き、余白に
「フジテレビ8デヨケイナ批判ヲスルナ渋谷区伊達町一八五、住吉一家、小林楠男ヨリ。」
と横書きしてある。




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第11の脅迫状  消印 昭和39年9月17日 am8-12 石神井局   宛先 大浜英子様

 白角封筒。第10の脅迫状とほとんど同じ絵を描き、余白に
「フジテレビ"830相次ぐ通り魔事件斬る"デヨケイナ批判ヲスルナ。埼玉県北足立郡朝力町大字岡-一一八六高橋甫ヨリ」
と赤ボールペンで横書きしてある。




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第12の脅迫状  消印なし 中野署中野駅前南口派出所で発見   宛先 野方警察署

 白長二重封筒。

前ニ予告シタヨウニ634ノ4(ムサシノシと読める・編者注)デ私ノ計画ヲキョウ (1964.10.10) オリンピック開会式中ニ実行シタ。切りサキジャックヨリ




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第13の脅迫状 消印 昭和39年10月14日 pm6-12 石神井局   宛先 From Jack to THE CHIEF OF NOGATA POLICE STATION

I intend to slash many boys in Nerima again. The next-time I do,
I'll sign their bodies JACK! -・-・-・-・-
CORRECT REPORT of THE EVENT in MUSASHINO
(1) That child wore three clothes, an indigo sweater, a pattern shirt and a white under-wear.
(2) He put white shoes.
(3) I asked, What's your school?
What's your name? etc.
(4) I made him to take off his two clothes, and I fastened him by the shirt and. I covered his face by the sweater.
(5) I stabed near his navel and the upper part.




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第14の脅迫状

 被告人は昭和三十九年八月上旬に第八の起訴事実として挙げられている犯行により、杉並第九小学校から盗んだ大学ノート「音楽部レコード台帳」に、自分で次のような細工を加えた上、昭和三十九年十月十日午後二時四五分頃、自転車に乗って国電荻窪駅北ロ交番前におもむき、わざと落したものである。

 イ、ノート中央部あたりの頁に、右の投書に使用した陰部切断裸体面のカーボン複写をとる為の原画を貼り、この四隅に各二個ずつ、盗んだ「松田」印で計八個の割印をした。

 ロ、ノートの裏表紙に「杉並区大宮前○○○○○○、伊藤実」と記入した。これは新聞に出た何かの事件の犯人の住所氏名である。

 ハ、ノートにはすでに通し番号と曲名が記入してあったが、その余白に、盗んだゴム印で勝手な番号、価格、会社名等を押した。


「日本の精神鑑定」(みすず書房)より引用



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