少年犯罪データベース 爆弾事件





昭和23年(1948).6.15〔19歳(満17〜18歳)ら2人が盗んだ爆発物の下着で大爆発〕
 福岡県大牟田市の工場で、4.9に大爆発が起こり14人が重軽傷を負ったが、工員(22)が工員(19)と2人で盗んだ硝化綿布(ニトロ・セルロース。火薬の原料にもなる)で作ったズボン下が原因だったと6.15に自供した。映画上映会中に隣りに座っていた人のタバコの火が引火したもの。6.9には義父(42)がこのズボン下を履いていてタバコの火が引火して自宅で焼死した。窃盗と過失傷害で書類送検。


昭和26年(1951).1.25〔4歳らがいたずら爆発〕
 東京都荒川区の喫茶店裏で、男子(4,4,6)3人がオリーブ油の一升瓶に硫黄を入れて火を付けた。爆発して6歳が全身ヤケドの重体となった。


昭和27年(1952).9.11〔16歳ら3人組が小学校にラムネ弾を投げる〕
 岡山県倉敷市の小学校で、製氷店店員(16,16,19)3人組が校庭にラムネ弾を投げて逃走、すぐに爆発物取締法違反で逮捕された。このころラムネビンを使ったラムネ弾を過激派がよく使用しており、新聞に載った製造法を見てマネたもの。


昭和27年(1952).11.3〔12歳が爆弾テロ〕
 神奈川県横浜市の路上で、朝鮮人男子(12)が男性のポケットにマッチ箱を入れて逃走した。男性が箱のヒモを引っ張ると爆発、指を一本吹き飛ばされた。少年は爆発物取締り罰則違反で在宅で取調べ。


昭和28年(1953).7.17〔17歳ニートが爆弾を投げ込む〕
 東京都西多摩郡福生町で、無職(17)が洋裁店の庭に爆弾を投げ込んで、女の子たちが驚いてる様子をニヤニヤ笑って眺めているところを逮捕された。花火50個の火薬を仁丹ビンに詰めたもので15メートル四方にガラス片が飛散したがケガ人はいなかった。軽犯罪法で送検。





昭和30年(1955).10.31〔中3がロケット発射して少女に傷害〕
 東京都葛飾区の畑で、日大三中3年生(15)が科学雑誌を読んで亜鉛を混合して火薬を作りパイプに詰めたロケットを発射、4百メートル離れた中学校庭にいた1年生女子(13)の首に刺さり2週間の傷害を負わせた。11.3に過失傷害で逮捕。


昭和31年(1956).2.23〔19歳が爆弾でタクシー強盗殺人〕
 大阪府大阪市で、土木作業員(19)がタクシーに乗って運転手(36)をダイナマイトで爆死させ、料金を踏み倒して逃走した。28日に奈良県の飯場で逮捕。猟奇雑誌を読むのが趣味で、世間を騒がせようとしたもの。三重県南牟婁郡出身。


昭和32年(1957).9.21〔中1と小3の兄弟がロケット製造で爆発失明〕
 神奈川県横浜市の自宅で、中学1年生(13)と小学3年生(9)の兄弟がかんしゃく玉の火薬でロケットを造ろうとして爆発、2人とも右目を失明、顔にヤケドを負った。


昭和33年(1958).3.1〔東京駅トイレで爆弾が爆発〕※参考
 東京都の東京駅トイレで、朝のラッシュ時に爆弾が爆発。金属缶に黒色火薬とナットや鉄くずを詰めて導火線で引火させたものだが、たまたま人がいなかったのでけが人などはなかった。


昭和33年(1958).3.19〔中1らロケット遊びで事故続出〕
 秋田県北秋田郡で、中学1年生(13)が手製のロケットを発射して引火、8世帯19棟が全焼した。
 この日には秋田県で小学生が手製ロケット遊びで大やけど、中学生が指3本を飛ばされている。


昭和33年(1958).4.29〔中1らロケット遊びで事故続出〕
 三重県上野市の自宅で、中学1年生(12)がロケット遊びのため瓶に火薬やマッチの黄リンを詰めていて爆発、指6本を飛ばされ手術で左手首を切断した。


昭和33年(1958).5.14〔小5がアリにいたずら爆発で失明〕
 神奈川県横浜市の自宅で、小学5年生(10)がビンに花火の火薬とアリを入れて火をつけ爆発、両目を失明して足にケガ、小学3年生(8)が片目失明、小学3年生女子(8)が足にケガ。


昭和33年(1958).5.4〔24歳ニートがバス車内でダイナマイト自殺〕※参考
 鳥取県八頭郡を走行中のバスで、無職男(24)がダイナマイト自殺。車掌(27)も死亡した。切符のことで揉めたあとに、車掌にマッチを借りて腹に巻いたダイナマイトに火を付けたもの。3年前にこのバス会社をクビになっており、ヒロポン常用者で、ふられた恋人へのラブレターを持っていた。


昭和34年(1959).8.20〔高3が爆弾製造して脅迫〕
 東京都大田区で、高校3年生(17)が保険会社代理店店主(73)宅に爆弾を投げ込み爆発させ窓ガラス9枚を割り、3万円を要求する脅迫電話を数回掛けた。翌日も「前より大きい爆弾が手に入った」と催促の電話を掛け、8.22に受け取りに来たところを張り込みの警察に逮捕された。中流家庭でまじめな生徒だったが、夏休みに悪い友人ができ、素行が悪くなっていた。金欲しさに花火の火薬と小石を詰めた爆弾を製造したもの。この年の大卒公務員初任給10,200円。


昭和34年(1959).12.5〔中2が手製ロケットで爆死〕
 大阪府堺市の自宅で、中学2年生(14)が手製ロケットの実験中に爆発、死亡した。商社部長の3男で、自宅に実験室を持っていた。


昭和35年(1960).1.23〔16歳が島倉千代子に爆弾〕
 東京都港区で、工員(16)が島倉千代子(22)を脅して逮捕された。高知県須崎市の中学を卒業して上京してから熱狂的ファンとなり、1.3から「家を爆破する」という脅迫状を4通出し、1.10には自作のダイナマイトを投げ入れ玄関で爆発させていた。1.23に自作のダイナマイトを持って家の前をうろついているところを警官に見つかり、ナイフで切りつけてきたが取り押さえられた。


昭和35年(1960).1.31〔中1がロケット発射実験で爆発〕
 群馬県高崎市で中学1年生(13)が鉛筆大のロケットを作り火薬を詰めて発射させようとして爆発、手に1ヶ月の重傷を負い、片目を失明した。農家の長男。


昭和35年(1960).2.2〔中1の2人が火薬遊びで爆発〕
 大阪府大阪市の自宅で中学1年生(13)2人が火薬をキセルに詰めて遊んでいて爆発、指にケガをした。


昭和35年(1960).4.29〔小4が爆弾遊びで重傷〕
 東京都港区で小学4年生(10)が友人数人と火薬をビンに入れて火を付け爆発させ、小指を吹き飛ばし、顔などに重傷を負った。


昭和35年(1960).7.13〔小6の花火が爆発〕
 東京都江戸川区の新小岩駅で下車しようとした小学6年生(12)の持っていた2B花火が爆発して2ヶ月の火傷を負った。ズボンのポケットのなかにマッチ箱と一緒に入れていたのが擦れたもの。


昭和36年(1961).1.28〔19歳がダイナマイトで橋を爆破〕
 茨城県石岡市で,土木作業員(19)が恋瀬川の長さ130メートルの橋にダイナマイトが仕掛けて炎上したが消火され、1.29に逮捕された。1.26に近くの火薬庫からダイナマイトを盗み、放火して全焼させていた。1.30にも新治郡の橋にダイナマイトが仕掛けられており、導火線の途中で火の消えた跡があるのが発見された。


昭和37年(1962).2.11〔中3カップルがダイナマイトで心中を図る〕
 兵庫県神戸市兵庫区の六甲山山頂付近の雑木林で、宍粟郡の中学3年生(15)と中学3年生の少女(14)がダイナマイトで心中を図り、少年が顔面裂傷、少女が右足裂傷の重傷を負った。昨年末頃、2人の仲を知った教師に「あまり評判になるようなことはしないように」と注意されていた。少年は成績がよく、生徒会長も務めていた。


昭和39年(1964).1.12〔18歳が右翼幹部宅爆破を計画しダイナマイトを所持〕
 東京都台東区浅草公園で、ダイナマイトと信管、ジャックナイフを所持している土建業手伝い(18)が捕まった。「近頃の右翼はたるんでいるのでハッパをかけてやるつもりだった」と右翼幹部宅爆破を計画し徳島市から上京していた。ダイナマイトは父親の会社の工事現場から持ち出したもの。ヒットラーの写真も持っていた。


昭和39年(1964).1.19〔小6が爆破予告電話〕
 東京都世田谷区で、小学6年生(12)が「草加次郎だ。爆発するぞ」と公衆電話から110番して捕まった。面白半分にやったと自供。


昭和40年(1965).3.13〔中3が銀行爆破を計画〕
 佐賀県佐賀市内で、中学3年生(15)が銀行の金庫室を爆破し家出の資金を盗もうと「銀行襲撃計画書」まで作成していたが、母親の通報で未遂に終わった。3.10に鉄砲店でダイナマイト120本を盗み出し爆破装置を製造、佐賀県警鑑識課の実験で金庫室を吹き飛ばす威力があることが分かった。複雑な家庭環境に嫌気が差したため家出したかったと自供。


昭和42年(1967).4.6〔中2がカンシャク玉で裁判所破壊〕
 静岡県の静岡地裁で、中学2年生(13)がコンクリート壁の一部を破壊し逃走、4.27に補導された。窃盗目的で侵入するも適当なものがなかったため、カンシャク玉を混ぜた紙くずに火を放ち爆発させたもの。賽銭ドロなどの窃盗で3度補導。知能指数が137あるためか、不勉強でも成績は良好。母1人兄弟5人の貧しい家庭だった。


昭和42年(1967).4.25〔高3がひかり号爆破未遂〕
 熱海付近を通過中の新幹線下り「ひかり21号」の座席に、『源氏物語』の本をくり抜いてダイナマイトと雷管を仕掛けた時限爆弾があるのを車掌が発見した。箱から本を引き抜くと爆発する仕掛けだったが、たまたま上下を逆にして抜いたため接触不良で爆発はしなかった。
 翌年2.19、窃盗容疑で留置中の18歳の無職少年が「火薬とSFを研究した成果を見るため」「高速で走る新幹線で爆発が起これば大勢の人が死ぬだろうと思った」と犯行を自供した。
 福島県の裕福な農家の末っ子で成績も良かったがSFと爆弾の研究に熱中、工事現場からダイナマイト百数十本と雷管などを盗み、相次ぐ爆弾事件に刺激されて親にアパートを借りてもらい本型の時限爆弾を自作、山中で何度も爆破実験をしていた。高校3年生(17)の修学旅行で東京駅に来たときに新幹線に仕掛けていた。
 研究資金のため盗みをはじめ、1月には学校も退学、自動車を盗んで逮捕され指紋が一致したため追及されて自白したもの。部屋の中からは国会議事堂や警視庁に丸爆印の付けられた地図も発見された。


昭和42年(1967).7.13〔17歳2人が列車転覆とビル爆破を図る〕
 千葉県君津郡の国鉄房総西線の線路上2ヶ所で夜の11時、労務者2人(共に17)が爆弾を爆発させた。高知県出身で、1ヶ月前から千葉県勝浦市の工事現場で働いていたが、帰郷を決意。その際、世間が驚くようなことをやりたいと思い、爆薬を盗んでビル爆破をたくらむも火が消えて失敗。その日の夜に列車を転覆させて金品をせしめようとしたが、列車通過後の爆発で失敗した。
 爆破計画はたまたまテレビドラマのロケを見て思いついたもの。気は小さく、犯行自供後に「もう刑務所から一生出られないだろうか」と言って泣き崩れた。2人とも家庭環境が悪く、窃盗などで補導歴がある。


昭和43年(1968).1.6〔小6が銀行爆破脅迫〕
 山形県鶴岡市で、小学6年生(12)が山形銀行鶴岡支店に「1千万円出さないと銀行を爆破する」という脅迫状を出し、1.8に捕まった。母親が飲食店をはじめるための資金に困っており、以前に融資の世話になった支店長代理宛に鉛筆書きのハガキを出したもの。鶴岡市では東北電力変電所爆破未遂事件が起こったばかりで、大騒動となった。


昭和45年(1970).4.13〔17歳ら恋人が盗んだ車で心中図り爆発〕
 東京都江戸川区の住宅街で夜に、男(19)と女会社員(17)の乗っていた車が爆発、フロント・ガラスを破損させたまま逃走したが、両親に結婚を反対されたカップルの心中未遂だったことがわかった。千葉市で盗んだ車を使いまず電柱に激突しようとして恐くなり止め、盗んだプロパンボンベでガス心中しようとして死ねず、睡眠薬を飲んで朦朧としていた時、女がタバコの火をつけてガス爆発したものの、顔に2週間の火傷を負うだけで済んだ。「これほどまでにしたいなら」と両親は結婚を許した。


昭和45年(1970).10.3〔19歳がセスナ機爆破してカーチェイス〕
 高知県南国市の高知空港で午前3時、同県吾川郡の少年(19)が無人のセスナ機を爆破、4日に国鉄鉄橋を時限爆弾で爆破した。5日に発見されたが盗んだ車を猛スピードで飛ばして、追跡のパトカーにダイナマイトを5回も投げて爆発させながら次々に検問を突破、70キロのカーチェイスの末バリケードに阻まれ、6日に逮捕された。精神不安定で無免許運転などたびたび犯罪を犯しており、先月19日に遺書を残し家出していた。工事現場からダイナマイト58本を盗み、銀行強盗を計画したが断念、世の中をあっと言わそうと爆破事件を起こしたもの。
 高知地裁は「心神耗弱としても無差別で反省もなく再犯の可能性が高い」と殺人未遂、汽車往来危険、爆発物取り締まり違反などで懲役13年の判決。


昭和47年(1972).5.22〔中学生によるけん銃奪取を目的とする派出所襲撃〕
 中学校3年生(14歳)Gは、連合赤軍による過激な行動をみて、むしゃくしゃする自分の気持を発散させるためには、これをまねて学校をダイナマイトで爆破したり、先生をピストルで射殺することだと考え、自分のバックにマサカリ、模擬爆弾などを詰めて事前準備をしたうえ、武器を調達するため派出所を訪れ、警察官のけん銃を奪取ようと派出所員に襲いかかった。(石川5月) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和47年(1972).7.〔中学生による航空機爆破予告、恐喝未遂〕
 中学校2年生2人(13歳、14歳)は家人が働きに出て留守中のため、ひまをもてあましていたところ、たまたま外国で旅客機の乗っ取り事件が多発してニュースになっていたことから、いたずらしてやろうと思い、自宅の電話で全日空千歳営業所に対し、「飛行機に爆弾を仕かけた。1,000万円持ってこい」等9回にわたる脅迫の電話を行ない。全日空機を仙台空港に緊急着陸させた。(北海道7月) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和47年(1972).8.〔名古屋テレビ塔爆破予告事案〕
 中学校3年生(14歳)の2人は、中日球場の爆破予告や、テレビドラマ等から興味をもって、警察を驚かそうと公衆電話110番から愛知県警察本部通信指令室へ、「名古屋のテレビ塔に爆弾を仕かけた」と電話したが逆探知によって発見補導された。(愛知8月) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和47年(1972).8.〔爆破予告文書を投函した中学生の少女〕
 中学1年生(13歳)の少女は、バレーボールの練習をしていると、隣家の主人に笑われたことを根にもって、テレビドラマの脅迫シーンからヒントを得て、「爆弾を仕掛けた」と切抜き文字を貼布した脅迫文を郵便受箱に投げ込み補導された。(茨城8月) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和47年(1972).9.〔中学校に対する爆破予告電話〕
 中学3年生の少年(14歳2人、15歳2人)4人は、学園祭の行事が面白くないという理由から、先生や生徒を脅かしてやろうと、仲間の自宅電話を使って中学校に対して「爆蝉をしかけた」と予告電話をして補導された。(北海道9月) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和47年(1972).10.〔中学生によるデパート等に対する爆破予告、恐喝未遂〕
 中学校3年生(15歳)Dは、家庭不和で放任状態にあったが、デパートで万引きした際店員に発見され、同人から学校へは連絡しないといって帰されたのに、先生に通報され注意をうけたことに反感を覚え、脅してやろうとデパートに対し、爆破する旨の手紙を郵送し50万円要求したほか、同様手口で商店など5か所に脅迫文書を郵送した。(宮崎10月) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和47年(1972).10.〔成績優秀な高校生によるデパート等への爆破予告〕
 国立大学付属高校1年生(16歳)Eは、家庭的に恵まれた環境にあって、学業成績もきわめて優秀であったが、連続的に発生した爆破予告事件に刺激され、「本当に警察が信用するものか試してみたい、世問が騒げばおもしろい」等と考え、デパート、国鉄駅等14か所へ爆弾を仕かけた旨の110番通報を反復して行なった。(東京10月) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和47年(1972).11.〔窃盗、家出癖のある17歳少女の爆破予告〕
 無職少年(17歳)の少女は、市内の病院に入院中、爆破予告の犯人があがらない新聞記事を見て、警察が犯人をあげるかどうかを確かめるため、国鉄延岡駅に対し、爆破するという内容の脅迫文を投函した。(宮崎11月) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和47年(1972).11.〔試験成績が悪かったことから爆破予告した女子高校生〕
 女子高校3年生(18歳)Aは、進学テストの成績が悪いことから追試験を受けたが結果が悪いので、世間を騒がせれぱ気が晴れると考え、自宅電話から110番で「札幌S高校に爆薬を仕掛けた、10時30分ころ爆発する。」と、いたずら電話をかけたが、逆探知によって補導された。(北海道11月) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和47年(1972).12.〔時限爆弾で爆破すると脅迫した2人の小学生〕
 小学校6年生(11歳)と1年生(7歳)の2人は、テレビの怪獣ものの中で子供の声など信用されないという場面を見て、本当に信じないかどうかを試してみようと110番で、通信司令室に対し脅迫電話をかけたが逆探知によって補導された。(兵庫12月) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和47年(1972).12.〔電話による列車爆破予告事案〕
 18歳の工員Eは、職場の同僚から馬鹿にされたことから、世間を見返してやろうと、国鉄岐阜駅に対し2回にわたり急行列車に対する爆破予告電話をかけ、国鉄では桜島、高千穂号を糸崎駅に臨時停車するという悪質ないたずらをして補導された。(岐阜12月) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和48年(1973).2.4〔高3ら3人が教師恨んで爆弾〕
 大阪府大阪市で深夜2時過ぎ、私立浪速高校3年生(17,18)2人と去年中退している家事手伝い(17)の3人が、教師(43)宅のベランダで爆弾を爆発させ、ガラスが4枚割れたが教師が軽いケガをしただけだった。2.15に逮捕。授業態度をたびたび注意され、1人の中退もこの教師のせいだと恨んでいた。爆竹4百本の火薬とパチンコ玉百個を空き缶に詰めた殺傷能力もある強力な爆弾を自宅で製造、窓に吸盤で設置していた。それまでにも脅迫電話や脅迫状投函を繰り返していた。


昭和48年(1973).8.14〔高2が怨んで爆弾郵送し重傷負わす〕
 群馬県館林市で、県立館林高校2年生(16)が飲食店に爆弾を郵送し、店主の妻(29)が開くと爆発して4ヶ月の重傷、女性(21)にも重傷を負わせた。8.25に逮捕。家賃を払わない店主(39)とケンカして「お前は泥棒だ」と罵って竹竿で殴られケガをして恨んでいた。成績がトップだったため得意の化学の知識で爆弾を自宅で製造したもの。厳格な父親の二男、内気で犯罪書を読むのが趣味だった。


昭和49年(1974).2.17〔高3ら6人の連続爆弾事件〕
 栃木県真岡市の警察署で、高校3年生(18)5人と高校2年生(17)の6人組がトランジスターラジオ型の爆弾を仕掛け、手に取ろうとした警察官(29)が左手を吹き飛ばされ、片目失明の重傷を負った。2月11日から2月17日までの間、県庁、デパート等5カ所に同様の爆弾が仕掛けられたが、爆発しなかった。1.27には宇都宮市の交番に火炎ビン4本が投げ込まれている。3.4までに5人だけが逮捕された。過激派思想に影響を受け、採石場から盗んだダイナマイトで爆弾を製造したと自供。
 革命思想を吹き込んだ主犯の高校3年生(18)は東京の大学に入学することが決まっていたが、家出して逃走、6年後に自首した。酒盛りをしていたモーテルで火事があり、消火して消防署に表彰されたが、校長に怒られたことを怨んだもので、革命のためではなかったことが判明した。全員が裕福な家庭だった。


昭和49年(1974).3.12〔18歳が科学研究のためハイジャック〕
 愛知県名古屋市のホテル従業員(18)が、羽田発沖縄行の4百人乗りボーイング747をハイジャックして、2億円と5千5百万ドルの計167億円とパラシュート15個を要求した。那覇空港に着陸したのち「羽田に引き返せ」と命令したが給油に時間が掛かると足止めし、7時間後に警官隊が突入して取押えられた。
 東北の山中にパラシュート降下して海外に渡り、身代金で生態学、鉱物学、エネルギーなどを研究する予定だった。爆弾に見せかけたカバンには何も入っておらず、凶器も持っていなかった。


昭和49年(1974).3.17〔中1のウルトラ山田事件〕
 大阪府大阪市の近鉄百貨店阿倍野店7階子供服売り場で、中学1年生(13)が爆弾を仕掛けて爆発させた。
「次の事を実行せよ われわれの要求に応じるならわれわれは第二第三と爆破及び放火計画を中止する われわれの要求とは千葉兄弟を訳放せよ 要求に応じないときはわれわれに近鉄百貨店 近鉄電車が攻激目標となる  われわれは利益を目的としない 甘くみるな ウルトラ山田より」
(訳放や攻激などの誤字は原文のまま。千葉兄弟とはコインロッカーを爆破して近鉄から1億円を脅し取ろうとして3.13に逮捕された44歳と31歳の犯人)
という脅迫状が現場で発見され、同内容の脅迫電話もかけた。
 4.7には近鉄百貨店上本町店で見つかった落し物の懐中電灯を派出所で点検中に爆発し、警官6名が指を吹き飛ばされるなどのケガ。4.6には国鉄天王寺駅トイレも爆発。
 手がかりはまったくなく迷宮入りになりそうだった9.26に、堺市で中2になっていた男子が補導された。前日にこの中2生が空き巣を捕まえ、参考人として調書に押した拇印が爆弾の指紋と一致したため。
 まったく学校に行っておらずこのような難しい字は書けないと母親は主張したが、じつはこの脅迫状は犯人の言うままに母親が代筆したものだった。


昭和49年(1974).3.23〔中2の九州爆弾マニア〕
 福岡県北九州市の連続爆発事件で、中学2年生(14)が逮捕された。友達ができずにむしゃくしゃしてやったと自供。国鉄小倉駅構内のコインロッカーに仕掛けて爆発させ、通行人5人に対して重軽傷を与えたほか3月7日から3月20日までの間、4件の爆破事件とニセ爆弾事件を重ね、爆破予告の脅迫状を送っていた。科学が得意で爆弾を自作していたが、両親が異変に気づいて警察に通報した。


昭和49年(1974).10.15〔小6が爆破予告電話〕
 大阪府大阪市の自宅で、小学6年生(12)が「丸善石油を爆破する」と110番に電話して、逆探知で捕まった。


昭和49年(1974).11.23〔高2が受験ノイローゼでハイジャック〕
 北海道岩内町の高校2年生(16)が、千歳空港から成田行ボーイング727に搭乗し、ダイナマイトに見せかけた紙筒を持って操従席に侵入、ハイジャックしようとしたが、ニセモノと見破られ乗務員に取押えられた。成績はトップだったが下がったことでノイローゼ気味となり、「受験よりも刑務所のほうが楽だから」と犯行を犯したもの。「世間をあっと言わせたかった。北朝鮮に行って赤軍派の人と暮らしたいが、赤軍派の思想は興味ない」と自供。


昭和50年(1975).2.23〔小3女子が爆破予告〕
 熊本県上益郡で、小学3年生女子(9)がショッピングセンターや110番に「爆弾をしかけた。午後一時に爆発しますよ」と、予告電話をかけたが、逆探知で捕まった。風邪をひいた自分を残して、母と姉が一緒に買い物に行ったのに怒って、「ニュースで熊本市内のショッピングセンターに爆破予告があいつぎ、大人が騒いでいるのを見て思いついた」と自供。


昭和50年(1975).3.7〔小1女子ら2人が爆破予告電話〕
 東京都立川市で、小学4年生が110番に爆破予告の電話して、小学1年生女子が「丸の内のオオカミ」と名乗り、逆探知で捕まった。誕生日会で来ていた友人宅で、いたずらを思いついたもの。


昭和50年(1975).8.18〔高1が教室爆破計画〕
 愛知県岡崎市の私立高校で、1年生(15)が教室に20キロのボンベを仕掛けガスを噴出させた。そばにラジコン戦車があり、校庭の朝礼台には送信機が残っていた。スイッチを入れると火花でガスに点火する仕組み。たまたま夏休みの補習に来た生徒が発見して未遂に終わった。
 「教室を爆破しよう前から計画していた」と自供。昨年学校のベランダから落ちて脚が不自由になったのを級友に笑われたことを恨んでいた。爆破しようとした際に近くを友人が歩いていたため逃げたと自供。戦車がショートするように事前に実験し、20キロのボンベ2本を1人で運び込み、職員室の電話線を切断していた。大卒初任給83,600円の時代に5万円のラジコンを買ってもらっていた。


昭和50年(1975).11.9〔中3の3人が職員室に爆弾〕
 沖縄県具志川市の中学校で、3年生3人が職員室の外に手製の爆弾を仕掛けて爆発させた。窓ガラスが2枚割れたが、けが人はいなかった。教師に非行行為を注意された逆恨みしたもの。
 7月には同じ中学のほかの3年生2人が警察署のトイレの窓に爆竹10数本を仕掛けて爆発させており、同時に逮捕された。「人が騒ぐのが見たかった。どうせなら警察にしようと思った」と自供。


昭和50年(1975).12.14〔中2が教師を爆殺未遂〕
 兵庫県三木市で、中学2年生(14)が教師(27)の家にプロパンガスを利用した爆破装置を仕掛けたが、玄関を開けると発火装置につながった糸が引っ張られるスイッチが電池の接触不良のため爆発はなく、12.21に自首した。ほかの生徒の前でこの教師に注意された事に腹を立てて殺そうとしたもの。成績はトップの優等生だった。県警の分析によると、この爆弾が正しく作動すれば、15世帯を吹き飛ばす威力があったという。


昭和51年(1976).9.〔自動販売機を爆破した中学生を補導〕
 爆竹をほぐして,火薬を作り,自動販売機を爆破した中学生を補導(調布)。 警視庁「少年非行等の概況」引用。


昭和51年(1976).8.28〔高1が爆弾を製造し爆破〕
 県立高校に在学する少年(15歳)は、爆発物に異常な興味をもち、「スリラー爆薬の作り方」「爆破」等の書物を読みふけっていた。やがて爆発物を作って試してみようと思いたち、昭和50年5月ごろ、薬局で購入した薬品を使って黒色火薬575gを製造していたほか、同年10月ごろから市内の中学や在学高校の科学実験室から、マグネシューム、ワセリン等を盗み出したり、農家が保存中の除草剤を窃取して、友人数人と協力して塩素酸ナトリウム爆弾を製造し、8月28日、これを上越新幹線敷設工事に伴う渇水対策用として設置された給水設備の沈砂槽に仕掛けて爆破し、水利を妨害した。(群馬) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和51年(1976).10.17〔中2ら2人が公衆電話ボックス爆破〕
 千葉県市川市の公園で、中学2年生(13,14)2人が公衆電話ボックスを爆破、12.27に捕まった。千葉県に10以上ある中学生火薬マニアグループの一員で、13歳が爆竹をほぐした火薬で爆弾を製造、14歳が仕掛けたもの。


昭和52年(1977).3.14〔中2が脅迫電話23件〕
 愛知県西春日井郡で、中学2年生(14)が23件の脅迫電話をかけて捕まった。スーパーに「毒入りコーラを置いた」、警察に「爆弾を仕掛けた」など。「テレビドラマで、犯人の電話に刑事が走り回るのを見て、面白いから自分もやってみようと思った」と自供。


昭和53年(1978).10.4〔高1が運動会を延期させるため教室爆破〕
 熊本県熊本市の県立高校の化学室で、1年生(16)がガス栓3カ所を開け、ロウソクに火を付けて立て、爆破を図って逮捕された。運動が苦手で運動会を延期させるため計画したもの。1時間後に恐ろしくなって偶然発見したように装って通報。ガスは教室上部にたまり、ロウソクは床に置いたため引火しなかった。


昭和54年(1979).4.〔銀行を脅迫し、1,000万円を脅しとろうとした無職少年を補導〕
 遊ぶ金欲しさから、「時限爆弾を仕掛けた」と銀行を脅迫し、1,000万円を脅しとろうとした無職少年を補導。(丸の内) 警視庁「少年非行等の概況」引用。


昭和56年(1981).9.1〔中1の手製ロケット弾が繁華街で爆発〕
 京都府京都市の阪急河原町駅で、中学1年生(12)が持っていたロケット弾が爆発、本人と通行人2人が1週間のケガ。鉛筆ホルダーに火薬を詰めて自分で作ったもの。過失傷害と火薬類取締法違反で補導。


昭和56年(1981).9.25〔中3が教師の車をダイナマイトで爆破〕
 宮崎県西臼杵郡で深夜1時、中学3年生(15)が教師(27)自宅前の車のバッテリー電極にダイナマイトの雷管を接続して爆発させ、車両を中破させた。同級生との喧嘩のことで、教師から注意されたことをうらみ、工事現場から盗み出したダイナマイトを仕掛けたもの。自身も3週間のヤケドを負って、交通事故に遭ったと嘘をついて入院していたが、すぐに逮捕。


昭和59年(1984).5.〔高3がモテルガン爆発し失明〕
 都立高校3年生はモテルガン用に火薬と赤リンを入れて調合中爆発し失明。(新宿署) 警視庁「少年非行等の概況」引用。


昭和59年(1984).7.11〔高3ストーカーがふられた復讐に小包爆弾〕
 神奈川県大和市の女子高校生(17)が届いた郵便小包を開けると爆発し、顔や手に1ヶ月の重傷を負った。翌日に愛知県西尾市の高校3年生(17)が逮捕。
 中学の1年先輩の短大生に手紙20通を出したりたびたび電話して交際を申し込んだが断わられ、1月にもう一度呼び出すとボーイフレンドとやって来たため恨み、「腕の一本も吹き飛べば不幸になる」と自分の犯行を隠蔽するため第3者を経由して短大生に小包爆弾が届くように計画、女性を装って文通中だった女子高校生に不幸の手紙のようにして郵送したところ、女子高校生が中身を確かめようと小包を開封したため爆発したもの。





昭和60年(1985).1.13〔高校の下駄箱爆発、乱暴生徒へのこらしめと同級生〕
 奈良県で高校の下駄箱爆発、乱暴生徒へのこらしめと同級生。


昭和60年(1985).4.6〔中3がグリコ犯まねて8ヶ所へ爆破予告〕
 横浜駅西口のデパートなどへ爆破予告を送りつけた容疑で取り調べを受けていた中学3年生(15)が、筑波科学万博の会場や、大手食品メーカーなどにも爆破予告を送りつけていたことが明らかとなった。国鉄総裁、紀伊国屋書店、新聞社、雪印乳業、三菱鉛筆など8社48通。「かい人21面相」を名乗り、「3/2116ぢ かがくばんぱく10カしょで バクはつが をこる かがくでそししてみろ」などの文面。
 「世間がさわぐのを見たかった。脅迫状を送る時の高揚感がたまらなかった」と供述。


昭和60年(1985).7.11〔高3の2人が教室爆破計画〕
 長野県長野市の県立高校の生活相談室に深夜2時、3年生(17)2人が侵入、プロパンガスの栓を開き発火装置のタイマーを3時にセット、粘着テープで目張りまでして爆破を狙ったがガスの量が足りなかったため失敗した。3時に教師宅に爆破の予告電話を掛けていた。16日に逮捕。生活指導が厳しいのを恨んだもの。


平成1年(1989).2.5〔中学生、偽爆弾でスーパーを脅迫〕
 栃木県で中学生、偽爆弾でスーパーを脅迫。


平成4年(1992).8.8〔高2が中学時代の教師を爆殺未遂〕
 東京都八王子市で、都立高校2年生(17)が中学校教師(31)宅の玄関に爆弾を置き、爆発して教師夫妻に1カ月の重傷を負わせ、12.25に殺人未遂と爆発物取締違反で逮捕された。中学生のときに生徒会役員で、顧問のこの教師に生徒会の方針についてたびたび注意されたこと恨んでいた。警察署に犯行声明も送っていた。釘などを仕込んだ鉄パイプ爆弾で、紙袋に入った箱を開けると爆発する仕組み。


平成7年(1995).8.〔無職少年等7人による公衆電話ボックス爆破事件〕
 無職少年(17歳)等7人は、花火の火薬を使ってダイナマイトと称する爆発物をつくり、それを道路脇の公衆電話ボックス内で建発させて電語ボックスを損壊し、公共の危険を生じさせた。(8月、新潟) 警察庁「少年非行等の概要」引用。


平成12年(2000).7.26〔15歳がFMラジオに爆破電話〕
 静岡県静岡市呉服町で、少年(15)が6月に「爆弾を仕掛けた」と脅迫電話を掛け静岡FM放送の生中継が中止となったが、7.26に威力業務妨害で逮捕された。


平成12年(2000).7.28〔18歳が警察官舎で花火〕
 山口県岩国市の無職少年(18)は深夜4時に警察官舎に侵入、ロケット花火13本を束ねて、火を付けて破裂させ、住居侵入容疑で捕まった。


平成12年(2000).10.〔中学生による威力業務妨害事件〕
 中学1年生(13歳)は、偽物の時限爆弾をデパートに置いたら大騒ぎになるだろうと企て、デパートトイレに自己が制作した手製の物件を置いて爆発物と誤信させ、買い物客等約1,200人を店外に避難させるなどして、店の業務を一時中断させ、威力を用いて業務を妨害した。(10月、神奈川) 警察庁「少年非行等の概要」引用。


平成12年(2000).12.〔高校生による殺人未遂等事件〕
 高校2年生(17歳)は、実家から祖父の散弾銃1丁及び散弾実包(39発)を所持し、ビデオ店において、同人自らが作成した爆弾に所携のライターで着火し、営業中の店内に投げ込み爆発させた。(12月、東京) 警察庁「少年非行等の概要」引用。



※タイトルと本文が同じ短いデータはすべて「〔年表〕子どもの事件 1945-1989」山本健治 柘植書房より引用したもの。※



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戦前は小学生の人殺しや、少年の親殺し、動機の不可解な異常犯罪が続発していた。
なぜ、あの時代に教育勅語と修身が必要だったのか?戦前の道徳崩壊の凄まじさが膨大な実証データによって明らかにされる。
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『戦前の少年犯罪』 目次
1.戦前は小学生が人を殺す時代
2.戦前は脳の壊れた異常犯罪の時代
3.戦前は親殺しの時代
4.戦前は老人殺しの時代
5.戦前は主殺しの時代
6.戦前はいじめの時代
7.戦前は桃色交遊の時代
8.戦前は幼女レイプ殺人事件の時代
 9.戦前は体罰禁止の時代
10.戦前は教師を殴る時代
11.戦前はニートの時代
12.戦前は女学生最強の時代
13.戦前はキレやすい少年の時代
14.戦前は心中ブームの時代
15.戦前は教師が犯罪を重ねる時代
16.戦前は旧制高校生という史上最低の若者たちの時代




少年犯罪データベース

13歳以下の犯罪

異常犯罪

戦前の少年犯罪


少年犯罪統計データ

少年の殺人統計グラフ

少年のレイプ統計グラフ

親殺し統計グラフ


子どもの犯罪被害データーベース



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主要参考文献

〔年表〕子どもの事件 1945-1989

戦前の少年犯罪

戦後死刑囚列伝

新聞集成昭和史の証言

新聞集成昭和編年史

日本の精神鑑定

日本長期統計総覧

年表 昭和の事件・事故史

昭和史全記録 1926〜1989

値段史年表 明治・大正・昭和

事件・犯罪大事典 明治・大正・昭和

20世紀にっぽん殺人事典

青少年非行・犯罪史資料1-3

教育事件・論争史資料

朝日新聞縮刷版

読売新聞縮刷版

毎日新聞縮刷版

警察白書

犯罪白書






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少年犯罪データベースが参考文献として掲載されています。



少年犯罪データベースのデータが引用されています。
































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