少年犯罪データベース 銃犯罪

※昭和24年以前の年齢表記は数え年のため満年齢にすると1〜2歳低くなる※





昭和2年(1927).3.9〔9歳(満7〜8歳)が妹銃殺〕
 千葉県香取郡の自宅で、長男(9)が猟銃で遊んでいて引き金を引き、妹(3)の頭を撃って死亡させた。


昭和3年(1928).1.3〔中3(満15〜16歳)がピストルで女子小学生を撃つ〕
 静岡県熱海町の公会堂で、中学3年生(17)がピストルの出てくる映画を観ているうちに所持しているピストルを取り出して引き金に指を掛け、誤って発射して前方の席にいた小学生の女の子(12)の右腕を貫通させて東京に逃走した。実家が熱海町にあり、東京の中学から帰省していたもの。


昭和4年(1929).1.26〔5歳(満3〜4歳)がふざけて猟銃で重傷負わす〕
 岡山県邑久郡で、男子(5)が父親に連れられて父親の友人(27)を訪ねたが、友人は狩猟に出掛けるため猟銃を持っており、男子がふざけていきなり引き金を引いて友人の手を撃ち抜いて重傷を負わせた。


昭和4年(1929).2.19〔9歳(満7〜8歳)が6歳を猟銃で射殺〕
 岡山県御津郡の自宅で、9歳が隣家の6歳を射殺。母親が3時のおやつにモチを出してくれたが、焼き方が悪いとわがままを言って食べなかった。そこへ遊びに来た6歳が「おまえが食べねば、わしが食べてやろう」と食べ出したので怒って、「毒が入っているので死ぬぞ」「撃ち殺すぞ」などと脅したが、「撃ってもよい」と6歳が言い返したので、父親の猟銃で心臓を狙い撃ちしたもの。


昭和4年(1929).2.23〔12歳(満10〜11歳)が女子を猟銃で射殺〕
 島根県那珂郡で、男子(12)が隣家の女子(13)と遊んでいて、女子の父親の猟銃を持ち出してふざけて撃つと弾が入っていたため頭を撃ち抜き即死した。


昭和6年(1931).10.31〔小学生(満7〜8歳)が友人を猟銃で撃つ〕
 静岡県浜名郡の農家で、小学生(9)が友人(13)を撃ち、両手を貫通して腹に当たり重体とした。友人が兄の猟銃を持ち出して「撃ってみろ」と云ったので引き金を引いたもの。


昭和7年(1932).7.7〔小6(満11〜12歳)が事変ごっこで友人撃つ〕
 東京府荏原郡入新井町(現大田区)の空き地で、小学6年生(13)3人が独立守備隊、馬占山、便衣隊に別れて「事変ごっこ」をしていたが、便衣隊役が馬占山役の太ももを空気銃で撃って重傷を負わせた。被害者が誰が撃ったか云わないため父親の家畜病院経営者が警察に届け、7.10に犯人が判明、空のはずの空気銃に見物人が勝手に弾を入れたということで警察や学校は処分をせずに示談を勧めたが、黙っていたのはけしらかんと父親はますます怒って見舞いも断り示談も受け付けない。3人とも優等生だった。


昭和8年(1933).12.25〔21(満19〜20歳)がふざけで銃で幼児3人を殺人未遂〕
 宮崎県南那珂郡で、男(21)が友人と山林に猟に行く途中に女の子2人(6,8)と男の子(4)の3人姉弟が通るのを見て悪ふざけで猟銃を撃ったら命中して3人とも重態となった。


昭和9年(1934).1.6〔小学校高等科1年が友人を猟銃で射殺〕
 兵庫県津名郡(淡路島)の海岸で、小学校高等科1年生(現在の中1に相当)が友人の小学6年生(13)を射殺した。男性(42)が沖で鴨猟をするために漁船に立てかけてあった猟銃を小6生が覗き込んだ時に引き金を引いて、顎から頭を貫通したもの。警察で取り調べ。


昭和10年(1935).1.29〔小2(満9〜10歳)が銃で傷害負わす〕
 岐阜県羽島郡の路上で、小学2年生(9)が銃を発射して、男子(14)の胸と男性(28)のお尻にケガを負わせた。男性(44)が自転車に積んでいた猟銃を勝手にいじり、叱ったのにやめずに引き金を引いたもの。2.2に警察に通報され、学校に警告。


昭和10年(1935).10.15〔17歳(満15〜16歳)武器マニアが大量の銃窃盗〕
 東京市赤坂区青山北町の獣医学校1年生(17)が、大量の銃刀を盗んで捕まった。以前通っていた滝野川区の聖学院中等部と獣医学校に夜中に6回侵入、生徒教練の武器庫から三八式歩兵銃4丁、村田銃2丁、短剣3丁、指揮刀2振を盗み、学校には出席せず自室で1日中分解して楽しんでいた。父親は昨年死亡、母親に甘やかされ、武器研究に熱中して成績不振のため聖学院から転校していた。


昭和12年(1937).8.11〔17歳(満15〜16歳)が空気銃通り魔〕
 大阪府大阪市の路上で、工員(17)が女性(20)のお尻を空気銃で撃ち、2時間後に女性(21)を撃って逃走、翌日逮捕された。これまでに若い女性ばかり10人以上を空気銃で撃っていた。


昭和12年(1937).11.17〔18歳(満16〜17歳)がピストル自殺〕
 東京市淀橋区の自宅で、蘭文化協会事務員(18)がピストル自殺した。知人宅で留守中にピストルをいじって発射させてしまい、自宅に戻ってからすまないという遺書を書いていた。


昭和13年(1938).8.7〔15歳(満13〜14歳)が空気銃で撃たれる〕
 神奈川県横須賀市の山林で、少年(15)が友達と遊んでいて、空気銃で胸を撃たれて重傷を負った。


昭和13年(1938).11.20〔21歳(満19〜20歳)が猟銃で撃つ〕
 神奈川県都筑郡で、横浜市の男(21)が狩猟をしていて、通行中の男性(21)を誤って撃って片足切断の重傷となった。


昭和16年(1941).8.26〔中2(満13〜14歳)が空気銃で無差別に撃つ〕
 東京市渋谷区道玄坂で、中学2年生(15)が通行中の博士夫人(41)と娘(17)を空気銃で撃って、腕と額に傷害を負わせて逮捕された。オモチャ屋の次男で、店の2階から通行人を無差別に何人も撃っていた。警察署で説教されただけで、その日のうちに家に帰された。


昭和16年(1941).12.22〔16歳(満14〜15歳)が教室で同級生射殺〕
 大阪府吹田市の紡績工場内青年学校で、本科2年生(16)が同級生(17)の腹を撃って射殺した。軍事教練の訓練銃を教室で手入れしていた時に、銃を突きつけ「撃つぞ」と脅してから撃ったもの。使用済みの空砲を入れたつもりだったと自供。


昭和17年(1942).10.23〔中2(満13〜14歳)がピストルで幼児射殺〕
 神奈川県川崎市で、中学2年生(15)がピストルで小鳥を撃っていて、見物していた近所の男の子(6)を誤って射殺した。家にあったモーゼルを持ち出したもの。


昭和18年(1943).4.12〔11歳(満9〜10歳)が妹射殺〕
 長野県上水内郡の農家で、長男(11)が次女(4)の頭を猟銃で撃ち抜き殺害した。父親が弾を装填したまま出掛けているうちに、2人で遊んでいたもの。


昭和20年(1945).4.17〔17歳(満15〜16歳)が一家5人を惨殺〕
 長野県下伊那郡の農家で、3男(17)が、父親(45)、母親(44)、4男(12)、2女(8)、3女(3)を殺害、3キロ離れた山林で猟銃で自殺した。前日に近所の家から米を盗んで両親に叱られており、就寝中の家族の顔や頭をまずカナヅチで殴り、カナヅチの柄が折れると斧でめった打ちにしたもの。金目の物を物色したあともあった。





昭和21年(1946).5.4〔中3(満16〜17歳)ら7人のピストル強盗団が学校で銃撃戦〕
 兵庫県神戸市で、神戸一中3,4年生(18)3人と、神戸出身の日大生(18〜21)4人が強盗で逮捕された。神戸一中に保管されていた旧陸軍物資を2月から8回に渡って大量に盗み出し、闇市で売りさばく際に台湾ギャングと組むようになりピストルを手に入れた。学校での盗みは見つかって警官と銃撃戦になったため断念、それからは電気店などに押し入って、合計で50万円以上を稼いでいた。この年の国家公務員大卒初任給540円。
 全員が裕福な家庭で、学校をさぼって外泊を繰り返しても放任されており、金は遊興費ですべて使い果たしていた。3年生は元海軍飛行予科練生で、ラグビー部の先輩に誘われてグループに入っていた。


昭和21年(1946).9.28〔20歳(満18〜19歳)が心中〕
 長野県更級郡の自宅で、男子(20)が同じ村に住む恋人の女子(19)の喉を猟銃で撃って殺害、自分も死んだ。女子の家庭の事情で結婚できないことを悲観したもの。農家の次男。


昭和21年(1946).10.25〔明大生(満17〜18歳)ら3人組強盗、刑事刺す〕
 東京都銀座の路上で、明大予科2年生(20と19)と文化学院1年生(19)の3人組が、私服の警部補を「金を出せ」とピストルで脅し、腕をねじあげられると匕首で太もも刺して1ヶ月の重傷を負わせて逃走、11.4にダンスホールと群馬の温泉で逮捕した。全員が中流以上の家庭で、キャバレーやダンスホールでの遊ぶ金欲しさ。


昭和21年(1946).11.6〔19歳(満17〜18歳)の良家の子息がピストル殺人〕
 東京都田園調布の元区議会議長宅で、慶応義塾専門部2年生(20)がピストルで撃たれて殺された。
 この慶応2年生はうどん粉をモルヒネと偽って友人に6万8千円で売る計画を立て、知り合いの21歳の男に話を持ちかけた。ところがこの男は友人の旧制高校生(いずれも19)2人に計画をばらしため、旧制高校生2人は反対にこの慶応生を脅して儲けようと岩波文庫を新聞紙に包んで現金に見せかけもう一人の女と3人で慶応生の自宅を訪れた。拳銃で脅したが逆に慶応生が飛び掛かってきたため撃ち殺した。
 皆裕福な良家の子息で生活には困っていなかったが、ダンスホールなどで遊び歩いて金につまったため闇商売をしていた。この年の国家公務員大卒初任給540円。


昭和21年(1946).12.7〔17歳(満15〜16歳)がケンカして小学生射殺未遂〕
 島根県鹿足郡の路上で、農家の雇い人(17)が小学5年生(12)を撃って重体として殺人未遂で逮捕された。日頃から仲が悪く、ケンカして主人の家から猟銃を持ち出したもの。


昭和22年(1947).5.29〔19歳(満17〜18歳)が運転手を射殺〕
 東京都台東区でタクシー運転手が乗客の24歳,23歳,19歳の4人組強盗のうち19歳に射殺され、車を奪われた。前日に24歳が警官に発砲して逃走していたため特別警戒中での大胆な犯行だった。


昭和22年(1947).8.20〔中5(満16〜17歳)5人がピストル強盗〕
 京都府京都市の路上で、旧制中学5年生(18)5人が、アベック2組を襲って腕時計や現金550円などを強奪した。名古屋市の私立中学の同級生で16日に京都見物にやってきて、金がなくなったため持ってきていたピストルとナイフで脅したもの。父兄や学校は穏便な処置を嘆願したが、京都地裁は5年以上8年以下の不定期刑判決で少年院に入れられた。


昭和22年(1947).10.8〔少女が交番でピストル盗む〕
 大阪府から上京したばかりの16歳と17歳の少女2名が、東京駅八重洲口前の交番で巡査が寝ているすきにピストルを盗んだ。
 強盗するために盗んだが、怖くなって見知らぬ男に売ったと自供。


昭和22年(1947).11.27〔警官(満19〜20歳)が拳銃強盗〕
 愛知県名古屋市で、警官(21)が民家に侵入、主婦(25)に騒がれたためピストルを発射して下腹部に1ヶ月の重傷を負わせて金を物色したが見つけられずに自転車を強奪して逃走、翌日に制服のまま自転車屋に4500円で売り、12.14に逮捕された。7人家族で、工員の父親(50)が古物商をやりたいと云ったため11.19に同僚のピストルを盗み、夜中に電報だと騙して玄関を開けさせようとしたが明日にしてくれと云われたのでガラス戸を破って押し入ったもの。


昭和23年(1948).1.9〔18歳(満16〜17歳)ら4人組強盗が警官殺害〕
 東京都中央区の自転車商に、4人組の強盗が押し入りピストルとナイフで脅したが、この家の老人(66)が非常ベルを鳴らしたため射殺して逃走。途中、警官2人が強盗の1人(18)を捕まえたが警官1人がナイフで殺害された。残りの24,23,22歳も数日のうちに逮捕。4人は親戚関係で、遊興費欲しさに同じく親戚である家を狙ったもの。


昭和24年(1949).11.30〔20歳(満18〜19歳)が郵便列車強盗〕
 埼玉県の大宮駅で、無職(20)が郵便列車に飛び乗り、拳銃で脅して局員2人を縛り、3人を麻酔薬で眠らせ為替を奪って赤羽駅で逃走、6万円を換金した。拳銃が暴発して局員1人がひじを負傷。12.2に捕まった。
 青森県西津軽郡出身。父は村長や県会議長、政党支部長を歴任した裕福な家庭。2月から11件の強盗を重ねていた。虚言症で東大生や原爆孤児と称し、睡眠薬中毒。自殺未遂を助けられた警官(22)の自宅で世話になっていたが28日に家出、29日に派出所からピストルを盗んで、翌日に探偵小説を元に郵便列車強盗を働いたもの。


昭和25年(1950).9.10〔中3が警察から盗んだピストルで強盗〕
 東京都南多摩郡の警察署で中3生(14)がピストルと弾丸を盗み、登校中の中学生に威嚇発射して学用品を奪ったり「俺と一緒に強盗をやれ」と脅したり「殺すから裸になれ」と素っ裸にしたりした。12日に山狩りをして逮捕した。
 豪農の息子だが学校もさぼりがちで、映画「野良犬」を見て冒険をしたくなったと言っている。


昭和25年(1950).11.4〔中2が警官を射殺〕
 兵庫県神戸市長田区で、盗んだ革靴を古物商に売却したチンピラ窃盗団の一味と疑われた中学2年生(13)が派出所に任意出頭して取り調べを受けていたが、ピストルを奪い巡査(26)を射殺して逃亡した。
 指名手配されたが7時間後の翌5日午前3時半に射殺現場から2キロ離れた国鉄高架下で左胸部を撃って自殺しているのを発見された。
(朝日新聞では13歳、大阪毎日新聞では14歳との記述)


昭和25年(1950).11.14〔19歳が警察署で友人を射殺して自殺〕
 大阪府大阪市の警察署で、神戸地裁勤務の男(19)が元同僚(19)を所持していたピストルで射殺し、自分の頭を撃って自殺した。挙動不審のため連行されており、警官の眼の前での犯行。撃った男は遺書を持っていたが、2人とも死んだので動機などはわからない。元同僚は先月神戸地裁を首になっている。


昭和26年(1951).2.19〔高3が小学生を空気銃で撃って失明させる〕
 埼玉県南埼玉郡春日部町の路上で、春日部高校3年生(18)が小学生(6)を空気銃で撃ち、左目に当たって弾が眼底に入り眼球が飛び出すという50日間の重傷を負わせて逃走したが、2.22に自首した。友人に空気銃を借りて、たまたま通りかかった小学生3人に撃つぞと脅したが逃げようとしたため撃ったもの。


昭和26年(1951).4.1〔高1がピストル自殺〕
 群馬県高崎市の自宅で、工業高校1年生(15)が兄の巡査が持っていたピストルで心臓を撃って自殺した。太宰治の影響。父親は中学校教師。


昭和26年(1951).4.15〔小学生が学校で友人撃つ〕
 兵庫県神戸市の小学校校庭で、男子(12)が持っていた空気銃を友達(12)が貸せと言ったことからケンカとなり、カッとした男子は逃げる友達のお尻を撃ち、2週間の傷害を負わせた。傷害で取り調べ。


昭和26年(1951).9.10〔17歳ら2人が警官襲って奪ったピストルで強盗〕
 神奈川県足柄上郡の駐在所で、無職(17,28)2人が「ケンカが起こったので来てください」と巡査(40)を誘き出して丸太で殴って意識不明にして拳銃を強奪して逃走した。この拳銃を使って強盗3件を起こして9.16に逮捕。


昭和26年(1951).11.24〔高校教師がふざけて空気銃撃ち生徒が失明の恐れ〕※参考
 東京都渋谷区の富士見丘高校で、教師(24,29)2人がふざけて空気銃を撃つと竹の棒が発射され1年生女子(15)の左目に当たったが、そのまま放置して立ち去った。失明の恐れがある。放課後に文化祭の演劇の練習をしていた最中の出来事。


昭和26年(1951).11.28〔18歳が殺し屋を雇って義父殺害〕
 神奈川県鎌倉市の自宅で、財産家の会社社長(71)が頭をまっぷたつに割られて死亡し、妻の連れ子(18)が殺し屋を雇って殺害したことを自供した。気が荒く母親を虐待する義父を殺すため麻雀店で知り合った23歳、22歳、17歳の三人にひとりあたり5万円の報酬で猟銃で射殺させた。三人は告別式にも何食わぬ顔で参列していたが、切れた鼻緒を親切に継げてくれたゆきずりの巡査に感激して自首をした。のちに母親も共犯であったことが判明した。


昭和26年(1951).12.12〔5歳が友人を猟銃で射殺〕
 長野県東筑摩郡の農家の庭で、4男(5)が友達(3)の胸を猟銃で撃ち抜いて殺害した。散弾を装填したままにしておいた父親が過失致死で取り調べ。


昭和27年(1952).1.15〔17歳がピストルで警官撃つ〕
 兵庫県神戸市で、少年(17)が巡査に職務質問をされて手製ピストルを撃って逃走、1.30にタクシー運転手に手製ピストルを突きつけて千円を強奪して逮捕された。神戸地裁は殺人未遂1件、強盗3件、強盗未遂2件で、懲役5〜8年の不定期刑。ピストルの弾を貸した友人(17)は懲役2年6ヶ月〜5年の不定期刑判決。


昭和27年(1952).6.6〔19歳のピストル密売少年刺殺される〕
 東京都北区の下十條駅で、店員(19)が殺害された。父親の時計店に勤めながらピストル密売をしており、無職2人(22,25)が強盗のためピストルを買おうとしたが値段が折り合わず、ピストルを奪おうとしたため抵抗してジャックナイフで腹を刺されたもの。


昭和27年(1952).6.18〔16歳ら少年強窃盗団11人ピストルなど押収〕
 東京都台東区の中央大学法学部2年生(19)と商業高校2年生(16)をリーダーとする少年強窃盗団11人が逮捕され、ピストルなど押収。窃盗20件以上、強盗2件、90万円を稼いで風俗店に通っていた。


昭和27年(1952).7.6〔16歳が父親の警察署長の拳銃盗む〕
 山梨県東八代郡の自宅で、工業高校2年生(16)が父親の警察署長の拳銃と実弾18発を盗んで畑に埋め、翌日に逮捕された。カメラやラジオを買ってくれとねだったが叱られたため復讐を計画し、拳銃は売って金にしようとしたもの。父親は辞表を出した。


昭和27年(1952).8.16〔19歳ら4人が駅でピストル撃つ〕
 兵庫県神戸市の山陽電鉄東垂水駅で夜10時、駅員(19)4人が手製ピストルで待合室の板塀を3発撃ち、9.10に身柄不拘束のまま取調べ。友人の工員(19)が西部劇映画や戦記小説から影響されて手製ピストルを製造、駅員がもらって試射したもの。殺傷能力があった。


昭和28年(1953).2.17〔中1が空気銃で通行人を失明させる〕
 兵庫県神戸市の路上で、中学1年生(13)が空気銃を撃っていて、通りがかった女性(43)の左目を射抜いて失明させた。過失傷害で取り調べ。


昭和28年(1953).4.3〔12歳女子が母親射殺〕
 鳥取県東伯郡の農家で、長女(12)が猟銃で遊んでいて、そばにいた母親(35)の胸を誤って撃ち殺害、翌日になって警察に届けた。


昭和28年(1953).6.26〔高1があっと驚かすために警察襲撃〕
 茨城県鹿島田町の警察署で深夜1時、定時高校1年生(15)が車庫でパトカーのクラクション鳴らし、宿直の刑事を誘き出してピストルで左腕を撃ち、銃声で飛び出してきた部長刑事の脇腹を撃って自転車で逃走したが、すぐに逮捕された。
 「どうせやるならでかいことをやろう。それには警官を襲撃するのが一番だ」と前日に別の地区の派出所の宿直室で寝ていた巡査のピストルを奪い、わざわざクラクションを鳴らして正面から堂々と警官を撃ってパトカーを奪って東京に行き、同士を集めて房総半島の山中の地下にレーダーでも見つからない秘密基地を作り、銀行強盗で何千万も稼いでギャング団のボスとして世間をあっと驚かせる計画だった。
 IQ130で中学を1番の成績で卒業、高校はほとんど行ってなかった。父親(57)は戦前に工場を経営して裕福だったが戦争と病気のため生活保護を受けるほど貧しくなった。しかし、家庭は円満で継母との折り合いもよく、親孝行で弟たちの面倒もよく見ていた。マゼランを尊敬する冒険好きで総理大臣になるのが夢の明るい性格だったが、日常に退屈し、設計図を引いてピストルを自作していた。父親は「本当に頼もしい息子と思っていましたので、今度の事件は本当にうちのせがれがしたとはどう考えても考えられません。背後に不良がいて脅迫されて仕方なしにやったのでないかとしか」と語る。「現在の法律に正面から反抗したかった」と自供し、まったく罪の意識がなく平然としている。水戸少年鑑別所の精神鑑定では、動機は社会への反抗ではなく「空想性」によるもの。


昭和28年(1953).7.17〔18歳が手製ピストルで自殺〕
 東京都荒川区の洋服仕立て業宅で、住み込み従業員(18)がフトンの中で心臓を撃ち抜いて自殺した。「母とは生き別れ、姉は胸を病んで死んだ。自分も大きくなって苦労するより死んだほうがよい」という遺書を残し、手製のピストルにかんしゃく玉を詰めて撃ったもの。


昭和28年(1953).7.19〔19歳ニートが養母を射殺〕
 滋賀県野洲郡の農家で夜9時、長男(19)が養母(57)を猟銃で射殺して、自分の腹を撃って自殺した。小学3年生の時にこの家の養子になったが、畑仕事が嫌いで働かず、この日も一日中寝ていた。養父(54)の留守中に、養母に叱られてカッとして撃ったと思われる。


昭和28年(1953).10.1〔15歳が心中しようと恋人射殺〕
 福岡県柏屋郡の山中で、映画館の次男(15)が女中(16)を射殺した。1年前から自宅に住み込んでいる少女と中3の少年は恋仲となった。中卒後は勉強が嫌で父親の映画館を手伝っていたが、少女が妊娠3ヶ月となって処置に困り、心中するため朝4時に父親の猟銃で2発撃ってから首を絞めて殺害、自分も死のうとしたが薬莢を抜くのに手間取っているうちに夜が明けて少女の死顔を見て怖くなって交番に自首したもの。冷静に自供して留置場でもその日からよく寝ているので警察も驚く。両親はふたりの関係にまったく気付いていなかった。映画マニア。


昭和28年(1953).10.17〔17歳が警官刺してピストルで撃たれる〕
 大阪府守口市で、無職少年(17)が出刃包丁で巡査(22)の背中を刺して瀕死の重傷を負わせて逃走、大阪市の公園で警官隊に見つかり逃走しようとしたが、巡査(27)が威嚇のため発砲したピストルの弾が脇腹を貫通して重態となった。
 5月まで感化院に入っており、7.31に窃盗を働いて指名手配中だった少年を叔父宅で逮捕しようとしたところ、台所から包丁を持ち出したもの。


昭和28年(1953).11.20〔16歳がピストルでタクシー運転手射殺〕
 大阪府大阪市の路上で夜10時、無職(16)がタクシー運転手(43)をピストルで3発撃って殺害、750円を強奪して逃走したが、12.27に高知市で窃盗で逮捕されて自供した。高知市生まれで中卒後に大阪で店員となったが窃盗でクビとなり、高知でぶらぶらしていたが10.23に派出所で拳銃を盗み、11.18に大阪に来て遊んでいたが金が無くなり強盗を思いついたもの。推理小説と西部劇映画のファンで拳銃にあこがれを持っていた。大阪地裁で懲役15年の判決。


昭和28年(1953).11.26〔5歳が空気銃で幼女を射殺〕
 愛知県東加茂郡の自宅で、男子(5)が空気銃で庭の木に留まった小鳥を撃とうとして、側にいた女の子(2)の頭を撃ち抜き、翌日死亡させた。


昭和28年(1953).12.16〔中3がおもちゃのピストルで友人射殺〕
 静岡県庵原郡で、中学3年生(15)が友人の2年生(14)の背中をおもちゃのピストルで撃って重傷を負わせ、12.22に死亡したため過失致死で逮捕された。


昭和28年(1953).12.27〔中1が空気銃で幼児撃つ〕
 岐阜県多治見市で、中学1年生(12)が友人と空気銃を撃っていて男の子(5)のこめかみに命中させて1週間の傷害を負わせた。過失傷害で取り調べ。


昭和29年(1954).2.3〔中3ら16人の改造拳銃製造中学生グループ〕
 東京都杉並区で改造拳銃を製造していた中学生グループ16人が検挙され改造ピストル16丁が押収された。主犯の中学3年生(15)が自慢しているうちに暴発して友人に全治3週間の傷を負わせて発覚した。おもちゃのピストルを自転車部品などで改造、3メートル離れた4枚板をぶちぬく威力があった。西部劇映画に刺激を受け、ギャングごっこなどをして遊んでいた。全員が中流以上の家庭で成績もよかった。


昭和29年(1954).3.14〔中2が兵隊ごっこで弟射殺〕
 山形県西村山郡の農家で、中学2年生(14)が、弟の中学1年生(13)の喉を村田銃で撃って殺害した。弟は日本刀を持って、2人で兵隊ごっこをしていたもの。


昭和29年(1954).4.24〔高3ら拳銃製造高校生グループ〕
 東京都目黒区で拳銃を製造していた高校生グループ6人が検挙された。主犯の高校3年生(17)は一年前に友人が拾ったSWピストルを手本に暖房器製造業の実家の工作機器をつかって本物そっくりのピストルを製造して1丁1万円で売っていた。硫酸とピクリン酸を混合した火薬もつくり、10メートル離れた2センチの鉄板をぶちぬく威力があった。


昭和29年(1954).6.28〔17歳が拳銃強盗〕
 秋田県大館市の矢立峠で、無職(17)が乗車していたタクシー運転手(18)にピストルを突きつけ金を要求して格闘となり、胸を撃って軽症を負わせてタクシーを奪おうとしたが多数の車が通りかかったので山林に逃走、翌日に空腹で降りてきたところを逮捕された。青森県中津軽郡の中流農家の4男。金が欲しかったわけではなく、ほんの気まぐれの思いつきでやったと自供。極めて無口で、家族は「こんな大それたことをするとは考えられない。誰か悪い友達があれをそそのかしたのだろう」と話す。


昭和29年(1954).8.8〔中2が空気銃で主婦を射殺〕
 東京都新宿区の主婦(34)が縁側で談笑中に胸を打たれて死亡した。近所の家の物干し台で中学2年生(13)が空気銃をいじっているうちに暴発したもの。


昭和29年(1954).10.10〔19歳元大臣の息子がピストル自殺〕
 東京都杉並区の自宅で、日大理工科2年生(19)がピストル自殺した。元陸軍中将で終戦時の国務大臣・安井藤治の4男。内気で神経衰弱だった。


昭和29年(1954).11.9〔中3が空気銃で小4を射殺〕
 埼玉県の中学3年生(14)が小学4年生にあだ名で呼ばれて腹を立てて空気銃を突きつけたが、小4生が「撃ってみろ」と挑発したため撃ち、額に当たって死亡させた。弾が入ってないと思ったと自供。
 11.15には16歳の少年が空気銃で友人を撃って瀕死の重傷を負わせている。11.27には静岡で19歳の少年が撃った弾が小学生女子(10)の眼に当たる事故。


昭和29年(1954).11.14〔16歳が空気銃で友人撃つ〕
 千葉県東葛飾郡の農家で、男子(16)が中学2年生(13)の胸を空気銃で撃ち、重態とした。中学を卒業して農業を手伝っていたが、小遣いを貯めて3千8百円の空気銃を購入、「撃つよ」と云うと「弾がなければいいよ」と答えたので弾が入っていないと思って撃ったもの。この年の大卒銀行員初任給5,600円。


昭和29年(1954).11.19〔中3が空気銃で幼児撃つ〕
 栃木県那須郡の自宅庭で、中学3年生(15)が空気銃に小豆を詰めて近所の男の子(4)の左目を撃ち、11.25に過失傷害容疑で逮捕された。失明の恐れ。


昭和29年(1954).11.23〔警官が小2射殺〕※参考
 東京都豊島区の警察寮自室で、巡査(20)が小学2年生(8)を射殺。せがまれたのでピストルを見せているうちに暴発して、顔を撃ったもの。


昭和29年(1954).11.25〔18歳が空気銃で列車撃つ〕
 長野県小諸市で、ブリキ職(18)が空気銃を持って歩行中に誤って引き金を引いて信越線列車の窓ガラスを撃ち抜き、12.15に狩猟法違反で書類送検された。


昭和29年(1954).12.12〔7歳が空気銃で友人撃つ〕
 宮城県栗原郡の農家で、男子(7)が父親の空気銃で遊んでいて友人(7)の額を撃ち重傷を負わせた。翌年1.12に発覚。


昭和29年(1954).12.29〔18歳が幼児射殺〕
 千葉県旭市の山林で、農業少年(18)が猟銃をいじっているうちに暴発して小学2年生の男の子(8)を死亡させ、過失致死容疑で逮捕された。





昭和30年(1955).1.17〔中3が空気銃で小学生撃つ〕
 青森県黒石市の路上で、中学3年生(16)が空気銃を撃っていて通行中の小学6年生(13)の眼の下に当たって病院で弾を摘出したが1週間の傷害となった。傷害で取り調べ。


昭和30年(1955).1.25〔中2が同級生を空気銃で撃つ〕
 山梨県中巨摩郡の路上で、中学2年生(13)が自転車で通行中の同級生(14)の大腿部を空気銃で撃って1週間の傷害を負わせ、翌日捕まった。警察は厳重戒告のみで帰宅させた。


昭和30年(1955).1.27〔27歳警官が振られて女性を射殺〕※参考
 栃木県塩谷郡の路上で早朝、巡査(27)が飲食店従業員女性(34)の胸をピストルで3発撃って殺害、自分の喉を撃って自殺を図ったが命を取り留めた。店に通い詰めて結婚の約束をしていたが、前夜に他の客を相手にして冷たくされたのでカッとしてピストルを取りに戻って店の前で帰宅する女性を待ち伏せしたもの。酒癖が悪かった。


昭和30年(1955).1.31〔中1が叱られて兄を射殺未遂〕
 広島県高田郡で、中学1年生(13)が兄(20)の左手首と左足を猟銃で撃って1週間の傷害を負わせて殺人未遂で補導、児童相談所に送致された。1.29に家の金千九百円を持ち出して広島市で遊んでいたので兄に叱られ、殺そうと計画して中学校校庭に呼び出して二発撃ったもの。この年の大卒銀行員初任給5,600円。


昭和30年(1955).1.31〔高1ら良家の子女の窃盗団〕
 東京都渋谷署は7件10万の窃盗を働いていた慶応高校1年生(17)や都立高らの高校生5人と18歳の少女1人を逮捕した。ピストルで新宿の映画館を襲う計画を立て白マスク姿で実行しようとしたが人通りが多いため未遂に終わっていた。
 会社社長、銀行支店長、消防庁高官などの中流以上の家庭の子女たちで、銀行員大卒初任給5,600円の時代に月1万円の小遣いをもらっていたが色街の遊びを覚えて金が足りなくなったため、知り合った無職男(24)の指図のもとに盗みをするようになっていた。


昭和30年(1955).1.31〔中学生が空気銃で友人失明させる〕
 山形県北村山郡で、中学生(14)が撃った空気銃の弾が小学5年生(11)の右目に当たって失明させた。過失傷害で取り調べ。友人5人で遊んでいたもの。


昭和30年(1955).2.7〔中2が空気銃で重傷負わせる〕
 青森県上北郡で、中学2年生(14)が撃った空気銃の弾が近くでスキーをしていた少年(14)の眼鏡に当たってガラスが眼に刺さって3ヶ月の重傷を負わせた。


昭和31年(1956).1.11〔高3ら5人が警官殴って撃たれる〕
 東京都三鷹市の井の頭公園の池で、都立石神井高校3年生(18)がテグスで密漁をしているのを警官(20)が捕まえたが、同級生(18)4人が助けるために警官を殴って逃走、追い掛けた警官はピストルを威嚇発射しようとして1人の尻から腹に貫通させて重体とした。残りの4人もすぐに捕まった。首謀者は警官の長男。警官は揉み合っているうちに暴発したと嘘を言っていたが、のちに自供し、業務上過失致傷で書類送検。


昭和31年(1956).7.23〔子供2人が水中銃で友人殺害〕
 水中銃が大流行していることへの警告記事が朝日新聞に掲載。神奈川県真鶴岬では、子供2人が友達に頭や腹に打ち込まれて死亡し、小中学生の購入は禁止されているが、東京都などは規制がなく子供に売られている。神社の池の鯉を皆殺しにして警察に逮捕された少年もいる。


昭和31年(1956).11.23〔26歳が警官射殺〕※参考
 東京都武蔵野市吉祥寺の路上で、中村泰(26)が職務質問をした警官(22)をピストルで4発撃って射殺、指名手配され翌年3.4に自ら警察に出頭した。銀行強盗をする計画だったと自供。東京大学理科2類2年生のときに窃盗事件を起こして中退している。
 死刑が求刑されたが「犯行は残忍で冷酷ではあるが偶発的で、被告の性格を矯正し得ないものとは決められない」と無期懲役となった。
 昭和51年に仮釈放、平成14年11.22、72歳になった中村は愛知県名古屋市のUFJ銀行駐車場で現金輸送車を襲撃、ピストルで警備員の足を撃って重傷を負わせ、強盗殺人未遂で逮捕。


昭和32年(1957).3.19〔6歳がおもちゃのピストルで4歳を撃って失明〕
 東京都大田区の路上で、6歳がおもちゃのピストルで4歳を撃って、コルクの弾に刺してあった竹が右目を貫き失明した。


昭和32年(1957).4.8〔高2が空気銃で友人撃つ〕
 東京都中野区で、高校2年生(16)が空気銃でスズメを撃とうとして友人の高校1年生(15)の胸に当たり3週間の傷害を負わせ、無許可で購入し禁区で撃ったため、過失傷害、狩猟法違反、銃砲不法所持で逮捕。


昭和32年(1957).4.29〔16歳が注意されて空気銃で通行人撃つ〕
 神奈川県川崎市の路上で、工員(16)が空気銃を撃っていてクリーニング店員(22)に注意されてカッとして頭を撃ち1週間の傷害を負わせて逮捕。


昭和32年(1957).7.11〔18歳が手製ピストルで射殺〕
 東京都立川市の自宅で、工員(18)が下宿人の進駐軍職員(35)を射殺した。部屋代のことで姉と被害者が口論となって殴られそうになったため、工業高校生だった3月に自作してフトンの下の隠して寝ていた35口径ピストルで頭を撃ったもの。


昭和32年(1957).7.13〔自衛隊員が上官を射殺〕※参考
 青森県八戸市の自衛隊駐屯地で、陸士長(23)が2等陸曹(27)を射殺した。門限に遅れて上官に叱られ、カービン銃で復讐したもの。青森地裁は懲役12年の判決。


昭和32年(1957).7.23〔19歳が家庭内暴力で兄に射殺される〕
 千葉県山武郡の自宅で早朝、次男(19)が父親(60)にカマで襲いかかり、留めようとした長男(25)にもカマを振るったので長男は猟銃で射殺した。次男は日頃から素行が悪いため父親に叱られてカッとしたもの。


昭和32年(1957).12.10〔19歳満州国皇帝の姪が心中 天城山心中〕
 静岡県天城山で、元満州国皇帝の姪で学習院大学2年生の愛親覚羅慧生(19)が、級友の青年(20)と拳銃で心中した死体となって発見された。自分たちの交際が認められなかったことや、少女の母親が政略結婚であったことへの反発などが原因とされている。


昭和32年(1957).12.〔犯罪に興味をもつ17才少年のけん銃強盗事犯〕
 比較的家庭環境に恵まれ中学を中位の成績で卒業した17才の少年が、犯罪に興味を持ち新聞の切抜等をしているうち自ら犯罪を行って見たくたり、自宅附近でけん銃を擬して強盗を行った事犯。(32年12月徳島県) 警察庁「少年非行」引用。


昭和33年(1958).2.16〔小3が弟を射殺〕
 鹿児島県熊毛郡の農家で、小学3年生の次男(9)が猟銃で小学1年生の三男(7)を射殺して山に逃げたが夜8時に山林に隠れているのを見つかり捕まった。近所の男性が猟銃を乗せた荷馬車を置いてトイレに行ったわずかの隙に、弟が猟銃を覗いたのでふざけて引き金を引いて右眼を撃ち抜いたもの。
 同じ日の同じ時刻頃、鹿児島県曽於郡では農業(79)が近所の女の子(4)にふざけて「撃つぞ」と云って猟銃を発射、射殺している。弾を抜いたつもりだったと自供。


昭和33年(1958).1.28〔小3が猟銃で妹射殺〕
 福岡県田川市の自宅で、小学3年生(9)が妹(4)に猟銃を突きつけふざけているうちにこめかみを撃ち抜いて殺害した。弾が入ってないと思ったと自供。


昭和33年(1958).1.29〔19歳が14歳の恋人と逃走しながら10人射殺〕
 米国ネブラスカ州で、チャールズ・スタークウェザー(19)は恋人のキャリル・フューゲイト(14)の一家4人を去年の12.25に殺害し、2人で車で逃走しながら10人を射殺して1.29に逮捕された。


昭和33年(1958).2.18〔18歳がレイプ殺人してさらに強盗殺人〕
 北海道稚内市の牧場で、使用人(18)が日頃から想いを寄せていた主人の二女(16)にキスをしようとして拒否されカッとして手拭いで絞殺後にレイプ、金庫を開けようとしているところを主人の妹(24)に見つかりマサカリで頭部を殴って殺害、現金、株券、カメラのほかに猟銃を盗んで逃走した。翌日、山中で警官隊に追い詰められ猟銃を構えて対峙していたが、空き缶に散弾を詰めて火を付け爆発させて自殺を図り1週間のヤケドを負って逮捕された。
 兵庫県有馬温泉の菓子屋の4人兄弟の長男で、中卒後に全国を放浪しながら窃盗を続け少年院にも入っていた。3ヶ月前に前科を隠して牧童として住み込み、家族同然のあつかいを受けていた。


昭和33年(1958).5.16〔父親が子供ら4人殺害〕※参考
 宮崎県都城市の墓地で、無職(40)が小学4年生の長女(9)、2年生の次女(7)、長男(5)の3人を毒殺し、深夜1時過ぎに先妻(34)の実家に侵入し、先妻の妹(28)を射殺、先妻の母(57)に重傷を負わせて、墓地で自殺した。先妻は勤め先の旅館にいて難を逃れた。
 去年離婚して寄りを戻そうとしても義母や義妹に邪魔され、手切れ金を取って慰謝料請求訴訟までするのは酷いという遺書を遺していた。


昭和33年(1958).8.1〔19歳米兵がピストルで射殺〕
 青森県三沢市の米軍基地の側で、タクシー内の三等航空兵(19)がピストルを発射し、運転手の頭に命中して死亡させた。弾が入っていないと思ったと自供。公務外だったため日本の警察が一般の少年犯罪として取り調べ、重過失致死で禁固6ヶ月以上1年6ヶ月以下の不定期刑判決。


昭和33年(1958).9.4〔18歳が空気銃で子供撃つ〕
 東京都渋谷区の路上で、少年(18)が空気銃を撃って子供(5)の首に当たり5日間の傷害を負わせた。過失傷害で逮捕。


昭和33年(1958).9.7〔19歳米兵が電車を撃って乗客射殺〕
 埼玉県狭山市の米軍ジョンソン基地を通過中の西武線電車に、三等航空兵(19)がカービン銃を発射し、乗客の武蔵野音大1年生(22)に命中して死亡させた。米軍に身柄を預けたままではあるが、公務外だったため日本の警察が一般の少年犯罪として取り調べ、重過失致死で書類送検。


昭和33年(1958).10.6〔高2が授業中にピストル自殺〕
 東京都品川区の高校の授業中に定時制2年生(18)が胸を撃って自殺を図ったが2週間の傷だった。運動競技用のピストルを改造し、真鍮棒を弾丸としたもの。「孤独から逃れなかった」という手記を持っていた。


昭和34年(1959).1.5〔高2が祖母を空気銃で射殺〕
 茨城県稲城郡の自宅で、高校2年生(17)が空気銃で祖母を射殺。弾が入っていないと思い込んで引き金を引き、頭を撃ったもの。


昭和34年(1959).6.16〔中3ら2人がピストル強盗〕
 千葉県佐原市の小学校に、中学3年生(14と15)2人組が押し入り、ピストルとナイフを突きつけ女子事務員(15)を脅して380円を奪って逃走したが逮捕された。ピストルはほかの中学2年生から脅し取ったと自供。学校には行っておらず、窃盗で7回の補導歴がある。


昭和34年(1959).6.21〔19歳米兵士が機関銃盗む〕
 東京都西多摩郡福生町の米軍横田基地で、三等兵士(19)が軽機関銃2丁、ピストル12丁、670発の弾を盗って逃走した。


昭和34年(1959).9.13〔17歳が空気銃で男の子を撃つ〕
 東京都江戸川区で、工員(17)が空気銃で男の子(4)を撃って2週間の傷害を負わせた。ハトを狙って、すぐそばの男の子に当たってしまったもの。


昭和34年(1959).11.4〔高1が空気銃で自殺〕
 東京都千代田区の自宅自室で、明治高校1年生(16)が空気銃でこめかみを撃って自殺した。先月にオートバイで名古屋旅行をして、対抗車に突っ込んで死のうとしたができなかったと言っていた。「世の中のすべてが嫌になった」という遺書を残していた。バケツ製造業の4男。


昭和34年(1959).11.17〔17歳がケンカでピストル射殺〕
 福岡県山田市の路上で、少年(17)が男性(32)と肩がぶつかったことでケンカとなり、所持していたピストルで頭と胸を撃って殺害、すぐに自首した。少年の兄の炭鉱採掘会社社長(34)は昭和33年5.1に配下の炭坑夫(29)のケンカ騒ぎを叱ったことでピストルで射殺されており、犯人の兄であり、この炭鉱採掘会社の幹部だった男性への報復かと思われたが、結局たんなるケンカ殺人として懲役5〜8年の不定期刑となった。
 なお、兄の炭鉱会社社長も昭和24年2.20に殺人を犯して刑務所に入った乱暴者で、また、今回の被害者男性は弟の裁判費用などで山田市会議員に金を借りた上に脅したことで恨まれ、義理の弟が昭和33年12.28に市会議員にめった切りにされて殺害されている。この義理の弟も同じ炭鉱会社幹部で昭和26年に殺人を犯しており、関係者一同が血にまみれていた。


昭和35年(1960).1.28〔中学生9人組が改造拳銃で悪ふざけ〕
 東京都世田谷区で改造拳銃で遊んでいた中学生9人組が捕まった。おもちゃを改造して火薬で空気銃の弾を発射する強力なもので、民家の窓ガラスや街灯を割ったりしていた。テレビや映画の影響で、小学生にも改造ピストルが流行っている。


昭和35年(1960).1.31〔中3がカツアゲされて友人をピストルで撃つ〕
 山形県山形市の畑の中で、中学3年生(15)が高校予備校生(16)の腹をピストルで3発撃ち、1ヶ月半の重傷を負わせて自首した。殺人未遂と銃器所持で取り調べ。「3百円持ってこい」と呼び出しを受けたため、別の友人から憲兵だった父親の遺品であるモーゼル銃を借りたもの。


昭和35年(1960).2.13〔中学生にロケット銃が流行〕
 大阪府吹田市で中学生にロケット銃が流行り、14人が補導され、警察は業者に販売自粛を要請した。爆竹花火によってラムネ弾が30メートル飛び、失明などの危険がある。


昭和35年(1960).2.15〔中2が手製のピストル所持〕
 兵庫県尼崎市で中学2年生2人が手製のピストル1丁ずつを所持していて捕まった。傘の柄を改造したもので火薬によって弾が20メートル飛ぶ。


昭和35年(1960).2.16〔16歳が父親を撃ち殺す〕
 和歌山県東牟婁郡の農家で父親(46)が殺害され、次男(16)が捕まった。石垣積みを手伝わされたが怠けていたので叱られ、恨みに思って家に帰って村田銃で撃ち殺したもの。2年前に窃盗で少年院に入ったことがある。


昭和35年(1960).2.26〔中3ら兄弟がピストル強盗〕
 神奈川県横浜市の薬局で、無職(20)と中学3年生(15)の兄弟が強盗に入りピストルを撃って逃げていたが、3.16に逮捕された。昨年10.30に逗子の米軍将校の家からピストルを窃盗、2.25に盗んだバイクに乗って犯行を犯していた。


昭和35年(1960).2.27〔18歳がピストルを所持〕
 山口県徳山市で、無灯火自転車のクリーニング工員(18)が職務質問されたが、ピストルを所持していたので捕まった。1週間前に6千円で買ったと自供。この年の大卒初任給12,190円。


昭和35年(1960).7.4〔中2ら4人組が立川基地で拳銃盗難〕
 東京都品川区で中学2年生(13)がピストルで遊んでいて暴発でケガをし、中学2年生3人と工員(16)が米軍の立川基地で拳銃を盗んだことが発覚して捕まった。テレビのギャング映画に刺激され6.11と7.2にピストル10丁と5百発の弾を盗み、撃って遊んでいた。罪悪感はなく、自分が起こした事件の新聞記事を切り抜いて集めていた。
 ケガをした主犯の中2生は14歳未満だったためすぐに釈放されたが、また立川基地に侵入して捕まった。父親が厳しいために家出して、10.8に路上で知らない中学2年生(13)を殴り、盗んだ自転車で誘拐して夜中まで連れ回り、盗みの手下になるよう強要し続け、14歳になっていたため逮捕された。


昭和35年(1960).7.6〔18歳が立川基地で拳銃盗難未遂〕
 東京都太田区の工員(18)が立川基地に拳銃を盗むために侵入して捕まった。新聞で拳銃盗難事件を知って、中2にできるなら自分もと実行したもの。


昭和35年(1960).7.10〔17歳が立川基地で拳銃盗難未遂〕
 東京都世田谷区の工員(17)が立川基地に拳銃を盗むために侵入して捕まった。新聞で拳銃盗難事件を知って、自分もピストルを撃ちたいと実行したもの。


昭和35年(1960).8.2〔小6が友人2人を殺人未遂〕
 宮崎県宮崎郡の自宅で、小学6年生(11)が中学2年生(13)と3年生(14)を猟銃で撃ち、散弾が頭や胸に命中して10日と1週間の傷害を負わせて逃走、山の中に隠れているところを夜8時に家族が見つけて補導された。友人の中学生2人が無断で小6生の水中メガネを持ち出して逃げ、返せと追っかけると水中メガネを壊したうえにからかうので、カッとして祖父の猟銃に弾を込めて撃ったもの。成績は中位で、おとなしい性格だった。


昭和35年(1960).10.16〔16歳がピストルを撃って脅す〕
 東京都杉並区の井の頭線高井戸駅でケンカをしている無職(16)が捕まったが、3時間前に目黒区で男性(19)ら5人にピストルを撃って脅したことを自供した。高井戸駅でも2発撃っていた。


昭和35年(1960).12.2〔小3が弟射殺〕
 青森県三戸郡の農家で、小学3年生(8)が弟(5)の頭を猟銃で撃って即死させた。父親が火薬取締法違反で取り調べ。届けを出していない銃で、日頃子ども部屋に置いて、兄弟がおもちゃ代わりに持ち歩いていた。


昭和35年(1960).12.31〔18歳が自衛隊基地から機関銃盗む〕
 福岡県小倉市の陸上自衛隊曽根駐屯部隊で、短機関銃4丁、銃剣2本が盗まれ、近くに住む少年(18)が1.3に逮捕された。警備体制に詳しく、部隊のほとんどが演習に出掛けたすきを狙って侵入し、武器庫の鍵を切断して1人で運び出したもの。銃マニアで「銃が欲しくてたまらなかった」と話す。


昭和36年(1961).2.8〔狩猟用空気銃を使った少年犯罪相次ぐ〕
 狩猟用空気銃による少年犯罪が多い。狩猟法の「満14歳になると空気銃を持つことは許されるが、狩猟することはできない」という規定のせいか、昨年11月の狩猟解禁以来、銃による惨禍の5、60%は未成年者という結果になっている。
 昨年11月、秋田県では、スズメを撃ちに行った中学生2人が、通りがかった同級生に「ちっとも当らないな」とからかわれたのに腹を立て、その同級生を撃って2週間の怪我を負わせた。
 今年1月、茨城県では高校生が小学生3人を脅して後ろ向きに立たせ、尻を撃って怪我を負わせた。スズメ撃ちをするも1羽も獲れなかったことへの腹いせ。
 今月、茨城県では17歳の少年が高校生を撃ち、右目を失明させる事件が起こっている。


昭和36年(1961).3.12〔小6が手作り銃暴発で死亡〕
 茨城県下妻郡で、小学6年生(11)と小学5年生(11)の2人が、手製の銃の試射の際、暴発して小6が即死、小5が2ヶ月の裂傷を負った。前日に中学生ら数人と火薬会社からおもちゃ用の火薬約10キロを盗んでいた。


昭和36年(1961).3.13〔中1ら一斉補導で明らかになった少年の手作り銃問題〕
 警視庁少年課の一斉補導で少年22人を手製ピストル所持で補導。
 東京都の大井元芝町の来福寺境内で手製の銃を撃って遊んでいた中学3年生(15)を補導。同中学では他にも手製銃の遊びが流行っていることが分かり、さらに2、3年生15人を補導し、手製の銃14丁を保管した。花火の火薬を爆薬にラムネ玉を飛ばすもので、40メートル先のガラス瓶を破壊する威力があった。
 板橋区の中学1年生(13)は空巣で手に入れた600円で鉄パイプを購入、改造し、コルトを真似た拳銃を製作。公園で試射しているところを補導された。
 台東区の定時制高校2年生(16)は、勤務先の工場から鉄パイプを盗んで二連銃を製作。火薬も本物、弾丸も鉄製と本格的。持ち歩いているところを見付かり、補導された。


昭和36年(1961).3.18〔小5がリーダーの9人の少年ギャング団〕
 東京都台東区浅草で、小学5年生(11)ら少年窃盗団9人が捕まった。仲見世からオモチャのピストル18丁、射的用鉄砲7丁など100点を万引き。空家で毎晩盗んだジュースや缶詰で宴会、パチンコ玉を打ち込んでおでん屋を脅迫、おでんをただで貢がせてもいた。昼間は何食わぬ顔で学校に通っていたため、家庭では誰も気がつかなかった。


昭和36年(1961).5.31〔19歳がピストルを奪うため警官毒殺〕
 熊本県熊本市の派出所で、写真現像業の平徹雄(19)が巡査(33)を殺害、さらに1.2キロ離れた場所でタクシー運転手も殺害して逮捕された。
 商売がうまくいかずに10万円の借金ができ、強盗をするためにまずピストルを奪おうと警官殺害の計画を立てた。薬局の友人から青酸カリを手に入れ、事件の前日に派出所に行って巡査と知り合いとなり、深夜に毒入り缶ジュースを飲ませて毒殺、制服を脱がせて自分が着込み、ピストルと警察手帳を奪って派出所前からタクシーに乗って逃亡しようとしたが、運転手に怪しまれたため射殺したもの。レイプの前科もあった。逮捕時に「猫を殺したのも同じ気持ち。何も後悔していない」と語る。
 元警官で町会議員も勤めた父親は躾に厳しくたびたび殴られた。中学までは成績もよく読書好きで生徒会長も勤めていたが、高校生になってからグレだし、1年生の時に本を万引きして中退、写真現像店をはじめた。
 昭和38年5月死刑確定。昭和44年1.18死刑執行。


昭和36年(1961).10.22〔高1ら裕福な4人組がピストル強盗〕
 東京都の私立高校1年生(16)がリーダーの少年4人組が、ピストルを使って強盗2件、恐喝8件を繰り返し、高1と私立商業高校3年生(18)、店員(18)の3人が少年院送致、私立定時制高校2年生(17)が自宅での保護観察処分になった。
 高1が友人からリボルバー拳銃を借り、高3が自家用車を運転して犯行を重ね、未遂も多かった。金を奪う際、被害者の住所、氏名を確認し、「警察に届けたら家に押しかけて殺す」と脅していたため、被害届がまったく出ていなかった。
 4人とも裕福な家庭で、高1の父親は大企業の重役。大卒初任給15,690円の時代に毎月6万円の小遣いをもらって赤坂や銀座を遊び歩き、親は放任だった。「スリルがあって面白かった」と罪悪感はまったくない。


昭和36年(1961).11.4〔19歳がケンカの仕返しで射たれる〕
 大阪府大阪市南区の理髪店で、調髪中の愚連隊の会長(19)が暴力団組員(22)ら2人に拳銃で撃たれた。前日に暴力団員の仲間を袋叩きにして復讐されたもの。


昭和36年(1961).11.11〔18歳が空気銃で小学生を撃つ〕
 京都府宇治市の路上で、バーテン(18)が小学2年生(7)の腹を空気銃で撃って1ヶ月の重傷を負わせ過失傷害で逮捕された。所持許可がないのに店から借りた空気銃でスズメを撃っていたが、小学生らが大声で喋って邪魔なので「行かねば撃つ」と云いながら銃口を向け、誤って引き金を引いたもの。


昭和36年(1961).11.14〔17歳ら4人の暴力団員が殴りこみで射殺〕
 埼玉県秩父市で、暴力団員(17,18,19,20)4人が拳銃と日本刀を手に他の組に殴り込みをかけ、組長を射殺、組員2人に重傷を負わせた。


昭和37年(1962).2.22〔危険な手製銃が流行 朝日新聞引用〕
 ガン・ブームのあおりで、少年たちの間で手製銃が流行、それに伴う事故が急増。この手製銃遊びは、工事現場から拾い集めた電池や、水道のパイプを銃身にして、木の台座に固定、2Bや水爆花火を爆発させ、ビー玉の弾を飛ばすもの。30〜50メートルも飛び、かなりの威力がある。警視庁管内で一昨年、この遊びで補導されたものは6人だったが、昨年は65人。今年になってからも、江東区の小学3年生が装てんした火薬が爆発、両眼に大ケガしたり、火薬から火事になるなど10件を越える事故が起きている。銃作りの動機は、テレビの西部劇をみて(37%)が多く、その他は、他人の持っているのをマネたとか、ガン・ブームに刺激されてなど。ほとんどが中学生。あぶない遊びなのにもかかわらず、子供たちが銃を作っている現場をみながら、注意しない親が40%もおり、警視庁では「地域全体が関心を持ち、遊びの現場を見た人が注意して止めよう」とのキャンペーンを始める。
(朝日新聞2・22)


昭和37年(1962).7.17〔20歳ニートが授業中の女高生を射殺〕※参考
 富山県東砺波郡の県立高校の授業中の教室に、無職(20)が猟銃2丁と弾帯を持って侵入、教師と生徒18人を黒板の前に整列させて、女子高生(18)に2発撃って殺害、逃走して橋の中央で銃を構えて立てこもったが、説得されてすぐに逮捕された。
 3月までこの高校に通っており、殺した女子高生に片思いしていたが相手にされていなかった。農家の6男で、国体で活躍するスキー選手だが、凶暴性があり学校でもたびたび暴力事件を起こし、卒業後はぶらぶらしていた。銃は近所の家から盗んだもの。富山地裁は懲役15年の判決。


昭和37年(1962).8.29〔中3ら2人が無差別射撃〕
 大阪府大阪市の自宅二階で、中学3年生(15)と同級生(15)の2人が路上を通行中の女性7人を空気銃で次々狙い撃ち、8.29に逮捕された。銃は3千5百円で通信販売で購入していた。主犯は両親とも教師で、学校の成績もよく、近所の人は「まさかあの子が」と驚く。


昭和37年(1962).10.1〔飛び出しナイフ所持禁止 青少年非行・犯罪史資料引用〕
 銃砲刀剣類等所持取締法が改正され、10月1日から施行される。おもな改正点は、(1)飛び出しナイフの所持全面的に禁止。(2)刃物類は刃渡り6センチ以上は正当な理由なく持ち歩きできない。(3)猟銃や空気銃は所持できる基準年齢が14歳以上から18歳以上に引き上げ。(4)猟銃や空気銃はこれまで買ってから許可をとる建前だったが、許可証をもらわなければ買えなくなった、など。「刃物を持たない運動」を明文化したもの。
(青少年非行・犯罪史資料 刊々堂出版社 311P)


昭和37年(1962).11.3〔高3がライフル銃で殴って死亡させる〕
 神奈川県川崎市の法政二高で、3年生(18)が朝鮮高校1年生(17)の頭をエアライフル銃の台尻で殴り、11.5に死亡させた。傷害致死で任意取調べ。
 文化祭中で、見学に来ていた朝鮮高校生が因縁を付けてきたので、カッとして射撃部の展示品であるライフルで殴ったと自供。元射撃部員だった。


昭和38年(1963).2.14〔17歳が強盗用のピストル奪うため警官襲撃〕
 大阪府大阪市北区の人通りの多い繁華街の派出所に無職少年(17)が現れ、「手を上げろ」とピストルを巡査(21)に突きつけた。巡査がピストルを払い落とそうとすると1発撃って椅子に当たった。なおも巡査が向かっていくと少年はスパナで後頭部を殴った。血まみれになりながらも巡査は同僚と2人で格闘して少年を取り押さえた。
 「京都から職探しに来たが金を使い果たしたので強盗を働くために本物のピストルを奪おうとした」と自供した。持っていたのは拳銃マニアの少年がおもちゃを改造したもので、昨年には試射して捕まっている。


昭和38年(1963).3.27〔小6の3人組が2B弾手製銃でガラス窓割る〕
 東京都北区の民家に手製銃でビー玉を撃ち込んでガラス窓を割り、小学六年生3人が捕まった。おもちゃの銃にビニールパイプを付けて2B火薬でビー玉を30メートル以上も飛ばすもの。


昭和39年(1964).1.14〔6歳ら兄弟がピストルで遊んでいて暴発、重体〕
 神奈川県横浜市の自宅で、次男(6)がピストルで遊んでいてるのを見つけた小学2年生の兄(8)が危ないから取り上げようとして暴発、弟の胸に命中して重体、兄は手に当たって1ヶ月の重傷となった。父親のバー経営者が不法所持していたモーゼル。


昭和39年(1964).1.19〔高1ら3人が家に帰る車奪うためタクシー運転手射殺〕
 茨城県日立市で、高校1年生(16)3人が手製ピストルでタクシー運転手(32)を撃って、逃げるのを追い掛けスパナで頭を殴って殺害、タクシーを奪って東京の自宅に逃走したが、21日に捕まった。15日に福島県のガールフレンドに逢うため家出、帰りにタクシーに乗ったが、金が無かったので最初から車を奪う計画だった。3人ともタクシー会社重役など裕福な家庭。主犯は懲役15年の求刑だったが、反省もなく成人ならば当然死刑だとして水戸地裁は無期懲役判決を出した。


昭和39年(1964).2.9〔小5の改造ピストル暴発で友人にケガさせる〕
 大阪府南河内郡の路上で、小学5年生が改造拳銃を落として暴発、小学6年生(11)の腹に命中して10日のケガとなった。火薬で音が出るだけのおもちゃのピストルを改造して空気銃の弾を飛ばせるようにしたものだが、その場にいた5人が同じ改造拳銃を持っていた。


昭和39年(1964).2.16〔中3ら3人の手製銃暴発大怪我〕
 埼玉県浦和市の林の中で、中学3年生(15)3人が手製ライフルを試射しようとすると暴発、1人が指2本を吹き飛ばされ、腹に弾が当たって2ヶ月の重傷、もう1人もケガ。1メートル近い鉄パイプに火薬を詰めて、ビー玉を飛ばすもの。


昭和39年(1964).3.12〔17歳が弁慶のマネをしてピストル奪うため警官襲撃〕
 東京都立川市の派出所で深夜2時前、無職少年(17)がふろしきで覆面をして現れ、「ピストルを出せ」と巡査(55)の背に果物ナイフ突きつけたが、同僚と2人で格闘して少年を取り押さえた。
 「弁慶のマネをしてピストル百挺を集めるつもりが一挺目で失敗した」と自供。ピストルのつりひもを切るためのカミソリも持っていた。


昭和39年(1964).3.24〔18歳が右翼団体手みやげのピストル奪うため警官襲撃〕
 東京都台東区の派出所に「頭が痛いから休ませてくれ」と工員(18)が来て、隙を見て30センチの樫の棒で巡査(40)の頭を殴りつけたが、格闘して取り押さえられた。
 茨城県結城郡から上京したばかりで「浅沼社会党委員長を暗殺した山口少年を崇拝しており、右翼団体に入る手みやげにピストルが欲しかった」と自供。


昭和39年(1964).4.4〔17歳が空気銃とナイフで少女を山中へ誘拐してレイプ〕
 愛知県瀬戸市で、工員(17)が歩いていた少女(15)に空気銃とナイフを突きつけ、一緒にいた母親(47)の眼の前で山中に誘拐、レイプした。警察は山狩りをして数時間後に逮捕。スリルのためと自供。


昭和39年(1964).6.8〔高1ら2人が中学生を空気銃で撃つ〕
 宮崎県北諸県郡で、高校1年生(15,16)2人が、面白半分で中学生(13)を空気銃で撃ち、弾はお尻に5センチも食い込み重傷を与えて捕まった。


昭和39年(1964).8.14〔18歳がタクシー運転手を射殺して死刑判決〕
 大阪府八尾市で、無職(18)がタクシー運転手(38)をピストルで撃ち殺し、タクシーを奪って逃走、広島で乗り捨て、現金1500円とラジオを強奪した。9.17に福岡県飯塚市で警官の職務質問を振り切って軽トラックで逃走、横転して逮捕された。福岡県宗像郡出身。
 昭和40年2.26、大阪地裁は「異常な放浪癖と反社会性を持ち、労働意欲は皆無に等しく、一片の良心もない」と死刑判決を出した。11.12に高裁は、中学で両親を亡くすなど不幸な生い立ちも原因であり更生の機会を与えると無期に減刑、確定した。





昭和40年(1965).4.17〔高3が世の中にあきて銃で自殺〕
 千葉県船橋市の自宅で、高校3年生(17)が猟銃で自殺した。「なんでも自分の思うようになる世の中にあきあきした」という遺書を残していた。


昭和40年(1965).6.24〔小3がスーパーマンごっこで友人射殺〕
 岩手県下閉伊郡の自宅で、小学3年生(8)が友人の2年生(7)を猟銃で射殺した。テレビのマネをしてスーパーマンごっこをしており、「手を上げろ」と父親の猟銃を向けたが、2年生が「おれはスーパーマンだ。弾など絶対通らないので撃ってみろ」と云ったので3メートルの距離から胸を撃ち抜いたもの。父親は弾を抜いて子どもの手の届かない高さの梁に置いていたが、数日前に3年生の弟が弾を入れていた。


昭和40年(1965).7.29〔18歳少年ライフル魔〕
 神奈川県高座郡で、東京都世田谷区の無職(18)が警官をライフル銃で射殺。奪ったピストルでもう1人の警官に重傷を負わせてから、車を何台もハイジャックして、渋谷の銃砲店で店員3名を人質に130発を乱射し夕方逮捕。山手線もストップ。15人が重軽傷。
 中流家庭で、両親は職をやめてぶらぶらしても何も言わず甘やかしていた。2審で無期から自ら望んだ死刑となり、昭和44年最高裁で確定。
※少年ライフル魔事件の詳細


昭和41年(1966).2.13〔17歳ニートがピストルで3人殺傷〕
 京都府京都市東山区の路上で夕方6時過ぎ、無職少年(17)が巡査(51)の背中を刺し6ヶ月の重傷を負わせてピストルを奪った。6時40分に1.5キロ離れた自宅裏の民家に侵入、いきなり主婦(33)を射殺、10分後に8百メートル離れた民家で叔母(32)にも無言で発砲して重傷を負わせ逃走した。
 2千3百人の警官を動員したが発見できないため、2.14の11時30分に少年としては異例の公開捜査となって氏名と顔写真が公表され、母親(40)が涙ながらにテレビで訴えて、20キロ離れた京都府綴喜郡の派出所で夕方6時過ぎに逮捕。2人から冷たくされたのを恨んで、殺すために肉切り庖丁を盗んだがピストルのほうが確実と警官を襲ったもの。
 定時制高校を中退してから仕事も続かず自宅に引き籠もり、ノイローゼで精神病院に入院しており、睡眠薬自殺を3回試みている。内気でおとなしい性格だった。


昭和41年(1966).5.31〔16歳ニートが猟銃強盗殺人〕
 兵庫県神戸市で夜11時過ぎ、無職(16)がタクシー運転手(34)を射殺、すぐに自首した。5.29に東京都港区の自宅から猟銃を持って家出、遊んで金がなくなったため強盗を計画したもの。窃盗で保護観察中。神戸地裁は懲役10年の判決。


昭和41年(1966).8.9〔19歳が警察装い銃を騙し取る〕
 神奈川県横浜市中区の元工員の少年(19)が、8日に自衛隊の三尉と名のり「銃が不正流失しているので調査のため」と警察を騙し銃砲所有者台帳を閲覧、9日に横浜市中区の会社員や会社社長宅などから「警察の者だが調査のため貸してくれ」とライフル銃2丁と実弾40発を騙し取ったが、11日に自首した。
 父母とは死別して祖父母に育てられ、窃盗事件により高校中退、3度盗みを働き少年院に送られていた。「綾小路利麿」と名のり華族の二男と称し、近所でも礼儀正しい良い人と評判だった。ガン・マニアだったが非行歴のため銃所持も自衛隊入隊もできずに犯行に及んだもの。「勝利かしからずんば死あるのみ。私のような人間のクズは警官のピストルで撃たれるのが本望です。銃器が大好きな私。弾丸で死ねば絞首刑より幸せです。私は精神異常だと思います」という手記を書いていた。


昭和41年(1966).12.24〔18歳運転手が猟銃で友人2人を殺傷〕
 静岡県富士市で、トラック運転手(18)が中学時代の同級生のクリスマス・パーティーを猟銃で襲い、1人(18)に3発撃って殺害、1人(18)に2ヶ月の重傷を負わせ、逃走したがすぐに逮捕された。学生時代からいじめられており、この日もからかわれて、かっとなって父親の猟銃を持ち出したもの。


昭和42年(1967).1.13〔19歳が自殺用のピストルを奪うため交番襲撃〕
 静岡県静岡駅前の派出所で、19歳がピストルを奪おうとして逮捕された。女性関係で悩んで自殺するためのピストルが目的だった。


昭和42年(1967).1.29〔17歳が自殺の道連れに警官襲う〕
 東京都板橋区の派出所で、無免許で取調中の修理工(17)が突然消火器で巡査(24)の頭を殴りピストルを奪って巡査の肩を撃った。近くにいた5人の若者が飛びかかり、巡査がピストルを奪い返して逮捕した。
「世の中がおもしろくなく三原山で自殺するつもりで、恋人と最後のデートをしていたところポリ公に邪魔されてカッとなり道連れにするつもりだった」と自供。大島に行く船のチケットを持っていた。


昭和42年(1967).6.27〔19歳暴力団員が抗争で射殺〕
 福岡県北九州市の路上で深夜1時、暴力団員(19)が対立する暴力団「泥田グループ」幹部(24)を猟銃で射殺、逃走したが翌日逮捕された。抗争で、4人で襲ったもの。


昭和42年(1967).8.18〔34歳中学教師が鉄砲で生徒撃つ〕※参考
 埼玉県春日部市の中学校玄関前で、教師(34)が安政時代の鉄砲に火薬を詰めていじっていて散弾が発砲されて、登校してきた3年生女子3人と2年生男子に当たって10日間の傷害を負わせた。10年以上前に教材用に父兄から寄付されたものだが、届けを出していなかった。


昭和43年(1968).10.11〔19歳の永山則夫4人連続射殺事件〕
 東京都港区のプリンスホテルで警備員(27)が2発撃たれて射殺。14日に京都府八坂神社で警備員(69)が顔を4発撃たれて射殺。26日に北海道亀田郡でタクシー運転手(31)が射殺され8千7百円を奪われる。11.15に愛知県名古屋市でタクシー運転手(22)が射殺され7千円を奪われる。「連続射殺魔108号事件」として指名手配され、昭和44年4.7に中野区の元喫茶店員永山則夫(19)を逮捕。ピストルは横須賀米軍基地で盗んだものだった。
 北海道網走市の極貧の家に育ち、中卒後上京して職を転々としていた。死刑判決を受け、平成9年8.1に執行された。


昭和44年(1969).2.15〔非行グループ「誠会」の殴り込み事件〕
 横浜市内伊勢木町を根城とする非行グループ「誠会」の少年14人が、2月15日午後8時頃、けん銃1丁、日本刀7振を所持し、4台の乗用車に分乗して新宿区歌舞伎町のゴーゴー喫茶を根城とする非行グループに殴り込みをかけ3人に全治2〜3週間の傷害を与えた。(警視庁) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和44年(1969).10.22〔5人組によるライフル銃など強奪および強盗強姦事件〕
 被疑少年5名(いずれも18歳)は、暴力団員から武器を持ってくれば高く売れると聞いたことから強盗を企て、昭和44年10月17日午後9時45分頃、富山市内A方に押し入り、夫婦に対し殴る蹴るの暴行を加え、夫の目の前で妻を輪姦したうえ、日本刀一振、腕時計、指輪など強奪し、さらに翌18日午後10時30分頃、同市内S方に土足のまま押し入り、ライフル銃等4丁、散弾250発を強奪した。このほか10月13日午後10時30分頃、同市内を通行中のM(40歳)を自動車でら致し、神通川堤防上に連れ出して殴る蹴るの暴行を加え、現金35,000円を強奪していた。(44.10.22検挙、富山) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和45年(1970).2.4〔少年院出所グループによる強盗事件〕
 強姦、恐喝、窃盗など4回の前歴(不処分2回、保護観察1回、中等少年院1回)をもつA少年(19歳)と窃盗傷害など5回の前歴(併合審判で初等少年院1回、中等少年院1回)をもつB少年(19歳)および窃盗、銃砲刀剣類所持等取締法違反など3回の前歴(審判不開始1回、初等少年院1回、中等少年院1回をもつC少年(18歳)の5人が、中等少年院時代顔見知りとなったことから退院後グループをつくり、1月18日、佐賀県下においてけん銃と包丁で脅し、金16,500円を強奪したほか、福岡、長崎各県下において自動車盗などを敢行した。(45.2.4 佐賀検挙) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和45年(1970).4.〔学業成績不振で父親に意見されたことから家出し、銀行強盗をした少年〕
 札幌市内の高校3年生の男子が、学業成績不振で留年となり、父親に意見されたことに立腹して家出し、安宿を転々としていたが、世間を騒がし父親を困らせてやろうと考え、札幌市内の銀行に客を装って侵入しカウンター内でモデルガンを突きつけ現金69万円をワシづかみに強奪遊走したが逮捕された。(4月北海道) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和45年(1970).5.12〔シージャック事件〕
 小学校時代から窃盗、家出を繰り返し、中等少年院に収容され(収容中逃走したこともあって2年間収容)たことがあり、44年4月に仮退院後すぐに空巣10件を敢行して不処分にされたことのある川藤展久(20歳)と、同じく小学校時代から窃盗を繰り返し(児童通告2回、検察官送致6回)、審判不開始2回保護観察1回、少年院送致1回に処され、44年3月、少年院を仮退院して保護観察に付されているA少年(19歳)および窃盗2回、道路交通法違反1回でいずれも不処分になったB少年(18歳)の3人が、
○3人共謀して、45年5月10日午前2時ころ、福岡市内で普通乗用車1台を窃取し、
○川藤およびA少年は盗難車で走行中山口県下で警察官に発見されたことから、猟銃を突きつけたうえA少年がナイフで警察官を刺して重傷を負わせ、
○川藤は、山口県下で軽四輪自動車を盗み、それに乗り換えて逃走し、広島県で通行人を人質として警察官からけん銃、1丁実砲4発、広島市内の銃砲店からライフル銃など3丁、実砲380発をそれぞれ強奪し、
○5月12日午後4時58分ころ、広島港に停泊中の定期客船プリンス丸に侵入し、船員、乗客を脅迫、監禁して、これを乗っ取るなどの犯行を敢行した。(45.5.広島、山口検挙) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和47年(1972).11.20〔17歳が逃走して警官に射殺される〕
 福岡県北九州市で深夜、倉庫に忍び込んだ2人組が警官(22)に見つかり逃走、警官は威嚇射撃を2発撃ったのちに脚を撃とうとして少年(17)を射殺した。警官は翌年、業務上過失致死で追訴された。


昭和48年(1973).4.〔中・高校生によるモデルガン改造けん銃並びに模造けん銃の不法所持〕
 札幌市内の中・高校生13名(中学3年10名、高校1年3名)が、昨年6月ごろから本年4月25日ごろまでの間、モデルガンの銃身部を鉄パイプに取り替え、がん具用薬きょうの内部をくり抜き、がん具用紙玉火薬を詰め、鉛の弾頭をつけ実包を作り、石油かんを貫通する威力をもつけん銃に改造、仲間に5000円で売買し楽しんでいた。(北海道4月) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和48年(1973).11.〔中学生グループのモデルガン遊びによる銃砲刀剣類所持等取締法違反〕
 中学生の26名が、市内の玩具店から高級モデルガンを購入し、33丁のモデルガンの着色をはがして下校時などに空地で模造けん銃を腰にさげ、馬のかわりに自転車に乗車し、いわゆる「西部劇ごっこ」をしたり、生徒間でモデルガンの売買交換していた。(広島11月) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和48年(1973).9.19〔25歳が人質取って無差別発砲し、3人射殺3人重傷〕※参考
 大阪府大阪市城東区の路上で深夜0時前、トラック運転手(25)が散弾銃で会社社長(38)、社員(22)、女性会社員(21)の3人を射殺、運転手(24)に重傷を負わせた。通報で駆け付けた捜査員が現場検証をしているところへ物陰から3発撃って巡査長(32)に重傷を負わせ、アパートに押し入って撃ち、騒ぎに外に出てきた主婦(35)を人質に取って追跡の装甲車に発砲しながら逃走、会社員(35)を脅してマンションの会社社長(39)の部屋に侵入して家族3人と合わせて5人を人質としたが、すぐに逃走、警官隊に撃たれて倒れたところを逮捕された。
 叔父(35)と酒を飲んでケンカして撃ち殺そうと思ったが逃げられたのでカッとして、無差別に百発近く撃ったもの。


昭和48年(1973).12.14〔中3が改造モデルガンで友人射殺〕
 大阪府泉佐野市の自宅で、中学3年生(15)が同級生(14)を射殺した。自分で改造したモデルガンを試射しようとしたが弾が出ず、撃鉄をいじっているうちに暴発し、側にいた同級生の左胸に命中したもの。


昭和49年(1974).1.5〔暴走族が大乱闘〕
 神奈川県の東名高速道路海老名サービスエリアで、神奈川県の暴走族「アーリーキャッツ」300人が対立していた東京の暴走族「ヒットラー」を襲おうとしていたところ、偶然来合わせたほかの暴走族と火炎ビン、鉄パイプ、日本刀で大乱闘となった。この前には川崎市で乗用車を対立グループと間違えてピストルで窓を撃ち抜いている。殺人未遂と凶器準備集合罪で逮捕。


昭和49年(1974).9.29〔19歳の巡査、上司に叱られ交番でピストル自殺〕
 静岡県で19歳の巡査、上司に叱られ交番でピストル自殺。





昭和50年(1975).4.1〔小6ら3人がモデルガン暴発で重傷〕
 東京都町田市の公園で、小学6年生(12)、中学1年生(12)、中学2年生(13)の3人が、モデルガンに鉛の弾と火薬を詰めていると爆発し、中2が指4本を吹き飛ばされるなど、3人とも重傷を負った。


昭和51年(1976).2.〔高校2年生金儲けのため,モデルガンを改造し,同級生などに転売〕
 ガンマニヤの高校2年生金儲けのため,モデルガンを改造し,同級生などに転売(渋谷)。 警視庁「少年非行等の概況」引用。


昭和51年(1976).11.〔小学生,虫ピン付改造弾をつくり,玩具の銃で主婦を射つ〕
 小学生,虫ピン付改造弾をつくり,玩具の銃で主婦を射つ(蒲田)。 警視庁「少年非行等の概況」引用。


昭和53年(1978).1.16〔高校生猟銃自殺〕
 島根県で高校生猟銃自殺。


昭和55年(1980).1.13〔小6が小5を射殺〕
 富山県氷見市の自宅で、小学6年生(11)が小学5年生(10)を射殺した。父親(40)が小5生親子と息子を猟に連れて行こうと、息子に猟銃を2階から持ってくるよう言いつけた。息子と小5生が取りに行ったが、弾が入っているとは思わずに引き金を引くと、頭に命中したもの。父親が業務上過失致死と銃刀法違反で取り調べ。


昭和55年(1980).1.〔中3が同級生を空気銃で撃つ〕
 中学3年生(15歳)は、モデルガン(空気銃)を改造して、自宅2階より、かねてから不仲だった同級生(14歳)めがけて発砲、左背部に盲管銃創の傷害を負わせた。(佐賀、1月) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和55年(1980).2.3〔中1がチャンネル争いで姉を射殺〕
 徳島県三好町で中学1年生(13)がテレビのチャンネル争いから中学2年生の姉(14)を父親の猟銃で射殺。姉はバレーボールの試合、弟はアニメを見たいとケンカし、頭を撃ち抜いたもの。姉弟の仲は良かった。


昭和55年(1980).5.25〔高3が大学進学望み父親に射殺される〕※参考
 埼玉県新座市の自宅で、高校3年生(17)が大学進学を希望していたが、勤め先が倒産した父親(45)は就職するよう言い、ケンカとなって父親が息子を猟銃で射殺した。


昭和56年(1981).2.11〔小4ら2人がオモチャの銃で強盗〕
 小学6年生(12歳)と小学4年生(10歳)の2名は、小遣銭欲しさから玩具のライフル銃(プラスチック制)を使用し、前後2回に渡り、通行中の小学生5人にライフル銃をつきつけ「金を貸せ」と脅迫し、現金2,000円、自転車2台を強取した。(神奈川、2月) 警察庁「少年の補導及び保護の概況」引用。


昭和58年(1983).6.16〔少年2人組が刀物や散弾銃で殺傷〕
 荒川河川敷で遊んでいた中学生ら15歳の少年3人は、2人組の少年に刀物や散弾銃で襲われる殺傷事件が発生。(亀有署) 警視庁「少年非行等の概況」引用。


昭和58年(1983).10.7〔高2がイジメの復讐に教室で猟銃発砲〕
 愛媛県久万町の県立高校の教室で、2年生(16)が同級生(17)を散弾銃で脅した。教師が止めようともみ合い、2発を発射して1人に重傷を負わせた。いじめの復讐。学校は脅された生徒にも退学届けを出させたが、のちに復学。


昭和59年(1984).3.18〔借金で口論、祖父、孫らに発砲、殺し自殺〕※参考
 秋田県で借金で口論、祖父、孫らに発砲、殺し自殺。


昭和59年(1984).5.〔高3がモテルガン爆発し失明〕
 都立高校3年生はモテルガン用に火薬と赤リンを入れて調合中爆発し失明。(新宿署) 警視庁「少年非行等の概況」引用。





昭和60年(1985).1.15〔高2が恋人殺すピストル奪うためボーガンで警官を襲う〕
 東京都杉並区で深夜2時に、高校2年生(17)が派出所にいた巡査(31)に2メートルの距離からボーガンを撃って逃げた。矢は巡査の胸に命中したが、制服の下に厚着をしていたので助かり跡を追った。高2生はナイフを振り回し暴れ、巡査は3週間のケガを負い、威嚇射撃をしてもさらに抵抗するので右足を撃ち、「いたいよ。いたいよ」と言いながら倒れたところを騒ぎに集まってきた住民10人と取り押さえた。
 成績優秀でまじめな性格、信頼もあったため学校では驚いている。「恋人が最近冷たくなったので、ピストルを奪って彼女を殺し、自分も死のうとおもった」と供述。


昭和60年(1985).11.22〔高2など5人が改造銃試射〕
 東京都台東区のモデルガン店の元店員(34)から、改造銃を買って試射していた高校2,3年生5人が銃刀法違反で書類送検された。1丁3万円で殺傷能力もある。全員が裕福な家庭だった。


昭和61年(1986).3.27〔モデルガンで戦争ごっこ、少年8人補導〕
 大阪府でモデルガンで戦争ごっこ、少年8人補導。


昭和61年(1986).10.13〔中・高生、エアガンでホームレス襲う〕
 大阪府大阪市の四天王寺境内で、中・高生3人組が、就寝中のホームレス5人をエアガンで襲い、傷害を負わせた。


昭和61年(1986).12.31〔ロシアンルーレットをまね19歳少年、短銃で死ぬ〕
 長崎県でロシアンルーレットをまね19歳少年、短銃で死ぬ。


昭和62年(1987).4.19〔少年、交際に反対され女高生とその父に短銃、撃ち殺す〕
 山口県で少年、交際に反対され女高生とその父に短銃、撃ち殺す。


昭和62年(1987).10.29〔釜ヶ崎の野宿労働者、中高校生らにエアガンなどで襲われる〕
 大阪府で釜ヶ崎の野宿労働者、中高校生らにエアガンなどで襲われる。


昭和63年(1988).10.26〔高校生、改造銃に時限装置付け自殺〕
 熊本県で高校生、改造銃に時限装置付け自殺。





平成1年(1989).5.16〔元自衛隊員がピストル奪うため警官2人殺害〕※参考
 東京都練馬区の派出所で、フリーター(20)が警官2人を刺殺し、拳銃を強奪して逃走、6.8に逮捕された。銃マニアで、1ヶ月前に陸上自衛隊を除隊したばかり。銀行強盗のためにピストルを手に入れようとしたもの。平成10年9.17、最高裁で死刑確定。


平成2年(1990).1.30〔19歳右翼が中核派にピストル撃ち込む〕
 東京都豊島区の中核派「前進社」ビルにピストルが撃ち込まれ、2.1に右翼団体「義仁同志会」の構成員(19)が逮捕された。


平成5年(1993).2.〔高校生らによるエアガン窃盗事件〕
 高校2年生(16歳)と小学6年生2名(12歳、13歳)は、無人の模型店のシャッターをこじあけて侵人しエアガン約40丁をはじめ手錠、スライド式警棒等約200点(50万円相当)を窃取した。(2月、兵庫) 警察庁「少年非行等の概要」引用。


平成5年(1993).9.2〔16歳ら10人が暴力団員射殺し死体遺棄〕
 群馬県前橋市で、暴走族(19)1人、(18)4人、(17)2人、(16)2人と無職(20)の10人が、嫌がらせをする暴力団員2名を拉致し、けん銃で射殺し、勢多郡の草木湖畔に死体遺棄して11日までに逮捕された。


平成6年(1994).3.24〔19歳暴力団員がピストルで殺人未遂〕
 栃木県宇都宮市のガソリンスタンドで、暴力団員(19)が暴力団員(20)の胸をピストルで撃って重傷を負わせ、殺人未遂で捕まった。


平成9年(1997).7.〔高校生による改造けん銃不法所持等事件〕
 高校1年生(16歳)は自分でモデルガン改造した自動式けん銃5丁とモデルガンの弾を改造した実包7発を所持していた。(7月、兵庫) 警察庁「少年非行等の概要」引用。


平成9年(1997).8.〔高校生によるけん銃実包密輸入事件〕
 高校1年生(15歳、16歳)2人は、アメリカにホームステイした際に、お土産として貰ったけん銃実包合計33発を密輪入した。(8月、愛知) 警察庁「少年非行等の概要」引用。


平成9年(1997).9.〔高校生等によるエアガン使用暴行事件〕
 高校3年生(18歳)、有職少年(19歳)2人の3人は、乗用車内から自転車で通行中の会社員(21歳)に対しエアガンを発射しプラスチック製の弾丸を命中させる暴行を加えた。(9月、宮城) 警察庁「少年非行等の概要」引用。


平成10年(1998).2.〔中学生による警察官に対するけん銃奪取目的殺人未遂事件〕
 中学3年生(15歳)は、警察官を殺害してけん銃を奪取しようと企て、パトロール中の警察官に道を聞く振りをして、やにわに同警察官の右胸をバタフライナイフで刺したが、同警察官に逮捕され、その目的を遂げなかった。(2月、東京) 警察庁「少年非行等の概要」引用。


平成11年(1999).10.24〔高2がインターネットで毒物詐欺と改造銃〕
 山口県の県立高校2年生(17)は、インターネットのホームページに架空の銀行口座、青酸カリ、クロロホルム、けん銃などを販売すると偽り、申し込んできた男性等から銀行口座に現金を振り込ませて90万円を騙し取った。インターネットのメールを通じて知り合った仲間や、雑誌などから知識を得て、モデルガンを改造試射し、銃刀法違反で10.24に再逮捕。1メートルの距離からスチール缶を貫通する威力があった。


平成12年(2000).1.〔大学生による警察官に対するけん銃奪取目的強盗未遂事件〕
 大学1年生(19歳)は警察官のけん銃を強取しようと企て、交番勤務中の警察官に対して包丁を突きつけ、「けん銃をよこせ」と脅迫したが、同警察官に逮捕され、その目的を遂げなかった。(1月、東京) 警察庁「少年非行等の概要」引用。


平成12年(2000).12.〔高校生による殺人未遂等事件〕
 高校2年生(17歳)は、実家から祖父の散弾銃1丁及び散弾実包(39発)を所持し、ビデオ店において、同人自らが作成した爆弾に所携のライターで着火し、営業中の店内に投げ込み爆発させた。(12月、東京) 警察庁「少年非行等の概要」引用。



※タイトルと本文が同じ短いデータはすべて「〔年表〕子どもの事件 1945-1989」山本健治 柘植書房より引用したもの。※



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『戦前の少年犯罪』 目次
1.戦前は小学生が人を殺す時代
2.戦前は脳の壊れた異常犯罪の時代
3.戦前は親殺しの時代
4.戦前は老人殺しの時代
5.戦前は主殺しの時代
6.戦前はいじめの時代
7.戦前は桃色交遊の時代
8.戦前は幼女レイプ殺人事件の時代
 9.戦前は体罰禁止の時代
10.戦前は教師を殴る時代
11.戦前はニートの時代
12.戦前は女学生最強の時代
13.戦前はキレやすい少年の時代
14.戦前は心中ブームの時代
15.戦前は教師が犯罪を重ねる時代
16.戦前は旧制高校生という史上最低の若者たちの時代




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主要参考文献

〔年表〕子どもの事件 1945-1989

戦前の少年犯罪

戦後死刑囚列伝

新聞集成昭和史の証言

新聞集成昭和編年史

日本の精神鑑定

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