少年犯罪データベース 通り魔事件

※昭和24年以前の年齢表記は数え年のため満年齢にすると1〜2歳低くなる※





昭和3年(1928).6.18〔慶大生(満18〜19歳)が連続カミソリ通り魔〕
 東京市麻布区の鬼子母神縁日で、慶応大学予科3年生(20)が女性6人(15〜19)の腰やお尻をカミソリで切って傷害を負わせて逃走したが、6.23に逮捕された。厳格な家庭のために反発して不良となっていた。


昭和4年(1929).8.12〔17歳(満15〜16歳)が連続通り魔〕
 大阪府大阪市の路上で、アナゴ屋店員(17)が自転車に乗って女性3人のひじを刃物で切って逃走、8.15に逮捕された。


昭和4年(1929).11.5〔27歳(満25〜26歳)が女性多数を襲う顔切魔〕※参考
 大阪府大阪市の路上で夜9時半、自転車に乗った金属加工職人(27)が女性(24)のメガネを奪って逃走したが、すぐに逮捕された。去年1月から若い女性ばかり多数の頬を刃物で切り付けたが人数は覚えていないと自供。近辺では数年前から数十件の路上顔切魔事件が発生している。3月には内務大臣の姪(29)も頬を切られたので、警察は4千人体制で大捜査を展開していた。犯人はおとなしい性格で評判もよく、妻と生れたばかりの子どもがいる。2年前の暮れに顔切り事件が起きたが犯人が捕まらなかったので、自分がやっても大丈夫だろうと思ったと話している。


昭和5年(1930).1.25〔小学校高等科2年が女の髷切り通り魔〕
 大阪府大阪市の路上で、小学校高等科2年生(現在の中2に相当)が、子供を背負っている主婦(35)に「おばさん頭にゴミがついています払ってあげましょう」と近づき丸髷をつかむとカミソリで根元から切り取りニッと笑って円タクで逃走、翌日に捕まった。
 女中もいる裕福な家庭の内縁の妻の連れ子で、活動写真や探偵小説好きの、女の日本髪に慾情する変態性欲者。咋年の夏頃から砂を持ち歩いて擦れ違う女にふりかけて「モシモシ髪に砂がかかっています」と髪に触っていたが、やがて30歳以上の年増女に興味を持つようになり、また触るだけでは満足できなくなり髪を切るようになった。20人以上を襲ったと自供。


昭和6年(1931).10.14〔18歳(満16〜17歳)が通り魔〕
 愛知県豊橋市の路上で、少年(18)が祭のため着飾っていた女工(19)の太ももをキリで突き刺して逃走、窃盗事件で11.16に逮捕された。


昭和7年(1932).5.30〔19歳(満17〜18歳)が強盗殺人と自慢するため連続通り魔〕
 東京府北豊島郡南千住町の路上で夜、理髪師(19)が通行中の工事現場監督(44)の胸をいきなりナイフで刺して殺害、20円を強奪した。6.1に知り合った少年(17)に殺人を吹聴して実演を見せてやると、6.3の深夜0時に路上で工員(25)の胸を刺して重体にして腕時計と11銭を強奪、少年に「すごいだろう」と自慢して、30分後にコック(23)の胸を刺して重体にして逃走したがすぐに2人とも逮捕された。
 日本人陸軍大尉と朝鮮人女性の間に私生児として生まれ、4歳の時に父が死んだあと朝鮮で小学校を卒業、叔父の世話で横浜の中学に通い、叔父の理髮店に勤めたが、叔父が店を閉めて僧になったため5.29に横浜から上京した。朝鮮で行方不明の母を探す旅費を稼ごうとしたと自供。
 少年は奈良県桜井町生まれで父母と死別して上京、洗濯屋で働いていたが5.28に客の金2円を持ち逃げしていた。


昭和7年(1932).6.1〔学生服通り魔〕
 東京市麻布区の路上で夕方、学帽に学生服の男が、女中(22)の下腹部を刺して10日間の傷を負わせて逃走した。


昭和8年(1933).5.5〔18歳(満16〜17歳)通り魔が女性6人襲って「顔斬日記」〕
 大阪府大阪市北新地の路上で夜9時過ぎ、店員(18)が自転車に乗りながら芸妓(20)の首をナイフで刺して10日間の傷害を負わせ、笑い声を上げながら逃走したがすぐに逮捕された。3月から女性6人を襲っており、「顔斬日記」と題したノートに犯行を克明に記録して所持していた。


昭和9年(1934).5.3〔18歳(満16〜17歳)がお尻刺し通り魔〕
 東京市小石川区の路上で、男子(18)が人妻(26)のお尻を針金(自転車のスポーク)で突き刺し、5.18に逮捕された。4月から自転車に乗って女性10数人のお尻を針金で突き刺していたことを自供。印刷業者の長男で、幼い頃から変質者だった。


昭和9年(1934).6.25〔45歳(満43〜44歳)が死刑になるため幼児ら4人無差別殺人〕※参考
 岐阜県不破郡の路上で午後2時、無職の若林僊二(45)が1.5キロに渡って通行中の子供ら11人を次々棍棒で殴り付けて、女の子(6)、男の子(8)、女の子(9)、男性(50)の4人殺害、女の子(3)と男の子(13)2人を重体、5人を重傷として、すぐに逮捕された。
 神奈川県高座郡生まれで、20年前に砲兵隊を除隊後に民家に侵入して主婦をレイプしようとして2円を奪ってから警察に追われる妄想に取り憑かれ、庭師の仕事を手伝っていた兄の元から5年前に家出して山中で剣の修行を積んで全国を放浪、ルンペン生活をしていた。前日に挙動不審で警察に連行されており、警察への復讐のため無抵抗な子供を殺して死刑になろうとしたと自供。取り調べには平然と答えて、新聞カメラマンには犯行に使った棍棒を正眼に構えてポーズを取って笑顔を見せた。小学生のときは成績もよく、大人しい性格だった。岐阜地裁は求刑通り無期判決。


昭和9年(1934).12.6〔中1(満12〜13歳)連続通り魔が女性27人を切る〕
 岐阜県岐阜市で夜10時前、中学1年生(14)が自転車に乗って、夜学から自転車で帰宅中の女工(17)に近づき「コンチクショウ!」と叫びながら押し倒して、ナイフで顔、首、胸などめった刺しにして重体として逃走した。
 翌年2.10の朝6時、民家に侵入して就寝中の女性(23)を出刃包丁で15回めった刺しにして重傷を負わせて逃走したが、女性に指を噛み付かれてケガをしていたためその日に逮捕、警察の威信を賭けた警戒網を嘲笑いながら1年前から路上で女性27人に切りつけて5人に重傷を負わせた連続通り魔事件の犯人であることを自供した。
 小学校ではトップクラスの成績だったが、中学入試のため深夜まで猛勉強を続けて神経衰弱となり、探偵実話小説を読みふけった影響もあって、小6の2月に初めての犯行を犯し、女を襲わないと寝られない変質者となった。裕福な家庭の次男で高額なこずかいをもらっており、両親はタンスから血まみれのガーゼなどを見つけていたが、犯行にはまったく気づかず逮捕に茫然としている。


昭和10年(1935).4.13〔17歳(満15〜16歳)通り魔が女性10人以上を襲う〕
 東京市荒川区南千住の路上で深夜、工員(17)が女工(20)を襲ったが大声を出されたので逃走、女工は追い掛け、通行人とともに捕まえた。1.9に深夜の路上で女性(21)の耳たぶを切るなど、女性ばかり10人以上をナイフやキリで襲っていた。「ぼくはどうしてもやめられないんです」と自供。


昭和10年(1935).11.16〔17歳(満15〜16歳)の名古屋連続通り魔、女性80人襲い1人刺殺〕
 愛知県名古屋市中区の鶴舞公園で、洋服職人(17)が帰宅途中の女性事務員(23)を刺殺、松坂屋女性店員(19)を刺して逃走、12.18に逮捕された。それまでに女性ばかり80人以上を襲っていた。5男3女の4男で、自宅で兄がやっている洋服屋を手伝っており、凶器は別の兄が中国戦線に出征するときに形見としてもらった白鞘の短刀。内気で無口な性格で、まわりの者は笑ったところを見たことがないという。


昭和11年(1936).4.23〔15歳(満13〜14歳)が連続通り魔〕
 京都府京都市で、無職少年(15)が逮捕された。昨年12月の夜に帰宅中の女性店員(22)の背中を小刀で刺すなど、自転車に乗って女性を8人を襲っていた。京都市の飲食店の長男で小卒後にギャング映画に影響されて家出、空家を根城に空巣や通り魔を繰り返していた。


昭和11年(1936).12.10〔16歳(満14〜15歳)がムシャクシャして幼女に通り魔〕
 東京市浅草区の路上で、商工学校2年生(16)が小学2年生の女の子(9)を抱き上げ、匕首でお尻を刺して2週間の重傷を負わせて逃走、すぐに捕まった。浅草公園で不良にからまれ殴られムシャクシャしていたが、女の子が微笑み掛けたのが嘲笑われたように受け取って刺したもの。鉄工所経営者の次男。


昭和12年(1937).5.6〔中1(満12〜13歳)がスカート切り魔〕
 東京市省線の四谷〜信濃町駅間のトンネルに電車が入った瞬間に女学生のスカートや着物を肥後の守で切っていた中学1年生(14)が捕まった。4.20から10人以上を襲っていた。女学生が泣き出す顔を想像して楽しむ、小学生のときからこういういたずらに興味を持っていたと自供。国家公務員技師の長男。


昭和12年(1937).8.11〔17歳(満15〜16歳)が空気銃通り魔〕
 大阪府大阪市の路上で、工員(17)が女性(20)のお尻を空気銃で撃ち、2時間後に女性(21)を撃って逃走、翌日逮捕された。これまでに若い女性ばかり10人以上を空気銃で撃っていた。


昭和13年(1938).1.3〔18歳(満16〜17歳)が連続通り魔〕
 東京市麻布区の青山墓地で、工員(18)が子供(3)をおぶった主婦(25)の腹などをナイフで4回刺して重体として逃走、翌日目黒区の自宅で逮捕された。3年前から青山墓地で若い女性ばかり次々襲い、金がない時は金を強奪して2回感化院に入っていた。


昭和13年(1938).1.3〔20歳くらいの連続通り魔が女性7人襲う〕
 東京市城東区亀戸町(現在の江東区)の路上で夜8時、20歳くらいの学生帽の男が、女性(21)の腰をナイフで切って10日間の傷害を負わせ、30分後に女工(18)のお尻に2週間の傷害、9時過ぎに少女(14)に1ヶ月の重傷、9時半に女中(22)のお尻に1週間の傷害、女性(26)のお尻に2週間の傷害を負わせて逃走した。正月の晴れ着を着ている女性ばかりを狙ったもの。
 2.6に本所区向島で夜8時、同じ犯人らしい学帽と学生服の男が、主婦(23)のお尻に2週間の傷害、女工(18)の太ももに2週間の傷害を負わせて逃走した。


昭和13年(1938).4.25〔通り魔が少女刺す〕※参考
 東京市麹町区の路上で夜10時前、自転車に乗った男が帰宅中の電話局交換女子(17)の下腹部をナイフで刺して3週間の傷害を負わせて逃走した。


昭和13年(1938).6.1〔通り魔が少女に硫酸かける〕※参考
 東京市蒲田区の路上で夜8時半、40歳くらいの男が女工(17)に硫酸を浴びせて背中に3週間のヤケドを負わせて逃走した。


昭和14年(1939).12.8〔通り魔が少女の顔を刺す〕
 宮城県志田郡の路上で夜10時前、20歳くらいの男が自転車に乗って、女中(20)の顔を刃物で刺して1ヶ月の重傷を負わせて逃走した。


昭和15年(1940).1.20〔小5(満11〜12歳)ら朝鮮人通り魔不良団7人組が女性数十人を殴る〕
 大阪府大阪市で、小学5年生(13)3人、6年生(14)2人、工員(14,15)2人の7人組朝鮮人不良団が逮捕された。1.18に女工(23,24)2人を襲うなど、年末から毎日のように路上で若い女性数十人を殴っていた。他に映画のただ見や、電車の無賃乗車など。小6が団長。


昭和15年(1940).1.27〔24歳が女性の性器を刺す連続通り魔〕※参考
 福岡県若松市の路上で夜9時、メッキ工(24)が主婦(23)の下腹部を匕首で刺して21日の重傷を負わせ、1.30の夜8時に女性(17,21)2人の下腹部を刺し重傷を負わせ、3.2と3.5には佐賀県大町駅前、4.27には福岡県戸畑市、11月には築上郡、翌年5月には直方市、長崎県などで女性の下腹部を次々刺して逃走した。昭和15年9月に覆面をして顔見知りの女性(22)に匕首を突きつけたが抵抗したため覆面が取れて顔を見られてしまい、慌てているうちに匕首を奪われて警察に行こうと云われたが、頼んで匕首を返してもらい逃げ帰ったことが発覚し逮捕された。
 2年前に5歳年上の情の深い未亡人の女性教師と夫婦になったが、産後の肥立ちが悪く亡くなってしまい、遊郭などでは性的満足が得られないので性器を刺すことにした。実直で真面目で温厚な小男で評判は非常に良かったが、被害者たちが刺されたことに気付かず下腹部を殴られたショックで生理になって出血しているだけと思って平然と立ち去り、自分も満足できるので「これはいいことを思い立った」と、大手企業の派遣で各地に仕事に訪れるたびに犯行を重ねたもの。


昭和15年(1940).2.1〔16〜17歳が連続カミソリ通り魔〕
 兵庫県神戸市の路上で夜9時、16〜17歳くらいの学生服の少年が女工(20)の顔をカミソリで切って2週間の傷害を負わせて逃走、20分後に少女(19)を、さらに20分後に主婦(24)の顔をカミソリで切って2週間の傷害を負わせて逃走した。


昭和15年(1940).2.17〔18歳(満16〜17歳)ら4人組通り魔が少女刺殺〕
 東京市渋谷区の路上で夜8時過ぎ、運送屋運転手(18)、電気工(19)、新興キネマ小道具係(20)、運送屋店員(21)の4人組が、洋裁学校女生徒(19)の太もも動脈をナイフで刺して殺害、1時間後に英語学校女生徒(22)に無言で切りつけて脣に3センチの傷をつけて逃走、3.27に逮捕された。主犯は1月に宮城県から勉学のために上京、新宿の喫茶店で他の3人と知り合い、路上強盗などを繰り返していたが、女性2人からは何も盗らずにただ刺している。


昭和15年(1940).3.3〔学帽マスク通り魔が女性切る〕
 大阪府大阪市の路上で、学生帽にマスクの男が、女性事務員(21)の左胸を刃物で刺し、顔を切って逃走した。


昭和15年(1940).3.4〔連続通り魔が女性5人刺す〕※参考
 大阪府大阪市の路上で夜9時半、24〜25歳のジャンパーの男が、主婦(35)の首を刃物で刺し、女性電話交換手(18)の胸を刺し、30分後に歌手(18)の胸を刺し、主婦(38)の首を刺して逃走した。
 3.5の夜7時前、同じ男が自転車に乗って女性(23)の首を刺して逃走した。


昭和15年(1940).3.11〔通り魔が少女襲う〕※参考
 東京市世田谷区の路上で、21,22歳の学生服の男2人が、女工(15)の耳の後ろを突然刃物で刺して1週間の傷害を負わせて逃走した。


昭和15年(1940).3.11〔少年通り魔が女性襲う〕
 東京市新宿区の新宿駅改札口で、15〜16歳の中学生風の少年が、女性の服を刃物で切って逃走した。


昭和15年(1940).4.26〔通り魔が芸者7人襲う〕※参考
 東京市本所区の向島花街の路上で深夜0時過ぎ、黒ジャンパーの男が自転車に乗って、芸者(18)の顔を切って3週間の傷害を負わせるなど、派手な着物を着た女性(14〜37)7人をカミソリで次々襲って逃走した。向島では昭和13年にも女性15人がお尻を切られる連続通り魔事件があったが迷宮入りしている。


昭和15年(1940).6.14〔16歳(満14〜15歳)通り魔が主婦襲う〕
 東京市中野区の路上で夕方6時半、少年(16)が主婦(22)の顔をカミソリで切って2週間の傷害を負わせて逃走したが、すぐに逮捕された。洗濯屋の3男。


昭和16年(1941).4.14〔25歳くらいの劇薬通り魔〕※参考
 東京市本郷区の路上で、25歳くらいの男が自転車に乗って、芸者(27)に劇薬をかけて1ヶ月のヤケドを負わせて逃走した。ジャンパーに黒縁メガネ。


昭和16年(1941).5.7〔18〜19歳が小学生女子に通り魔〕
 兵庫県神戸市の路上で夜9時、18〜19歳くらいの学生服の少年が女の子(12)のお尻を刃物で切って10日間の傷害を負わせて逃走した。


昭和16年(1941).5.8〔20歳くらいの通り魔が女性襲う〕
 神奈川県横浜市の路上で、20歳くらいの男が女給(25)を襲って猿ぐつわをかまそうとしたが通行人が来たため逃走した。


昭和16年(1941).7.16〔28歳(満26〜27歳)が女に振られて連続通り魔殺人〕※参考
 和歌山県和歌山市の路上で夜10時半、男(28)が風呂帰りの主婦(31)の顔や胸など5ヶ所を匕首で滅多刺しにして2ヶ月の重傷を負わせて逃走した。9.26の夜11時半に路上で、料理屋仲居(34)の目の上を刺して2週間の傷害を負わせ、40分後に宿屋女中(33)の首や顔など15ヶ所を滅多刺しにして殺害、20分後に芸妓(26)の首や顔など6ヶ所を刺して3週間の傷害を負わせて逃走、翌日逮捕された。5年前に別の料理屋仲居に結婚を迫ったが拒絶して姿を消したため女は人を騙す悪いものだと思い込んだもの。


昭和16年(1941).8.18〔通り魔が主婦襲う〕※参考
 東京市足立区の路上で夜9時、27〜28歳の和服の男が、主婦(35)を付けて来て刃物で刺して1週間の傷害を負わせた。


昭和16年(1941).8.22〔通り魔が姉妹襲う〕※参考
 東京市世田谷区の路上で夜10時過ぎ、20歳前後の男が、映画から帰宅中のタイピスト(25)と妹(20)の胸を刺して傷害を負わせた。


昭和16年(1941).8.26〔中2(満13〜14歳)が空気銃で無差別に撃つ〕
 東京市渋谷区道玄坂で、中学2年生(15)が通行中の博士夫人(41)と娘(17)を空気銃で撃って、腕と額に傷害を負わせて逮捕された。オモチャ屋の次男で、店の2階から通行人を無差別に何人も撃っていた。


昭和16年(1941).10.10〔通り魔が女性襲う〕※参考
 東京市世田谷区の路上で夕方5時、自転車に乗った男が、女性(25)の背中を刺して1週間の傷害を負わせた。


昭和16年(1941).10.29〔少年通り魔が女性襲う〕
 東京市世田谷区の路上で夜7時、自転車に乗った18〜19の少年が、女中(20)の喉を切って2週間の傷害を負わせた。


昭和16年(1941).12.31〔35歳(満33〜34歳)が遊郭で6人斬り〕※参考
 兵庫県神戸市の福原遊郭で夜8時半、手伝人夫(35)が通行中の男性客(20,21)2人の背後からいきなり日本刀で10ヶ所切って瀕死の重傷を負わせ、遊女屋に押し入って従業員男性(22)、従業員女性(38)、主人(41)、従業員男性(27)を滅多切りにして重傷を負わせたが、最後に切った従業員男性に日本刀を奪い取られて表に逃げ、植木鉢などを投げて暴れているところを駆け付けた警官に逮捕された。二年前にこの遊女屋の遊女から金を脅し盗って恐喝罪で捕まったことを怨み、最近神経痛になって生活も苦しくなり自暴自棄になったもの。最初に切られた男性客と従業員女性は生命危篤。


昭和17年(1942).1.22〔少女を襲う少年通り魔〕
 東京市向島区で少女が18歳くらいの丸刈り頭、国防色の職工服の少年に小刀のようなものでお尻を刺され、10日間のケガを負った。


昭和17年(1942).10.21〔秋葉原駅で連続カミソリ通り魔〕※参考
 東京市神田区の秋葉原駅で朝7時30分頃、何者かがホームで電車を待っていた女学校4年生(16)の腰を制服の上からカミソリで切り3週間の傷害を負わせて逃走した。10.22の朝7時20分頃、何者かがドレスメイカー女学校生(19)の太ももを切って逃走した。朝のラッシュ時で大勢の乗客にまぎれた犯行。


昭和18年(1943).3.18〔少年通り魔が女性3人襲う〕
 東京市板橋区の路上で、16,7歳の少年が女性(22)の顔をカミソリのようなもので切って2週間のケガを負わせた。10分後には女性(21)の顔を切って2週間のケガ、さらに30分後には女性(23)に3週間のケガを負わせた。


昭和18年(1943).4.21〔15歳(満13〜14歳)がノコギリ通り魔〕
 兵庫県姫路市の山陽電車ガード下で夜8時過ぎ、少年(15)が通行中の女性(22)の顔をノコギリで切った。翌日に逮捕。


昭和18年(1943).7.19〔19歳(満17〜18歳)戸畑の通り魔3人殺し事件〕
 福岡県戸畑市の通り魔5人殺傷事件で鉱山会社給仕(19)が逮捕された。5.19に路上で女性事務員(19)を刺殺。5.20に路上で工員(19)2人の腹を刺して重傷を負わせてから、数分後に専門学校生徒(21)を刺殺。7.17深夜2時に民家に侵入して寝ている専門学校図書館員(19)を刺殺。
 女性事務員と図書館員は学校時代の同級生で2人からいつもバカにされていたので復讐し、他の3人は面識がないが道で擦れ違ったときに自分を笑ったように思ったから刺したと自供。


昭和18年(1943).10.15〔少年の路上傷害〕
 東京市杉並区の路上で、学生(20)が杉並中学の学帽を被った18,9歳くらいの少年に呼び止められ、いきなり刃物で腹を刺され重傷を負わされた。





昭和22年(1947).9.19〔17歳(満15〜16歳)の大阪少年小平事件〕
 大阪府高槻市の農業の少年(17)は、列車でたまたま乗り合わせたキャバレーダンサー(33)をつけてレイプしようとしたが抵抗されたためナイフで殺害、逮捕された。昨年7.7には洋裁見習いの女性(21)を刺殺するなど女性をナイフやカナヅチで襲う50数件の強姦傷害事件を自供。女性の悲鳴や血に快感を感ずるという変質者で、犯行を綿密にメモしていた。10人の女性を強姦殺害して昭和21年に逮捕された小平義雄を崇拝し、記事の切り抜きを常に所持しており「少年小平」と呼ばれた。体格がよく力が強かったため小卒後に相撲部屋のスカウトを受けたが、無口で人付き合いが苦手のため断っていた。周りの者は「あの無口でおとなしかった男が・・・」と一様に驚く。


昭和24年(1949).8.6〔19歳がレイプ殺人 弘前大学教授夫人殺人事件〕
 青森県弘前市で、無職(満19歳)がレイプ目的で弘前大学教授宅に押し入り、妻(30)の喉をナイフで刺して殺害、逃走した。鉄道機関士助手だったが、ダンスとヒロポンに耽溺して職を辞め、5.6には路上で女性(21)に抱き付いてナイフで刺して重傷を負わせる通り魔事件を起こし、7.21と9.2にレイプ目的で病院の看護婦宿直室に侵入して逮捕、殺人はバレずに懲役7年となり服役した。
 8.22にこの少年の友人だった無職男性(25)が弘前大学教授夫人殺人事件の犯人として逮捕され、一審無罪だったが証拠を捏造されて最高裁で懲役15年が確定、服役した。元少年は三島由紀夫事件に感激して昭和46年に真犯人であると名乗り出た。昭和52年2.15に再審で男性の無罪判決が出た。


昭和25年(1950).2.15〔19歳がアベック連続殺人〕
 東京都品川区で、無職少年(19)が工員と密かにデート中の人妻(38)の首を切って殺害、3.9に目黒区で恋人とデート中の酒店女店員(30)の首と頭部をめった切りにして殺害、3.22に渋谷区で慶応大学医学部3年生と恋人の洋裁店店員(20)を小学校校庭に連れ込み両手を縛り、慶大生の眼の前で女性の首と後頭部13カ所をナイフでめった切りにして殺害した。慶大生が「毎日死体解剖をしているので殺されたくない」と云うと「駅まで送ってやるよ」などと云い姿を消した。5月に逮捕。内向的で友達のいない元工員で、「女の倒れる姿に興奮した」と自供。
 上記3件以外にも強盗殺人未遂1件、殺人未遂1件、窃盗7件、強盗1件で起訴されたが、昭和33年に心神喪失で無罪となった。


昭和25年(1950).11.2〔35歳が幼女殺害 圭子ちゃん殺し〕※参考
 東京都足立区で、女の子(3)が行方不明となり11.8に畑で殺害されているのが発見された。翌年1.31に電気溶解工(35)が自首。かわいいので連れ歩いて、腰ひもで絞殺したと自供。3人の子持ちで、少女に猥褻をした前科がある。精神鑑定の結果、心神喪失として検察が公判で刑の免除を求刑して無罪判決。松沢病院に入れられた。


昭和26年(1951).2.19〔高3が小学生を空気銃で撃って失明させる〕
 埼玉県南埼玉郡春日部町の路上で、春日部高校3年生(18)が小学生(6)を空気銃で撃ち、左目に当たって弾が眼底に入り眼球が飛び出すという50日間の重傷を負わせて逃走したが、2.22に自首した。友人に空気銃を借りて、たまたま通りかかった小学生3人に撃つぞと脅したが逃げようとしたため撃ったもの。


昭和26年(1951).10.2〔連続カミソリ通り魔〕※参考
 東京都豊島区の路上で夜9時半、20歳くらいの男が自転車に乗って女子高生(18)の頬をカミソリで切って10日間の傷害を負わせて逃走した。この付近では昨年8月から、20歳くらいの自転車に乗った男が若い女性の頬をカミソリで切る通り魔事件が6件起きている。すべてカミソリを現場に捨てており、同一犯人と思われる。


昭和26年(1951).11.1〔秋葉原駅で通り魔〕※参考
 東京都の秋葉原駅で朝8時過ぎ、何者かが電車に乗ろうとした女性(25)の太ももを刃物で刺して2週間の傷害を負わせて逃走した。朝のラッシュ時で大勢の乗客にまぎれた犯行。


昭和27年(1952).11.23〔髮切り通り魔〕※参考
 神奈川県平塚市の路上で、21〜22歳くらいの自転車の男が女性(19)を押さえつけて髮の毛を切り取って逃走した。平塚市では昭和23〜25年に通り魔が女性14人の髮を切る事件があった。


昭和28年(1953).7.11〔20歳ニートが小説執筆のため少女殺害〕※参考
 愛知県名古屋市の路上で、夜間高校4年生(20)がたまたま見かけた中学3年生女子(14)をいきなり絞殺。自転車で運んで自宅の床下に隠して家出した。13日に下半身ハダカの死体が発見され、15日に逮捕。高校にはほとんど登校せずぶらぶらしており、両親とも口を利かず、自室に閉じこもり文学に熱中、17歳の時に文芸部の同人誌に愛する女を殴る「マゾヒズム」という小説を掲載していた。
 レイプなどの目的はまったくなく、小説を書くために誰でもいいから殺してみたかったというのが動機。「殺さないとどう書いてよいか判らないからだ」と自供。「人を殺したことが何故悪い。殺してもよい場合がある」「ドフトエフスキーの罪と罰については批判は差し控えるが作者は尊敬する」などとも話す。


昭和28年(1953).8.22〔25歳が連続通り魔〕※参考
 滋賀県彦根市の路上で夜10時、電気工(25)がバイクに乗って1時間のうちに女性5人をナイフで刺し重傷を負わせて逮捕された。


昭和28年(1953).9.17〔病気を悲観して無差別殺人〕※参考
 岐阜県岐阜市で、男がタクシーを強奪して自転車に乗っていた男性(29,23,45)3人を次々撥ねて1人を意識不明の重体、2人を2週間と1週間の傷害を負わせて車を捨てて逃走、カルモチンで自殺を図ったが死に切れずに逮捕された。「三回の喀血をした。酒を飲まずにはおれなかった。唯物論と唯心論のギャップに入り、私は最後に罪を犯して死ぬ。無縁仏となるので住所氏名は云えぬ」という遺書を所持しており、東京都墨田区の32歳で結核療養所に入っていたと自供したが、該当者がなく身元不明。前日に泊った旅館の代金を踏み倒して、旅館の浴衣姿のままだった。病気がかなり進行しており、悲観して無差別殺人を謀ったもの。


昭和28年(1953).9.17〔26歳が祭りで無差別に切る〕※参考
 静岡県磐田市の神社で夜10時半、男(26)が男の子(7)など16人をカミソリで切り、さらに暴れているところを駆け付けた警官に逮捕された。酔っており、見付天神裸祭の群衆のなかで発作的に襲ったもの。


昭和28年(1953).9.19〔22歳が母親殺害と通り魔〕※参考
 奈良県吉野郡の自宅で、山稼ぎ男(22)が母親(48)に山刀で切りつけ、母親が野外に逃げたので追っかけて、たまたま通り合わせた女性(42)を切って10日間の傷害を負わせて、母親の胸を刺して殺害、逮捕された。ヒロポン中毒で、発作的に殺そうとしたもの。


昭和28年(1953).11.1〔通り魔が少女刺す〕
 静岡県周智郡の路上で夜7時半、若い男がいきなり少女(17)の太ももを刃物で刺して1週間の傷害を負わせて逃走した。


昭和29年(1954).2.8〔18歳ニートが両親を窮地に落とし入れるために殺人〕
 静岡県磐田郡の山林で、無職(18)が薪拾いに来た女性(20)の頭や顔をナタで10回以上滅多打ちにして殺害、崖から転落死したと診断され一度は埋葬されたが、死因に不審を抱いた母親が掘り出し鑑定して殺人と判明、2.16に逮捕された。
 小学生の時は不登校で父親が毎日付き添って登校していたが、学校を抜け出し山で弁当を食べ、小卒後は働かずにぶらぶらしていた。14歳だった昭和25年8月に母親に馬乗りとなって殴り骨折で一ヶ月の重傷を負わせ、父親に石を投げて10日間の傷害を負わせて、初等少年院送致。昭和26年10月に退院して保護観察中だった。両親を窮地に落とし入れるには殺人を犯すしかないと計画したもの。


昭和29年(1954).5.23〔中3が女を憎んで連続通り魔〕
 東京都中央区の路上で深夜0時前、中学3年生(14)が女性(37)の腹をナイフで刺して3週間の重傷を負わせて逮捕された。一年前から路上で13人の女性にいきなり抱きついて押し倒したり、お尻を殴ったりして襲っていたが、まったく警察に届けが出ていなかった。両親が貧しかったため生後10ヶ月で裕福な叔父に引き取られて育てられていた。「叔母や姉に冷たくされて近所の女にもからかわれて女を憎むようになった」と取り調べでは自供したが、鑑別所の精神鑑定では虚言と判定されている。


昭和29年(1954).6.1〔22歳ニートが通り魔殺人〕※参考
 神奈川県相模原町の路上で夜8時前、無職(22)が帰宅中の女性事務員(20)の胸をいきなりナイフで刺して殺害、すぐに自首した。一面識もなく無意識に刺したと自供。共産党の山村工作隊の一員だったがスパイ容疑で仲間にリンチに遭って脱走、被害妄想となっており、女性が自分に危害を加えると思い込んで殺そうとしたもの。東京地裁は心神耗弱と認め懲役7年の判決。


昭和29年(1954).6.7〔連続通り魔が女性刺す〕※参考
 東京都江東区の路上で夜10時半、30歳くらいの男が自転車に乗って擦れ違いざまに女性(47)の胸をいきなり刃物で刺して重傷を負わせ、5分後に帰宅中の女性事務員(19)の耳の後ろを切って5日間の傷害を負わせて逃走した。


昭和29年(1954).6.9〔通り魔が少女刺す〕
 東京都杉並区の路上で夜8時前、男がソロバン塾から帰宅中の少女(15)の首と肩をいきなり刃物で刺して重傷を負わせ、逃走した。


昭和29年(1954).6.25〔26歳ヒロポン中毒者が通り魔子供3人殺害〕※参考
 大阪府大阪市の中津運河で、男(26)が釣り人(34)、歩いていた子守女性(57)と連れていた男の子(6,3)2人、父子の計6人を運河に突き落とした。大人3人は救助されたが子供3人は水死。男はすぐに逮捕されたが、ヒロポン中毒者だった。


昭和29年(1954).8.23〔18歳が海水浴場で切り裂き通り魔として逮捕〕
 神奈川県藤沢市の片瀬東浜海水浴場で、世田谷区から来ていた東急駅員(18)が潜って近づいて女性5人がつかまっていた浮き輪をナイフで切り、女性1人(23)の指にケガを負わせて逮捕されたが、9月に証拠不十分で釈放された。
 この海水浴場では去年18人、今年13人、昭和30年は3人の派手な水着の女性が泳いでいる最中にモモやお尻を切り裂かれており、犯人は捕まっていない。


昭和29年(1954).9.4〔中2が通り魔〕
 東京都世田谷区の路上で、中学2年生(13)が文化服装学院の女生徒(22)を刺して重傷を負わせて逮捕された。チャンバラ映画に刺激されて同じ日に違う女性をナイフで脅したが、大声を上げて逃げていく姿にわくわくするような快感を感じ、こんどは刺してみようと思って実行したと自供。


昭和29年(1954).10.12〔21歳ニートが母親刺して7人殺傷〕※参考
 東京都荒川区の自宅で、無職(21)が母親(46)をジャックナイフで刺して重体とし、外に出て通行人の男性7人(19〜60)を次々と襲って1人重体、ほかは1ヶ月の重傷を負わせて逮捕された。強盗で刑務所に入っていたが2月に仮釈放、母親に邪魔者あつかいされたため1ヶ月前から殺意を抱き、酔ってケンカしたもの。「すべての人間が憎かった」と自供。家具屋の長男


昭和29年(1954).11.16〔19歳が通り魔刺傷〕
 千葉県千葉市の路上で、無職(19)が女性(22)の後ろから抱きつき、後頭部や顔など8ヶ所をを刃物で刺して3週間の傷害を負わせて逃走、12.2に逮捕された。窃盗など前科3犯。


昭和29年(1954).12.25〔高2が楽しそうな女性を恨んで通り魔〕
 東京都武蔵野市吉祥寺の路上で、高校2年生(16)が女性(26)の頭を棍棒で殴って2週間のケガを負わせ、逮捕された。10月に父親が蒸発し、継母も子供5人と実家に帰り、新聞配達で4人の弟妹と祖母の家計を支えていた。楽しそうに歩いている女性に腹が立ったと自供、もう1人の女性も襲っている。





昭和30年(1955).2.3〔通り魔がトイレで女性切る〕※参考
 北海道小樽市の市場トイレで、23,4歳くらいの男が用便中の女工(24)の首と手を刃物で切って1週間の傷害を負わせて逃走した。


昭和30年(1955).3.5〔中学生風の通り魔〕
 大阪府大阪市の路上で、中学生風の学生服の少年が女性の背中を刃物で刺して10日間の傷害を負わせ逃走した。


昭和30年(1955).3.10〔連続顔切り魔事件〕※参考
 大阪府大阪市の阪急電鉄神崎川駅前で夜8時半、35歳くらいの男が女性事務員(20)の顔をカミソリで切り3週間の傷害を負わせ、10分後に女性工員(24)の顔を切り1週間の傷害を負わせ、逃走した。この付近では昭和24〜29年に顔切り通り魔が小刀やキリで女性21人を襲っていた。


昭和30年(1955).3.10〔16歳ニートが老人を通り魔銃撃〕
 石川県輪島市の山中で、無職(16)が男性(76)をいきなり猟銃で撃って2ヶ月の重傷を負わせ、翌日逮捕された。聾唖者で、聾学校を窃盗で中退し、父親に叱られたのでムシャクシャしてたまたま通り合わせた老人を撃って腹に散弾30発も命中させ、老人が苦痛にのたうち回って崖から落ちるのを見てから逃走したもの。「倒れたのを見たとき胸がスッとした」と通訳を通じて自供。


昭和30年(1955).3.12〔中2ら10数人が他校に殴り込みと通り魔〕
 埼玉県川口市の中学校近くで、東京都足立区の中学2年生(14)ら10数人が生徒数名を殴り、帰りにたまたま通りかかった高校1年生(16)に因縁を付けて顔や頭を木刀で殴って1週間の傷害を負わせて逃走した。1人が川口のオートレースに行った帰りにこの学校の生徒に殴られた仕返しのためナイフや木刀を持って殴り込みを掛けたもの。前日にも押しかけて生徒を殴っていた。


昭和30年(1955).3.14〔中学生風が幼女顔切り通り魔〕
 埼玉県浦和市の路上で、中学生風の男子が小学2年生の女の子(8)の跡を付けて笹藪に無理やり連れ込み、いきなり「お前を殺すぞ」と云いながら顔をカミソリで切って15針を縫う1ヶ月の重傷を負わせて逃走した。付近では中学生風の男子が小学1年生の女の子(7)を下校中に待ち伏せて追いかける事件がたびたび起きていた。
※犯人が捕まったかどうかご存じの方はご教示をよろしく。


昭和30年(1955).3.17〔17歳通り魔が9人の女性を襲う〕
 東京都江戸川区の路上で9人の女性を襲った17歳の少年通り魔が逮捕された。昨年の暮れから自転車に乗って擦れ違いざまに長さ10センチの工事用キリで女性の下腹部などを刺していた。


昭和30年(1955).4.26〔18歳くらいの通り魔〕
 大阪府布施市の路上で、18歳くらいの眼鏡の少年が女性美容師(18)の左胸と脇腹を刃物で刺して重体として逃走した。


昭和30年(1955).5.6〔36歳が幼女殺人未遂〕※参考
 東京都台東区の公園トイレで、無職(36)が小学2年生の女の子(7)を抱き上げて便器に突き落とそうとしたが悲鳴を聞いた通行人に通報されて殺人未遂で逮捕された。「急に殺したくなった」と自供。ヒロポン中毒だった。


昭和30年(1955).12.15〔28歳が三年間連続通り魔〕※参考
 山形県米沢市で、日雇い(28)が通り魔容疑で逮捕された。昭和28年から自転車に乗って擦れ違いざまに若い女性35人の顔を殴って鼻血を出させたりしていたもの。12.10に襲った女性が顔見知りだったため足がついた。「年頃の娘を見ると急に殴りたくなり、殴ったあとはすっとする」と自供。妻と子どもがいる。


昭和31年(1956).4.29〔18歳くらいの通り魔〕
 東京都台東区の路上で、自転車に乗った17,18才の学生服を着た少年が、高校1年生女子(15)の頬をカミソリで切りつけ、40分後に中学3年生女子(14)の頬をカミソリで切りつけ逃走した。5.9に少女(15)の太ももをカミソリで切る。


昭和31年(1956).6.29〔少年が連続娘切り〕※参考
 栃木県宇都宮市の路上で夜、高校生風の少年が自転車に乗って通行中の女性(20)の背中を刃物で刺して重傷を負わせて逃走、7.3と4の夜には女性(17)が二度も続けて刺され、9.20までに若い女性ばかり六人が切られたが犯人は逮捕されていない。


昭和31年(1956).7.27〔片瀬東浜海水浴場でまたもや切り裂き通り魔〕
 神奈川県藤沢市の片瀬東浜海水浴場で、泳いでいる女性(28)が若い男にカミソリで下腹部からモモまで12センチ切られた。
 この海水浴場では昭和28年18人、昭和29年13人、昭和30年は3人の派手な水着の女性が泳いでいる最中にモモやお尻を切り裂かれており、犯人は捕まっていない。


昭和31年(1956).9.15〔14,5歳の通り魔〕
 東京都板橋区の神社で、下駄履きで学生帽の14,5歳の少年がウェイトレス(20)の下腹部を刺して10日間の傷害を負わせて逃走した。


昭和31年(1956).12.26〔中3が電車で女性ばかり7人の腿切り〕
 東京都秋葉原駅で、中学3年生(15)が電車から降りようとした女性事務員(24)のスカートをカミソリで切り裂き1週間のケガを負わせたが、被害者が捕まえて駅員に突き出した。「下着が見えたり、驚く女の顔がおもしろく、すごいスリルがあった」と自供。通学途中の総武線で先月から女性ばかり7件のモモ切りを犯していた。江東区の中流家庭の長男だった。


昭和32年(1957).6.24〔中3がフトン針通り魔〕
 東京都江戸川区の神社で深夜11時、中学3年生(14)が主婦(32)に抱きつきフトン針をお尻に刺して逃走、7.8に捕まった。同種の事件を3件起こしていた。


昭和32年(1957).7.7〔19歳くらいの通り魔〕
 大阪府大阪市の路上で夜10時、19歳くらいの少年が会社員女性(24)の右胸を刃物で刺して重体として逃走した。


昭和32年(1957).9.30〔中3不良グループが暴れ回る〕※参考
 東京都台東区の路上で、22,3くらいの男が自転車に乗って女性(18)の顔にいきなり硫酸を浴びせて2週間の傷害を負わせた。


昭和32年(1957).11.16〔35歳が無差別殺人〕※参考
 神奈川県厚木市で、無職(35)がナタで6人を次々滅多打ちにして殺傷、翌日逮捕された。


昭和33年(1958).4.28〔小3が注意されナイフで切る〕
 兵庫県神戸市の路上で、小学3年生(9)が高校1年生(15)の耳をナイフで切って10日間の傷害を負わせてすぐに補導された。高1生が映画の看板を見ているところへぶつかったので注意され、いきなりナイフを抜いたもの。両親に放任されており、煙草も所持していた。


昭和33年(1958).5.18〔中2がエロ本に興奮して通り魔〕
 東京都渋谷区の路上で、中学2年生(13)が女性(21)のお尻を果物ナイフで刺して1週間のケガを負わせた。友人に見せてもらったエロ本で興奮したため、ほかにも下着9枚を盗んだり、少女にいたずらしようとしたことを自供した。


昭和33年(1958).7.3〔19歳が通り魔殺人〕
 埼玉県北足立郡の路上で、無職(19)が女性(43)に「金を出せ」と脅し、胸や顔に切りつけ、ドブに落ちたあと尻や腕を刺した。30分後に女性(36)の胸など数カ所を刺して殺害、自転車で逃走したがすぐに逮捕された。この日の昼間にも民家に侵入して女性(51)の首を絞めて逃走していた。これまでも夜の一人歩きの女性に抱きついたり首を絞めたりしていたため警察に眼を付けられていた。


昭和34年(1959).1.27〔荒川通り魔・女性21人殺傷〕
 東京都荒川区の路上で、自転車に乗った15,16歳の少年が、1時間のうちに女性9人を襲って1人を殺害した。
 夕方6時過ぎに小学5年生女子(10)の肩をナイフで突いて1週間の傷害を負わせ、7時15分に少女(18)の左胸を刺して重体、女性(23)の左胸を刺して10日間の傷害、中学2年生女子(13)の左胸を刺して1週間の傷害、中学3年生女子(16)の胸を刺して即死させ、女性(20)の胸を刺して1週間の傷害、女性(22)の胸を刺して10日間の傷害、少女(17)の左胸を刺して1週間の傷害、高校1年生女子(16)の左胸を刺して1週間の傷害。1.20から出没、被害は21件。3日後に被害者や遺族宛に「こんどはきっと殺す」などの脅迫状が送りつけられ、また自分が犯人だと警察にいたずら電話して逮捕される者もいた。迷宮入り。


昭和34年(1959).1.29〔18歳秋田の通り魔〕
 秋田県秋田市の路上で、無職(18)が女店員(21)の顔と手を切って2週間の傷害を負わせ、10分後に女性(49)の顔を切って重傷を負わせ、翌日、逮捕された。秋田高校を卒業して受験勉強のやりすぎで精神異常となっていた。凶器は拾ったスプリングだった。


昭和34年(1959).2.5〔中学生風が荒川通り魔を模倣〕
 東京都北区の路上で、小学6年生女子(11)が、中学生風の少年にセーターを切られる。1.27の荒川通り魔の模倣犯と見られている。


昭和34年(1959).2.19〔拓大生が妊婦の腹を蹴る〕※参考
 東京都品川区の路上で、拓殖大学2年生(23)が夫婦で散歩していた7ヶ月の妊婦(24)の腹を突然蹴った。酔っぱらってケンカしてムシャクシャしていたもの。


昭和34年(1959).3.29〔18歳女子が自衛官千人斬り通り魔〕
 静岡県浜松市の映画館で、女子(18)が自衛官3人の制服を切り裂いて捕まった。高校を2年で中退して航空自衛隊員(21)と交際していたが、ほかの基地に転勤になってフラれてしまい、復讐のため自衛官千人斬りを決意して2月から12人の制服を切っていた。


昭和34年(1959).6.5〔15歳ニートが幼児を投げヤリ殺人〕
 東京都世田谷区の路上で、無職(15)が自転車に乗って小学1年生(6)の胸を手製の投げヤリで刺して殺害した。29日に逮捕。裕福な会社社長の1人息子で、教育熱心な両親から勉強部屋を与えられ家庭教師をつけられて猛勉強をさせられていたが都立高校入試に落ち、私立高校もすぐに辞めてぶらぶらしていた。これまでも子供を木に縛りつけてナイフで脅したり、竹で目を突いてケガを負わせたりしている。友人がおらず家に引き籠もりがちで、テレビを見たりラジオを組み立てたりしていた。父親は「絶対に違う」「気が弱いので、責められるままにいいかげんな話をしたのでしょう」と言う。


昭和34年(1959).9.21〔大学生3人が酔って通り魔〕※参考
 東京都杉並区高円寺の路上で、明治大学工学部2年生(21)、青山学院大学経済学部1年生(22)、法政大学法学部3年生(23)の3人組が、魚屋店員(17)を殴って腹を登山ナイフで刺して1ヶ月の重傷を負わせた。直後に早稲田大学生(21,22)2人の腹を刺して重傷を負わせ、翌日逮捕された。酔って無差別にケンカを吹っかけたもの。


昭和35年(1960).1.3〔18歳が幼児を通り魔殺人〕
 石川県金沢市で、高校生(18)が小学1年生の男の子(6)の腹を包丁で滅多刺しにして殺害、逮捕された。精神病院に入院していたが、正月なので帰宅を赦された。「人を殺してこい」という女の声が耳元で聞えたため、家を飛び出して子どもを見つけるといきなり襲ったもの。


昭和35年(1960).2.19〔18歳予備校生が女性のオーバー切り盗ってコレクション〕
 東京都の山手線で、立川市の予備校生(18)が女子大生(23)のオーバーを切り、その場で逮捕された。女性のモヘアのオーバーばかりを狙い、切り盗った一部をコレクションしており、毎朝切らないと平静な一日が送れないようになっていた。被害者は40人以上。すでに大学に合格しているのにやめることができず、いっそのこと捕まるために女性を殺そうかとさえ考えていたので、捕まってよかったと自供している。


昭和35年(1960).3.23〔中3がムシャクシャして通り魔〕
 東京都江戸川区小岩の書店に夜の9時過ぎ、中学3年生(15)が教科書を買いに来たが明日売ると追い返された。ムシャクシャした中3生は自転車で帰る路上で、OL(22)とOL(23)にチェーンで殴りつけ顔などに1週間のケガを負わせ、すぐに逮捕された。裕福な葛飾区議の長男で、私立高校への進学が決まっている。3.6には棍棒やチェーンを持った手下を引き連れ小岩の他校に押し掛けようと計画していた。


昭和35年(1960).7.4〔17歳くらいの通り魔〕
 東京都渋谷区の寺の境内で、帰宅途中の中学1年生女子(13)が17歳くらいのアロハシャツの少年に突然、首を絞められた。側にいた友人が大声を上げると逃走した。


昭和35年(1960).7.11〔中学生風通り魔〕
 東京都太田区の家の前で女性(19)が中学生風の男に刺されそうになったが抵抗すると匕首を落として逃げた。


昭和35年(1960).7.21〔18歳が御岳山山頂で通り魔〕
 東京都青梅市の御岳山で、農業(18)がハイキング中の女性(20)の背中を果物ナイフで刺し崖から転落させた。5メートル下の枝をつかんだため2週間のケガで済み、すぐに逮捕された。7.16に山口県宇部市から家出、上京していた。


昭和35年(1960).8.22〔15歳が通り魔〕
 東京都北区の路上で、少年(15)が女性(29)の背中を刺して重傷を負わせ、翌日逮捕された。強制猥褻、窃盗などの前科があり、医療少年院を出たばかりだった。


昭和35年(1960).12.28〔通り魔が幼女を線路に突き落とす〕※参考
 東京都葛飾区で、酔ってオートバイを運転していた40歳くらいの男が停車して、「邪魔だ。お前なんか死んでしまえ」と云いながら通行中の小学1年生の女の子(7)を十メートル下の総武線の線路に突き落として逃走した。直後に通過した列車はかすめただけで轢かれなかったが、重態。 ※犯人が捕まったかどうかご存じの方はご教示をよろしく。


昭和36年(1961).1.16〔17歳が通り魔〕
 東京都大田区の路上で、工員(17)が女性(20)をナイフで刺し10日間のケガを負わせた。1時間後に女性(21)もナイフで刺し2週間のケガを負わせ、すぐに逮捕された。好奇心からやったと自供。


昭和36年(1961).2.21〔43歳が連続通り魔〕※参考
 埼玉県川口市の京浜東北線の走行中の列車で、消防士長(43)が会社員女性(17)のコートをカミソリで切って、警戒中の警官に逮捕された。カミソリを8枚も所持しており、去年の年末から列車内で若い女性のオーバー切りを50件以上繰り返していた。娘が病気で同世代の女性を見ると羨ましくなってやったと自供。


昭和36年(1961).3.29〔小5が通り魔〕
 群馬県伊勢崎市の路上で、小学5年生(11)が自転車に乗っていた女性(19)のズボンをナイフで切り裂いた。30分後にも女工員(23)のズボンを切り裂き捕まった。「きれいな女を見たらいたずらしたくなった」と自供。


昭和36年(1961).5.13〔中1が友達をあっと言わせるため幼児殺人未遂〕
 宮崎県宮崎市の中学校で、1年生(13)が「お前なんかに人が殺せるか」とケンカした友達に言われてすぐに学校を飛び出し電車で隣町まで行き、路上で遊んでいた男の子(5)の腹をナイフで刺して泣き叫ぶのを持ち上げて深さ6メートルの井戸に投げ入れて逃げた。溺れていた男の子は泣き声を聞きつけた人に救助され5日間のケガですんだ。
 「誰でもいいから殺して友達をあっと言わせてやろうと思った。宮崎市内でやるとばれるので隣町まで行った」と自供。成績も性格もごく普通の生徒だった。


昭和36年(1961).5.16〔18歳の大阪連続通り魔〕
 大阪府大阪市で昨年9月から7件続いた連続通り魔事件の犯人が逮捕された。愛媛県出身で現場近くの食堂の住み込み店員(18)。昨年9.25に「俺が通り魔だ」と大阪読売新聞社に電話しており、4.24には捜査本部に「協力者だが、情報を教える」と電話し、逆探知されたもの。


昭和36年(1961).8.4〔16歳が田舎者だとバカにしていると刺す〕
 東京都練馬区の路上で、店員(16)が高校2年生(16)をナイフで刺し重傷を負わせ、逮捕された。「じろじろ見られ田舎者だとバカにしている」と思ったと語る。3月に鹿児島から上京していた。


昭和36年(1961).9.9〔18歳が針刺し通り魔〕
 東京都墨田区の路上で、家事手伝いの少年(18)が自転車で背後から、女性店員(20) に近寄り5センチの木綿針を胸に刺して1週間の傷害を負わせて逃走したが27日に捕まった。女性ばかり5人以上に針を刺していた。昭和33年にも同様の事件を起して捕まっていた。


昭和36年(1961).10.28〔19歳自衛官が妄想抱いて通り魔〕
 東京都港区の路上で、海上自衛隊自衛官(19)がオートバイの男性(21)をナイフで刺して1ヶ月の傷害を負わせた。休暇で実家に戻っていたが帰隊時刻に遅れ、上官に怒られると思い詰めて、オートバイの男性が捕まえに来る警務隊と妄想を抱いたもの。


昭和37年(1962).9.3〔中3が通り魔と主婦殺人〕
 愛知県名古屋市の路上で、中学3年生(14)が女店員(21)を刺して逃走した。9.8には民家に押し入り、主婦(21)の下腹部を傘の柄で刺して殺害し、逮捕された。少女に対する猥褻事件も繰り返していた。孤独でおとなしい性格。


昭和37年(1962).10.17〔高1が女性標的の連続通り魔〕
 東京都大田区で、都立高校1年生(16)が帰宅途中の女性ばかりを狙う通り魔を繰り返し捕まった。生体解剖用の針を竹棒につけ、背後から自転車に乗って追い越しざまに刺し、1週間の怪我を負わせていた。「捕まってはいけないからもう止めようと思っても、次の日になるとまたやりたくなる」と自供。10件の犯行を認めた。


昭和37年(1962).12.9〔31歳が連続尻切り魔〕※参考
 茨城県日立市で、会社員(31)が昭和35年12.2に日立駅で女性(21)のオーバーの腰部分をカミソリで切ってから翌年までに女性30数人のスカートなどを切っていた連続尻切り魔だと自供した。妻子があり真面目で評判だったが、昭和35年にカメラを盗まれて「被害者の気持ちがどんなものだか思い知らせてやる」と無差別に襲ったもの。11.25にハンドパックを盗もうとして逮捕され、取り調べを受けていたもの。


昭和37年(1962).12.23〔21歳がただ殺したくなって通り魔殺人〕※参考
 埼玉県飯能市で、土木作業員(21)が料理屋女将(52)を殺害、翌年2.12に逮捕された。酔って工事現場の所沢から東京世田谷区の飯場に戻ろうとしたが間違えて飯能行きの列車に乗り、終点駅側でたまたま通りかかった女性にいたずらしようと襲い掛かったが抵抗されて急に殺したくなり、腹を蹴って意識を失わせてから神社まで運び、全裸にして腹を蹴って、いたずらはしないままに腕時計と下着を強奪して逃走したもの。
 新潟県十日町市の中学を二年で中退してぶらぶらして、17歳の時に女性の下着を盗んで少年院に入っており、飯場の部屋には盗んだ下着四十点があった。取り調べにはニヤニヤ笑って「ただ殺したくなったからやった」と自供。日頃はおとなしいが、すぐにカッとする性格。


昭和38年(1963).3〜昭和39年(1964).10〔17歳杉並切り裂きジャックが幼児を連続傷害〕
 東京都杉並区を中心にして小6生の陰部切断や、顔、腹などを切られる事件が11件続発。「切り裂きジャック」を名乗り、警察や被害者宅へ傷害のさし絵や予告挑戦状など送り続け、親たちを不安がらせた。12.26に落としたノートから都立高校2年生(17)を逮捕。中流家庭で成績も優良。普通の高校生に潜む異常性に慄然とさせされた事件。


昭和38年(1963).11.4〔21歳使用人が雇主の娘を殺害後、誘拐を計画〕※参考
 東京都江戸川区東小松川のアパートの一室で、近くの銅鉄商の小学5年生の三女(11)が血まみれで発見された。犯人は使用人(21)。リンドバーグ誘拐事件を元に銅鉄商の子供のうち誰かを殺し、誘拐と見せかけて身代金10万円を取ろうとしたもの。10万円は自動車免許取得の費用にする予定だった。
 普段から仲のよかった三女を部屋に入れ、テレビを見ているところを後ろからハンマーで滅多打ち。天井裏に隠そうとしたが、血のりで足を滑らせると急に怖くなって逃走。しかし新聞報道を見て観念し、5日に自首。少女は6日に死亡した。
 17歳のときに京都の修学旅行で宿泊した旅館に放火して睡眠薬自殺を図り、その翌年にはハイキングですれ違った女性に果物ナイフで切りつけて重傷を負わる通り魔事件を起こし、医療少年院に精神異常者として入り、2年前に退院していた。


昭和39年(1964).2.24〔中学生風が高級マンションのエレベーターで主婦刺す〕
 東京都渋谷区の高級マンションのエレベーターで、中学生風の学生服の少年が主婦(36)に抱きつき、抵抗すると耳の後ろを刺して1週間のケガを負わせて逃走した。


昭和39年(1964).9.8〔中1風3人が女子小生3人を針金で突く〕
 東京都杉並区高円寺の路上で、中学1年生くらいの3人が、小学6年生女子3人を取り囲んで、肩や手を尖った針金で突いて叫びながら逃げた。杉並切り裂きジャック事件に影響されたものと見られている。


昭和39年(1964).10.6〔16歳工員が女性ばかり10人を殴る通り魔〕
 東京都荒川区の路上で、工員(16)が女子高生の顔を殴り5日間の怪我を負わせるなど女性ばかり10人を殴る通り魔事件を5月から繰り返して逮捕された。真面目でおとなしい性格、中卒で工員になったが職場でいじめられ、友人もいなかった。父親も工員で7人姉弟の3番目。





昭和40年(1965).4.24〔26歳ニートが小学校で生徒4人を襲う〕※参考
 埼玉県蕨市の小学校校庭で、無職(26)が昼休み時間に侵入し、1年生(6)、4年生(9)、4年生(9)の3人にナタで襲いかかり頭蓋骨骨折の意識不明の重体とし、4年生女子(9)に10日間のケガを負わせた。浦和高校を卒業してからぶらぶらしており、家族に暴力をふるっていた。「家族に迷惑を掛けているので警察に捕まるために子供を襲った」と自供。


昭和40年(1965).5.7〔36歳が連続通り魔猥褻殺人〕※参考
 愛知県名古屋市の路上で、無職(36)が中学生女子(14)にいきなりキスしようとして抵抗されたのでナイフで背中を刺して1ヶ月の重傷を負わせた。5.8、女の子(3)にいたずらしてから殺そうとナイフで性器を刺して1ヶ月の重傷を負わせ、その日に小学生女子(10)にいたずらしてからナイフで性器を刺して1ヶ月の重傷を負わせた。5.9に路上で女性事務員(18)にいきなりキスしようとして抵抗されたのでナイフで胸などをメッタ刺しにして殺害、6.4に逮捕された。神戸市で生まれ育ち、小学生のときに性交を覚えて、小学生女子に強制猥褻を繰り返し刑務所にも入っていた。


昭和40年(1965).6.16〔25歳が会社で叱られむしゃくしゃして幼女殺害〕※参考
 北海道勇払郡で、造材作業員(25)が小学校4年生の女の子(10)を殺害した。この日、会社をサボって社長に叱られたためむしゃくしゃして路上でたまたま見た女の子を山中に連れてゆき絞殺したもの。すぐに派出所に自首した。


昭和41年(1966).4.1〔中3が受験勉強の鬱憤晴らしに通り魔〕
 岡山県岡山市南方の路上で、中学3年生(15)が女子店員(27)の腰を切り、10日間の怪我を負わせた。昨年11月から若い女性5人に対しても行なっていた。中学での成績は上位でスポーツも得意、明るい性格で、県立高校に合格していた。


昭和41年(1966).5.21〔19歳工員が通り魔殺人〕
 神奈川県横浜市の路上で深夜、工員(19)が溶接工の青年(26)を刺殺。「でかいことをして見せる」と云うと同僚に嘲笑され、意気地なしでないことを証明するため誰でもいいから殺そうと計画したもの。
 この事件を元に、木下惠介監督の映画『衝動殺人 息子よ』が製作された。


昭和41年(1966).6.16〔医科大学生、クロロホルム通り魔〕
 東京都で医科大学生、クロロホルム通り魔。


昭和41年(1966).7.11〔19歳工員が鑑別所行き願い通り魔〕
 茨城県日立市の路上で会社員(33)が刺され、10日間の怪我を負った。犯人は同市の少年工員(19)で、「月賦に追い込まれる生活が嫌になり、人を殺せば鑑別所に入れると思った」と自供。仕事は休みがちで、素行は悪かった。


昭和41年(1966).8.30〔中学生風の通り魔〕
 埼玉県川口市の路上で、中学生風の少年が人妻を刺して重体として逃走した。川口市では1月にも中学生風の少年が女性3人を刺傷する事件が起きていた。


昭和41年(1966).9.30〔16歳がニートコンプレックスから連続幼女通り魔〕
 東京都品川区の路上で、無職(16)が遊んでいた女の子(4)の下腹部をカミソリで切るなど、幼女4人に対して傷害、暴行、強制猥褻事件を繰り返し、11.26に逮捕。同様の事件がほかにも10件起きており、少年の犯行ではないかと見られている。父親は元警官の中流家庭。工員を7月に辞めて遊んでおり、「ブラブラしている自分を笑っているような気がしたので刺した」と自供。


昭和42年(1967).2.5〔18歳がヤクザに憧れ3人死傷〕
 東京都江東区の路上で、タイル工(18)が店員(22)を刺殺、連れの2人に1ヶ月の重傷を負わせた。ヤクザ映画ファンで常にナイフを携帯し臨戦体勢でいたところ、3人組が刃物でケンカを仕掛けてきたと思い犯行に及んだ。福島県出身。東京地裁は懲役5〜10年の不定期刑判決。


昭和42年(1967).2.27〔中3が教師への仕返しに刀を振り回し通行人を切る〕
 東京都大田区の路上で、中学3年生(15)が日本刀を振り回し、1人に3ヶ月、1人に2週間の怪我、さらに車5台の窓ガラス、商店4軒のショーウィンドを叩き割って捕まった。教師に叱られ、その後自宅で友人らと酒を飲み、泥酔。叱った教師宅に刀を持って暴れながら向かった。そして教師宅に到着したが、件の教師は留守。妻が応対し、やさしく諭されると泣きながら刀を収めた。学校での素行・成績は悪く、窃盗、暴行など7回の補導歴があったが、家では甘えん坊だった。


昭和42年(1967).6.27〔21歳がただ殺したいから幼女殺害 ひとみちゃん殺人事件〕※参考
 島根県太田市の路上で、無職(21)が下校中の小学2年生の女の子(7)の首を絞め、雑木林に連れ込んでナイフで刺殺した。7.8に長野県松本市で窃盗で逮捕され、「誰でもよいから一度人を殺してみたかった」と自供。車を運転していて、たまたま目に付いた女の子を理由なく殺したもの。6.25には歩行中の男性を車で轢いてからナイフで胸を刺して殺し、死体を海に遺棄したことも自供した。島根県周吉郡生まれで、中卒後は窃盗を繰り返して逮捕歴もある。学校の成績はよく、おとなしい性格だった。罪の意識はまったくなく、連行時に詰めかけた群衆にも笑顔を見せて平然としていた。


昭和42年(1967).9.17〔17歳睡眠薬通り魔が女性5人を刺傷〕
 東京都足立区千住で、店員(17)が10分の間に女性5人をナイフで襲い、2人に1週間の怪我を負わせた。他の3人は無事だったが、母と娘の二人組を追回す始末。睡眠薬を入れた酒を飲み、泥酔状態での犯行。埼玉県の農業商校中退後上京し、働いていた。


昭和42年(1967).10.12〔17歳が園まりと心中する練習のため殺人と通り魔〕
 埼玉県南埼玉郡の食品店で、工員(17)が顔なじみの主人(29)を刺殺。鉄棒で妻(27)を殴打して3週間のケガを負わせた。6.4には路上で女子工員(20)を鉄棒で殴りつけ3ヶ月の重傷を負わせていた。
 福岡県糸島郡の農家の末っ子で、中卒後は埼玉の工場でまじめに働いていたが、園まり(23)のファンになってから性格が一変。他のファンに負けじと借金をしてまでがんばっていたが、次第に「独り占めにしたい。その為には殺すしかない」と思い詰め、度胸をつける練習のため一連の犯行を犯したもの


昭和43年(1968).3.31〔18歳女子が警察に捕まるためバス客刺す〕
 福岡県福岡市の走行中のバスで、女子店員(18)がたまたま乗り合わせた女子会社員(19)の顔や背中を庖丁で何回も刺して1ヶ月の重傷を負わせた。父と二人暮し。パン屋で働くもすぐに辞め、今月クリーニング店で勤め始めたが働かずに遊び歩いていたために給料が出ていなかった。給料を父親に渡さないと怒られるので、警察の世話になろうとしたもの。


昭和45年(1970).2.6〔中3が通せんぼの園児殺傷〕
 兵庫県姫路市の住宅街の路上で、中学3年生(15)が幼稚園児の男の子(4)の首を刺さして殺害、男の子(5)の後頭部を切って10日間のケガを負わせ、捕まった。中3生が自転車で通りかかったときに2人の園児が通せんぼして自転車を揺すった。一度帰宅したが怒りがおさまらず「犬でも刺せば気が晴れるだろう」と小刀を持って外出したがまた同じ場所で通せんぼして自転車を揺すられドブに落ちた。カッとして園児に襲いかかったもの。おとなしく明るい性格だった。


昭和46年(1971).11.22〔高3が日本刀で強盗〕
 東京都東村山市の路上で、高校3年生(18)が主婦(46)を日本刀で斬って重傷を負わせ3万5千円を奪った。大学生にも斬りつけ、24日に捕まった。生活苦から日本刀を盗んで金を得るため強盗を働いたもの。


昭和47年(1972).10.28〔22歳通り魔が幼児殺人未遂〕※参考
 愛知県名古屋市の路上で、工事労働者(22)が男の子(3)の左胸を包丁で刺して重体としてすぐに逮捕された。「なんとなくむしゃくしゃして、誰でもいいから人を刺してみたくなった」と自供。


昭和48年(1973).9.19〔25歳が人質取って無差別発砲し、3人射殺3人重傷〕※参考
 大阪府大阪市城東区の路上で深夜0時前、トラック運転手(25)が散弾銃で会社社長(38)、社員(22)、女性会社員(21)の3人を射殺、運転手(24)に重傷を負わせた。通報で駆け付けた捜査員が現場検証をしているところへ物陰から3発撃って巡査長(32)に重傷を負わせ、アパートに押し入って撃ち、騒ぎに外に出てきた主婦(35)を人質に取って追跡の装甲車に発砲しながら逃走、会社員(35)を脅してマンションの会社社長(39)の部屋に侵入して家族3人と合わせて5人を人質としたが、すぐに逃走、警官隊に撃たれて倒れたところを逮捕された。
 叔父(35)と酒を飲んでケンカして撃ち殺そうと思ったが逃げられたのでカッとして、無差別に百発近く撃ったもの。


昭和48年(1973).11.5〔男、雑踏でぶつかったと坊やを蹴り骨折さす〕
 大阪府で男、雑踏でぶつかったと坊やを蹴り骨折さす。





昭和50年(1975).12.24〔中3が通り魔〕
 埼玉県蕨市と川口市で5.5に自転車に乗って女子高生と女子中生の顔にカッターナイフで切りつけ1週間のケガを負わし、9.12にはOL3人にケガ、12.7には小2の女の子(8)2人を中学校の更衣室に連れ込み縛って切りつけ1ヶ月のケガをさせた中学3年生(14)が12.24に捕まった。「テレビの深夜番組でヌードを見て切ってみたくなった」と自供。10件の事件を起こしていた。


昭和51年(1976).1.13〔中2が尻切り連続通り魔〕
 茨城県石岡市の路上で、中学2年生(14)が主婦(41)のお尻をナイフで刺して1週間の傷害を負わせ、20分後に会社員女性(21)のお尻をナイフで刺して傷害を負わせ、翌日逮捕された。「いたずら半分」と自供。


昭和51年(1976).9.〔中学生,気晴らしに刃物で通行人を刺す〕
 夏休みの宿題をせず先生に叱られた中学生,気晴らしに刃物で通行人を刺す(世田谷)。 警視庁「少年非行等の概況」引用。


昭和51年(1976).10.5〔29歳が小学校に侵入して包丁で刺傷〕※参考
 沖縄県宣野湾市の小学校で、男(29)が授業中の教室に押し入り、3年生の男の子の首を包丁でいきなり刺して重傷を負わせて、留めようとした女性教師(32)の腹と肩を刺して重傷を負わせ、ほかに生徒2人と男性教師(45)を刺して逃走、すぐに逮捕された。精神異常者。


昭和51年(1976).10.16〔19歳がワザと女性を引き逃げ〕
 埼玉県川口市で、大工見習い(19)が女性2人を次々自動車ではねた。「ガールフレンドができず、若い女性をみるとむしゃくしゃしたので、はねた」と自供。青森県出身。


昭和52年(1977).1.13〔43歳が赤ちゃん切り通り魔〕※参考
 東京都北区の路上で、印刷工(43)が母親(24)と大叔母(64)に抱かれていた赤ちゃん(9ヶ月)の顔を包丁で切って3週間の傷害を負わせた。誰でもいいから刺そうと家から包丁を持ち出して、赤ちゃんのかわいい顔が憎たらしいので切ったと自供。


昭和52年(1977).1.21〔29歳があいさつした小学生を川に投げ込む〕※参考
 大分県下毛郡で、無職(29)が小学1年生(7)を橋の上から8メートル下の川に投げ込み、小学4年生(10)も投げ込もうとしたが抵抗されたので逃走、翌日に殺人未遂で逮捕された。職探しでいらいらしていたところ、友だち同士で別れの挨拶をしていた小学生が自分をバカにしたと思って「あいさつの仕方が悪い」と激昂、死ぬかもしれないと思いながら突き落としたもの。小1は岩の間の水溜りにランドセルから落ちたために奇蹟的に軽症だった。


昭和52年(1977).5.6〔高1が11件の通り魔〕
 神奈川県横浜市の路上で、私立高校1年生(15)が女子銀行員(19)を襲って捕まった。中学3年生だった2月から11人の女性に通り魔を犯していた。抱きついたり、鉄棒やビールビンで殴り付けたり、現金2万5千円も強奪していた。「女の人に触ってみたかった」と自供。工場経営者の長男で友達がおらず、親が厳しく小遣いをもらっていなかったので金に困っていた。


昭和52年(1977).5.14〔34歳がゴルフクラブで小学生殴り殺す〕※参考
 京都府京都市の路上で、大手商社社員(34)が小学2年生(7)の頭をいきなりゴルフクラブで殴って殺害、逃走したが5.29に逮捕された。心神喪失として不起訴処分。


昭和52年(1977).5.30〔23歳がモテないのでむしゃくしゃして連続通り魔殺人〕※参考
 大阪府寝屋川市の路上で、トヨタオート大阪のセールスマン(23)が、通行中の男性(48)の胸をいきなり包丁で刺し、倒れたところを馬乗りになって全身9ヶ所をめった刺しにして殺害した。6.1に大阪市の路上で、通行中の主婦(28)の胸をいきなり包丁で刺し、倒れたところを馬乗りになって4ヶ所をめった刺しにして殺害して逃走、すぐに逮捕された。
 京都産業大学外国語学部を卒業して4月から自動車セールスマンになったが一台も売れず、また同僚たちはガールフレンドと楽しんでいるのに自分はモテないので悩み、むしゃくしゃして女を刺せばスカッとするだろうと包丁を買ったもの。愛媛県宇和島市出身で6人兄弟の末っ子。無口で真面目で、人付き合いが苦手だった。
 軽度の鬱だが正常な判断能力があるという精神鑑定が出たので検察は起訴したが、大阪地裁は精神分裂病で心神喪失として無罪判決を出した。トヨタオート大阪は主婦の遺族に1420万円を支払うことで示談、犯人の家族からは190万円が支払われた。大卒初任給95,000円


昭和52年(1977).6.14〔中学生風通り魔が小学生切る〕
 大阪府大阪市の路上で、中学生風の少年がカミソリのようなもので小学4年生(9)の首を切って13針縫う2週間の傷害を負わせて逃走した。


昭和52年(1977).10.17〔女子高生風の女カミソリ通り魔が幼女襲う〕
 大阪府大阪市東淀川区で、自転車に乗った女子高生風の女が、カミソリで幼女に切り付ける事件が続発。17日に女の子(4)が頬を切られ、19日には女の子(5)がマブタを切られるなど幼女ばかり7件。


昭和52年(1977).12.24〔25歳が小学校で切り付ける〕※参考
 東京都足立区の小学校で、会社員(25)が小学生2人をカッターナイフで切り付け、殴って逃走、その日の中に近所の自宅で逮捕された。


昭和53年(1978).1.2〔中1ら3人がスカート切り通り魔〕
 東京都町田市の路上で、中学生1年生(13)3人が、2日から小学校6年生の女の子ばかり6人のスカートを切り、6日に7人目を襲おうとして捕まった。マンガ週刊誌をマネて、カッターの刃を指ではさんで切ったもの。1人には5日間のケガを負わせていた。


昭和53年(1978).7.14〔小・中学生くらいの通り魔幼女襲う〕
 東京都練馬区の路上で、2歳の女の子が小〜中学生くらいの男子にカッターナイフのようなもので顔と手を切られ7針を縫う傷害を負った。2時間後に5歳と4歳の姉妹が同一人物らしい男子にカッターナイフのようなもので顔と足を切られた。犯人は捕まっていない。


昭和54年(1979).2.12〔17歳女子が刑務所入るため通り魔殺人〕
 大阪府大阪市ミナミの地下街のトイレで、無職女子(17)が側の洋品店の女性店員(25)を殺害した。「誰でも殺せば刑務所に入ることができて家に帰らずにすむ」と刺身庖丁を買い、「女子トイレなら鏡に向かってじっと立っているので思いっ切り刺せる」と背中から刺したもの。
 母親は幼い頃に家出して、父親と兄と3人家族。中卒後に職を転々としてたびたび家出、2年前には覚醒剤乱用の前科がある。3ヶ月前に祖父が亡くなってからおかしな言動をするようになり、覚醒剤の影響があるものと見られている。


昭和54年(1979).11.30〔56歳が自殺の道連れに幼女殺人〕※参考
 千葉県千葉市のマンションで、無職(56)が侵入してエレベーター内で帰宅途中の小学1年生の女の子(6)を包丁で刺殺、すぐに飛び降り自殺した。東京都北区で独り暮らし、結核で肺を取って障害者年金で食べていた。知らない人を道連れに死ぬという遺書を所持していた。


昭和55年(1980).3.18〔21歳が無差別殺人〕
 大阪府富田林市の路上で、旋盤工(21)が車の窓からヤリを撃って女性(23)の心臓に命中させて殺害、翌日自首した。工場で手製の銃と、ドリルの刃を尖らせて40センチの竹につけたヤリを作製、昨年9月から3人の若い女性を銃で撃ったり鉄パイプで殴ったりしていた。3.23に母親(51)が服毒自殺を図って重体となった。
 中学2年生(13)だった昭和47年(1972).2.14に大阪府羽曳野市の倉庫で、小学3年生の女の子(9)に強制猥褻をとしたが騒がれ殺害、4.4に逮捕された。数年前に見たテレビドラマ「キーハンター」で女性の首をつかんで持ち上げ数歩歩くシーンを思い出し、試してみると女の子は口からアワを出してぐったりしたので逃走したが、告げ口されると困るので引き返して絞殺したもの。知能が低く、おとなしい性格で、教室に置いてあった女生徒のスカートを焼却炉で焼いたこともある。女の子とは近所に住み、昔から親しかった。少年院を1年で退院した。


昭和55年(1980).5.23〔19歳がむしゃくしゃして通り魔〕
 神奈川県座間市の路上で、無職(19)が小学3年生(8)の脇腹を包丁で刺して重体として、すぐに逮捕された。父親の金を持ち出してパチンコをしたため母親に叱られ、むしゃくしゃして10人以上で集団登校していた小学生に襲いかかったもの。


昭和55年(1980).8.19〔38歳がバス放火で6人殺害〕※参考
 昭和55年8月19日、土木作業員(38)は、新宿駅前のバスターミナルに停車していたバス内にいきなりガソリンをまいて放火し、6人を殺害し、17人に重軽傷を負わせた。被疑者は、精神病院の入院歴があり、知らない人に因縁を付けられたり、競艇で負けたことにむしゃくしゃして犯行に及んだものであった(警視庁) 「警察白書」引用。


昭和56年(1981).6.14〔中3がムシャクシャして通り魔殺人〕
 中学3年生(14歳)は、進路指導で高校進学はむずかしいと言われたことや、母親からステレオ購入をことわられたことで、ムシャクシャしていたが姉とけんかしたことから、果物ナイフを所持して家をとび出し、小学校の校庭で小学6年生の小女(11)を見かけ、からかってやろうと声をかけたが、無視されたのでカッとなり所携の果物ナイフで胸部、腕等を突刺し殺害した。(千葉、6月) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和56年(1981).6.16〔無職少年が通り魔殺人〕
 福井県の路上で、無職少年が小学生を殺害、6.18に逮捕された。


昭和56年(1981).6.28〔中1通り魔が幼女刺す〕
 兵庫県川西市東多田のスーパーの客でごった返すオモチャ売り場で、中学1年生(12)が女の子(5)の胸を刺して10日間のケガを負わせ、逃走したがすぐに捕まった。直前に万引きしたナイフを使用していた。成績も良く、非行歴はない。


昭和56年(1981).6.〔中3が硫酸通り魔〕
 中学3年生(14歳)は、理科の授業で教えられたことがほんとうかどうか試すため、学校から注射器、硫酸を盗み出し、通行中の主婦及び小学2年生の背中に、注射器を使用して約1ccの硫酸をかけ、全治8週間と10日間の火傷を負わせた。(静岡、6月) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和56年(1981).7.5〔中1が通り魔殺人未遂〕
 北海道札幌市南区の団地エレベーターで、中学1年生(13)が幼椎園の女の子(4)をいきなりナイフで胸と腹を刺して重傷を負わせた。両親から勉強するよう連日厳しく叱られることに反発し、相手は誰でもよいから刺し殺そうと考え、果物ナイフと切出しナイフを万引きして実行したもの。
 4.4にも別の団地で、小学6年生の女の子(11)の頭をアイスピックで刺して2週間のケガを負わせていた。


昭和56年(1981).8.26〔小6がムシャクシャして連続通り魔〕
 東京都足立区千住の都営団地で、小学6年生(11)が小学4年生の少女(9)など3人をカッターナイフで次々と切りつけ、全治1〜2週間の傷害を負わせ、8.28に捕まった。クラスの女の子から髪形を馬鹿にされたりしてムシャクシャしていたため。8.20にも中学2年生女子のスカートを切って10日間の傷害を負わせていた。
 成績は普通だが情緒不安定で教室の窓ガラスを殴って割ったりしていた。鉄工所経営の両親はしつけが厳しく、わがままな少年をよく殴って叱りつけていた。


昭和56年(1981).9.11〔小3ら2人組が連続通り魔幼女4人襲う〕
 大阪府大阪市の路上で、小学3年生(9)と5年生(11)が自転車に乗って、小学2年生女子(8)3人に刃物で切りつけて、腕に5針の傷害を負わせた。1時間後に小学2年生女子(8)に「金を持ってるか」とスカートのポケットをまさぐった上に刃物で切りつけて腕に軽傷を負わせて逃走したが、翌日捕まった。5年生は会社員の長男で何度も家出しており、11日からも家出して捜索願が出ていた。


昭和56年(1981).9.12〔中1が吹き矢で女性襲う〕
 大阪府大阪市の路上で、中学1年生(13)が自転車に乗って吹き矢で女性(21)に軽傷を負わせた。空気銃の弾の先にピンをつけたもの。


昭和56年(1981)〔「警察白書」の昭和56年事例引用〕
 56年に、通り魔事件は、254件発生し、107件、78人を検挙(補導)した。このうち少年による事件は30件発生し、25人を補導した。通り魔事件で検挙(補導)された人員に占める少年の割合は、32.1%で、凶悪犯で検挙(補導)された人員に占める少年の割合よりも9.0%高くなっている。
 通り魔事件で補導された少年は、内向的な性格であり、対人関係や集団生活が不得手であり、知能の低い者が多い。犯行の態様は、テレビで見た通り魔事件をまねるなど、模倣性が強いものも多い。
(注) 通り魔事件とは、人の自由に通行できる場所において、確たる動機がなく、通りすがりに不特定の者に対し、凶器を使用するなどして殺傷等の危害(殺人、傷害、暴行、器物損壊等)を加える事件をいう。

〔成年の事例1〕 覚せい剤を使用していた元すし店員(29)は、社会に疎外感を抱き、また、就職がうまくいかないことにむしゃくしゃして、6月17日、江東区内の路上で、通り掛かった主婦(27)、幼稚園児(3)ら4人を次々に刺殺し、2人に重軽傷を負わせた。さらに、通行中の主婦(33)を人質にとって付近の中華料理店に立てこもったが、7時間後、被害者が逃げ出そうとしたのを機会に、すし店員に変装した捜査員が突入し、被疑者を逮捕した(警視庁)。
〔成年の事例2〕 覚せい剤が切れてむしゃくしゃしていたトラック運転手(33)が、9月29日、自宅から刺身包丁を持ち出し、付近で遊んでいた小学5年生(11)ら4人にいきなり襲い掛かり、重軽傷を負わせ、さらに、焼肉店に火炎びんを投げ込み、店内に居た客(38)の上衣に燃え移らせ、これを消そうとした客(38)にやけどを負わせた。9月29日逮捕(大阪)
(イ) 被疑者の特徴
 検挙した通り魔事件の被疑者78人を学職別にみると、無職者が31人(39.7%)、工員、土工が14人(17.9%)、中学生が13人(16.7%)であり、また、20歳以上の被疑者53人のうち45人(84.9%)は独身者である。
 精神障害者、精神障害の疑いのある者は、表4-4のとおり23人と、被疑者の29.5%を占めている。
 犯行の原因を被疑者の供述からみると、性的不満等の何らかの欲求不満が原因となっている場合が多い。
(ウ) 被害者は女性、年少者が多い
 通り魔事件の被害者331人のうち、女性が252人(76.1%)、15歳以下のものが85人(25.7%)であり、通り魔事件の多くは女性、年少者等の弱者に対して向けられている。
「昭和57年警察白書」より引用。


昭和57年(1982).1.〔小6がケンカに負けた腹いせに通り魔〕
 小学6年生(12歳)3名は、けんかに負けた腹いせに自転車で帰宅途中の小学6年生(12歳)を呼び止め、自宅から持ち出したノミでいきなり背中を刺して全治2週間の傷害を負わせ、さらに、その1時間後、塾の前にいた小学6年生(12歳)に対し、ひもの先に付けた南京錠で頭部を殴り、全治10日間の傷害を負わせた。(警視庁、1月) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和57年(1982).5.22〔31歳が連続通り魔〕※参考
 5月22日、覚せい剤を常用している無職者(31)が、暴力団に追われているという幻覚症状に陥り、横浜市内の中華料理店に飛び込み、切り出しナイフを同店の客(20)の左肩に突き刺したのをはじめ、付近の路上を通行中の船員(53)、会社員(29)に次々と襲い掛かり、傷害を負わせた。即日逮捕(神奈川) 「警察白書」引用。


昭和57年(1982).7.4〔29歳通り魔が幼女など3人刺殺〕※参考
 佐賀県武雄市の路上で、無職(29)が主婦(29)の首をナイフで刺して重体とし、傍の寺に侵入して住職の妻(25)に重傷を負わせ、長女(5)、次女(3)、お手伝い(21)の3人を刺殺、すぐに逮捕された。「何をしたのか判らない」と自供。精神分裂病で昨年の3月まで入院していた。


昭和57年(1982).8.20〔39歳ら2人が衝動殺人〕※参考
 57年8月20日、2人の無職者(42、39)が、港区内の路上で、乗っていた乗用車から降り、その前に信号待ちで停車していた車に駆け寄って、車から降りた大学生(21)の顔面を殴打した上、持っていた洋傘を首に突き刺して死亡させた。この2人の男は、車の進路を妨害されたとして衝動的に犯行に及んだものであった(警視庁) 「警察白書」引用。


昭和58年(1983).5.〔高1が女性をカミソリで襲う通り魔〕
 足立区でOLや主婦ばかりをカミソリで襲う通り魔事件が続発したが、近くに住む都立高校1年生を緊急逮捕。(綾瀬署) 警視庁「少年非行等の概況」引用。


昭和58年(1983).11.5〔小5ら女子2人がカミソリ通り魔〕
 大阪府枚方市の路上で、小学6年生女子と5年生女子の2人が、4年生男子3人にからみ、1人(9)を空き地に連れ込んでカミソリで顔を切って逃走したが、12日に補導された。リンチ遊びをしようと、10.30に知らない小学5年生女子(11)をスーパーのトイレでカミソリで脅し、11.5には転校した友達の5年生女子が「転校生」といじめれたので仕返ししてと頼んだので、他校の5年生女子2人を公園のトイレに呼び出し脅しており、頼んだ5年生女子も補導された。


昭和59年(1984).3.12〔26歳通り魔4人死傷、心神喪失で不起訴〕※参考
 神奈川県横浜市の高校近くの路上で、帰宅途中の高校生の中に無職(26)がワゴン車で突っ込み、4人をはねた上に登山ナイフで刺して、1年生(16)を殺害、3人に重傷を負わせその場で逮捕されたが、心神喪失で不起訴となった。


昭和59年(1984).3.〔中1がムシャクシャして通り魔〕
 中学1年生(13歳)は、遅い帰宅を両親に叱られ気分がムシャクシャしておさまらないため、かつて読んだ「人を切ると気分がスッとする」という雑誌の記事を思い出し、翌朝ジョギングするような振りをしてカッターナイフを持ち出し、出勤途上のOL2人を後方から切りつけ1名に全冶1週間の傷害を負わせた。(熊本、3月) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和59年(1984).7.15〔18歳がシンナー吸って通り魔殺人〕
 群馬県伊勢崎市の路上で、昭和58年(1983).9.18に新聞配達少年(15)が通り魔に刺殺されたが、7.15に無職(18)が逮捕された。早朝5時に路上でシンナーを吸っており、少年が向かってくる幻覚に襲われ「やられる前にやってしまおう」と包丁で胸と背中を刺したもの。





昭和60年(1985).9.2〔42歳ニートがむしゃくしゃして通り魔〕※参考
 北海道札幌市の路上で、無職(42)が中学3年生女子(15)を包丁で刺殺、9.5に逮捕された。母親(65)と2人暮らしで「家にいてもムシャクシャするので、女の子でも刺せば気分が晴れると思った」と自供。精神病院に通院していた。


昭和60年(1985).9.19〔37歳通り魔が4人殺害〕※参考
 農業を営む男(37)は、9月19日早朝、下関市員光の自宅で実母(72)を日本刀で殺害した後、通行人等に次々と日本刀で襲いかかり、通行中の女性(60)ら4人を殺害、6人に重傷を負わせた。即日逮捕(山口) 「警察白書」引用。


昭和60年(1985).10.4〔28歳ニートがエスパーから逃れるため幼女殺害〕※参考
 神奈川県横浜市で、無職(28)が登校のため自宅を出た小学2年生の女の子(7)を待ち伏せして肉切り包丁で胸を刺して殺害、悲鳴で飛び出した父親(38)に1週間の傷害を負わせて逮捕された。「女の子は自分の心を読むエスパーで逃れるために殺した」と自供。法政大学法学部を卒業したが、幻覚症状のため働かずにぶらぶらしており、向かいの自宅から女の子を殺害する機会をうかがっていた。心神喪失で不起訴。


昭和60年(1985).10.13〔18歳通り魔が少女を刺す〕
 埼玉県朝霞市の路上で、左官(18)が通行中のウエートレス(19)を果物ナイフで3ヶ所切りつけ2ヶ月の重傷を負わせて逃走、すぐに捕まった。「ムシャクシャしていたので刺した」と自供。


昭和61年(1986).1.28〔33歳がコンビニで幼女の眼を針で突く通り魔〕※参考
 東京都世田谷区のコンビニで、薬科大学3年生(33)が女の子(3)の眼を針で突いて1週間の傷害を負わせて、すぐに逮捕された。精神病院に通院しており、「刺せと命令された」と自供。この店で針を買っていた。


昭和61年(1986).9.〔31歳ニートが幼児殴り通り魔〕※参考
 無職31歳の男は、半年以上にわたり、登下校途中などの小学校児童や幼稚園児ばかりを狙って、200人以上にいきなり無言のままこぶしで頭などを殴りつけては自転車、バイクで逃走(ぶん殴りおじさん、ゴツンコおじさん)し暴行で逮捕。(恥かかされ、子供嫌い〜動機)(小平署) 警視庁「少年非行等の概況」引用。


昭和61年(1986).9.〔15歳が通り魔〕
 知恵遅れの工員(15歳)は、商店街路上で子供連れの主婦を後方から包丁で刺し、全治1週間の傷害で保護(ダウン症候群)。(城東署) 警視庁「少年非行等の概況」引用。


昭和62年(1987).4.16〔高3が「目が合った」と刺す〕
 秋田県秋田市の路上で、高校3年生(17)が中学2年生(13)を包丁で刺して重傷を与えた。登校途中に目があったことから、何もいわずにいきなり背中を刺したもの。殺人未遂で逮捕。


昭和62年(1987).8.19〔29歳が通り魔殺人〕※参考
 高知県吾川郡で、精神分裂病のため妄想にかられた男(29)が大学生(24)をジャックナイフで刺殺。


昭和63年(1988).3.23〔33歳中学教師が無差別殺人〕※参考
 兵庫県津名郡で深夜3時、中学教師(33)が食堂に押し入り、主人(64)と妻(59)を殺害した。内向的な性格で、父親とケンカして家を飛び出して車を運転していて、たまたま開いていた店を見つけて襲ったもの。


昭和63年(1988).4.3〔20歳が通り魔殺人〕※参考
 東京都中央区の交差点で、精神分裂症のため妄想に駆られた男(20)が信号待ちをしていた主婦(44)を果物ナイフで刺殺。





平成3年(1991).10.28〔39歳主婦通り魔が幼女刺す〕※参考
 鹿児島県鹿児島市の路上で、主婦(39)が自転車で登校中の小学生5人とぶつかってカッとして2年生女の子(7)の胸や腹をナイフで4回刺して2週間の傷害を負わせて逮捕された。精神分裂病で入院歴がある。


平成5年(1993).4.17〔24歳ニートが振られて刑務所に入るため警官殺害〕※参考
 東京都台東区の上野駅前で、無職(24)が警官(59)の背中を包丁で刺して殺害した。女に振られて思いを断ち切るために刑務所に入ろうと考え、警察官を殺せば長く入れると計画したもの。東京地裁は懲役15年の判決。


平成6年(1994).3.〔高校生による重傷傷害事件〕
 高校1年生(16歳)は、友人と話をしながら通行中の女子高校生が、自分を馬鹿にして笑ったと思い「何笑っている」と言いながらいきなり腹部を飛び蹴りし、敷石路両に転倒させ頭蓋骨骨折の傷害を負わせた。(3月、東京都) 警察庁「少年非行等の概要」引用。


平成9年(1997).3.16〔中3が通り魔殺人と首切断 酒鬼薔薇聖斗事件〕
 兵庫県神戸市の路上で、中学3年生(14)が小学4年生の女の子(10)の頭部をハンマーで殴打して殺害、直後に通行中の小学3年生の女の子(9)の腹部を刃物で刺して2週間の傷害を負わせた。
 5.24に小学6年生の男の子(11)を絞殺、首を切断して中学校の正門に遺棄した。「酒鬼薔薇聖斗」と名乗って脅迫状をマスコミに送りつけ、6.28に逮捕された。


平成9年(1997).4.9〔44歳通り魔が幼女刺殺〕※参考
 大阪府大阪市浪速区の路上で、ガラス施工業手伝い(44)が小学3年生の女の子(8)の首を包丁で刺して殺害、逃走したが逮捕された。 「小さな女の子なら誰でもよかった」「命令された」と自供。


平成10年(1998).1.8〔19歳シンナー常習者が通り魔殺人〕
 大阪府堺市宮下町の路上で、無職少年(19)が、幼稚園児(5)とその母親(35)、女子高校生(15)の背中などを包丁で刺し、幼稚園児を殺害するとともに、他の2人に傷害を負わせた。シンナー常習者だった。


平成10年(1998).5.14〔16歳が主婦を殺人未遂〕
 愛知県岡崎市のショッピングセンターで、少年(16)がいきなりアイスピックで主婦(37)の後頭部を刺し、主婦が抵抗すると斧で切りつけ、殺人未遂で逮捕されて特別少年院送致となった。


平成10年(1998).10.2〔19歳が男児突き落とし殺人未遂〕
 兵庫県西宮市で、無職少年(19)が、通りがかった小学1年生(6)を死ぬかどうか試すため、マンション6階から1階植え込み付近に投げ落として傷害を負わせ、殺人未遂で逮捕された。


平成11年(1999).9.8〔23歳ニートが通り魔殺人〕※参考
 東京都豊島区池袋の路上で、無職(23)が女性(29,66)2人を包丁で刺殺、6人負傷させて逮捕された。社会に復讐するため2日前に包丁とハンマーを買っていた。最高裁で死刑確定。


平成11年(1999).9.29〔35歳が通り魔殺人〕※参考
 山口県下関市のJR下関駅構内で、運送業(35)がレンタカーで突っ込んで轢いてから包丁で5人を刺殺、10人を負傷させて逮捕された。一審二審とも死刑判決。


平成12年(2000).5.12〔高2が電車内で金づち通り魔〕
 神奈川県横浜市の高校2年生(17)は、不特定の人を殺害しようと、JR根岸線の走行中の電車内で、男性乗客(48)の頭部をハンマーで殴り付け全治3週間の傷害を負わせたが、取り押さえられた。「夢で子供が殺せと命令した」と自供。


平成12年(2000).12.〔高校生による金属バット使用の連続傷害事件〕
 高校2年生(17歳)は、自宅において父親との喧嘩で殴られたことに腹を立て、大事件を起こして父親に大恥かかせてやろうと考え、路上等において、主婦(68歳)他7名に対し、金属バットで頭部等を殴打し、それぞれに傷害を負わせた。(12月、東京) 警察庁「少年非行等の概要」引用。


平成13年(2001).4.30〔台東区内路上における女子大生殺人事件(警視庁)〕※参考
 4月30日、台東区内の路上において、男(29)は、通行中の女性を所携の刃物で突き刺し、殺害した(5月10日検挙)。 警察庁「平成13年の犯罪情勢」引用。


平成13年(2001).8.1〔佐敷町における連続殺人・殺人未遂事件(沖縄)〕※参考
 8月1日、沖縄県島尻郡佐敷町の路上等において、男(25)は、通行人等に対し所携の刃物で切り付け、1名を殺害、5名に傷害を負わせた(8月2日検挙)。 警察庁「平成13年の犯罪情勢」引用。



 通り魔殺人事件 発生件数
年次昭和55年昭和56年昭和57年昭和58年昭和59年昭和60年昭和61年昭和62年昭和63年
認知件数871339167510
平成1年平成2年平成3年平成4年平成5年平成6年平成7年平成8年平成9年平成10年
225152511410
平成11年平成12年平成13年平成14年平成15年平成16年平成17年平成18年平成19年平成20年
676893648 

  『昭和61年警察白書』と、警察庁『犯罪情勢』による。




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『戦前の少年犯罪』 目次
1.戦前は小学生が人を殺す時代
2.戦前は脳の壊れた異常犯罪の時代
3.戦前は親殺しの時代
4.戦前は老人殺しの時代
5.戦前は主殺しの時代
6.戦前はいじめの時代
7.戦前は桃色交遊の時代
8.戦前は幼女レイプ殺人事件の時代
 9.戦前は体罰禁止の時代
10.戦前は教師を殴る時代
11.戦前はニートの時代
12.戦前は女学生最強の時代
13.戦前はキレやすい少年の時代
14.戦前は心中ブームの時代
15.戦前は教師が犯罪を重ねる時代
16.戦前は旧制高校生という史上最低の若者たちの時代




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主要参考文献

〔年表〕子どもの事件 1945-1989

戦前の少年犯罪

戦後死刑囚列伝

新聞集成昭和史の証言

新聞集成昭和編年史

日本の精神鑑定

日本長期統計総覧

年表 昭和の事件・事故史

昭和史全記録 1926〜1989

値段史年表 明治・大正・昭和

事件・犯罪大事典 明治・大正・昭和

20世紀にっぽん殺人事典

青少年非行・犯罪史資料1-3

教育事件・論争史資料

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警察白書

犯罪白書






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