昭和24年(1949)の少年犯罪

※この年の年齢表記は数え年のため満年齢にすると1〜2歳低くなる※





昭和24年(1949).1.8〔19歳(満17〜18歳)が同じ家で2人強盗殺人〕
 長野県上田市のタバコ屋で深夜3時、人夫(19)が窃盗に入って見つかり、女主人とその母親(70)の2人をスコップでめった打ちにして殺害、長男(9)を意識不明の重体とし、衣類3万7千円相当を強奪、12日に逮捕された。小県郡の農家出身で、窃盗と詐欺で少年院に入っていたが出所してからも農業を嫌って家出、昨年12.27にこのタバコ屋で2万8百円相当を盗んで芸者をあげて豪遊して数日のうちに使い果たし、また同じ家を狙ったもの。この年の銀行員大卒初任給3千円。


昭和24年(1949).1.10〔21歳(満19〜20歳)女ノド自慢3度合格が空巣〕
 東京都新宿の飲食店から衣類2点を盗んだ女(21)が2.3に捕まった。北海道出身で、ノド自慢放送で3度合格したことがある。盗んだ飲食店には住み込みで働いていた。


昭和24年(1949).1.13〔中3(満14〜15歳)ら2人組が遊びのため8件の放火〕
 東京都文京区で、中学3年生(16)と少年(16)の2人が13日夜から連続8件の放火をして、29日に捕まった。普通の遊びに飽きて放火を思いついたもの。窃盗の補導歴がある。


昭和24年(1949).1.19〔18歳が毒殺未遂〕
 東京杉並区の工員(18)が友人の店員(18)と2人で遊興費稼ぎの店員が務める荒物商の一家3人を毒殺するつもりだったが怖くなったと自首してきた。2人を殺人未遂で検挙し、工員が工場から盗んだ青酸カリを押収した。


昭和24年(1949).2.3〔18歳が窃盗殺人〕
 東京新宿区の洋服店から泥棒が品物を運び出しているのを近所の高校3年生(19)が見つけて追い詰めたが逆にナイフで刺されて殺害された。ほかの住人によって犯人(18)は取り押さえられ、仲間の少年4人もすぐに逮捕された。5人組は余罪31件を自供した。


昭和24年(1949).2.12〔18歳(満16〜17歳)が知り合いを強盗殺人〕
 福島県郡山市で、無職(18)が市役所職員宅に行って、妻を「息子さんが用があるから」と連れ出して海軍ナイフで滅多切りにして殺害、また市役所職員宅に戻ってナイフで主人を脅して千円を強奪、足りないので服もよこせと要求したが、主人が逃げたので追っかけて顔などを滅多刺しにして重傷を負わせ逃走、すぐに逮捕された。この家にはよく出入りしてこづかいなどももらっていた。取調べにも反省の色はまったくなく、刑事からもらったタバコを吹かしながら、ズボンを買うための金が欲しくて前から殺すことを計画していたと自供。大工の長男。


昭和24年(1949).2.20〔高3(満17〜18歳)ら6人組が万引き団〕
 福島県若松市で、県立高校3年生(19)が古着屋で上着を万引きして逃走、すぐに逮捕された。「かっぱらいの天才、われらの悪党王香具師の親分」と裏に書かれた同級生の写真6枚を所持しており、仲間が店主の気をそらしている隙に万引きを繰り返していた。また、家から米2俵を盗んで売って現金千7百円を持っていた。この年の銀行員大卒初任給3千円。


昭和24年(1949).3.1〔神田学生街での万引〕
 東京都千代田区神田学生街で、警視庁少年課は2.1〜3.1の1ヶ月で52人の万引学生を捕まえた。小学生21人、新制中高生30人。ほとんどが中流家庭で、小遣かせぎ、友人の万引きをみて金を出して買うのが馬鹿らしいなどの理由。本のほかに万年筆、ボールペン、グローブ、ローラースケートなど。


昭和24年(1949).3.5〔19歳ら夫婦が70件のスリ〕
 千葉県松戸市の男(21)とその内妻(19)がスリで捕まった。昨年10月から省線で70件。生活ぶりは豪華だった。


昭和24年(1949).3.5〔小6女子(満12〜13歳)が裸リンチ〕
 福島県東白川郡で、小学6年生女子(14)が手下12人の女子を従えて、同級生女子2人を裏山に連れて行き歌や踊りをさせて、雨の中で全裸にして荒縄で手足を縛り、ホウキで殴ったり崖から突き落としたり、7人が小便をかけたりして暴行を加え仮死状態にした。リーダーの名前をつけた「○○一家」と名乗り、同級生を脅したりビー玉の賭け事をさせて金を1万円も巻き上げマンガ本やお菓子を買っていた。逆らう女子には集団で殴る蹴るのリンチを繰り返しており、家の金を盗んで上納していた者もいた。この年の銀行員大卒初任給3千円。
 リーダーはクラス一番の成績で美人、奈良県から一家7人で疎開してきた中流家庭で、少女小説、探偵小説、マンガなどを読み耽る読書家、またお産のマネをするなどませていた。父親は「私の娘が同級の者といっしょにやったことは確かだが親分気取りで命令していたとは絶対無いと思う」と語る。13人を暴行恐喝容疑で家庭裁判所へ書類送致。
 福島新聞記者インタビュー。
どうしてこんなことしたの
「私なんか何にも知らない」
同級生はあんたが命令してやったといってるが
「命令なんてした覚えはない」
あんたが頼めばみんないうことをきいたでしょう
「うん、頼めばきいた」
三月五日の出来事はあんたがやらしたの
「みんなと一緒にいたけど私は何もしない」


昭和24年(1949).3.8〔高1(満16〜17歳)ら2人組が刺傷〕
 福島県平市で、県立高校1年生(18)2人が県立工業高校生(19)を殴り、もうひとりの腕をナイフで切ってから殴って骨折させ2ヶ月の重傷を負わせて逃走、すぐに逮捕された。卒業式直後の工業高校生10人を呼び出していきなり襲ったもの。1年前までこの工業高校に通っていたが不良のため退学して転校していた。また二校は日頃から対立していた。


昭和24年(1949).3.10〔高2(満17〜18歳)ら14人組が集団リンチ〕
 福島県田村郡で、農業高校2年生(19)14人が同級生(21)を神社に連れ出して殴る蹴るのリンチを加えて1週間の傷害を負わせて逃走、身柄不拘束のまま警察が取り調べて家庭裁判所へ書類送致。2.18に1年生(19)にリンチを加えたことを被害者が教師に告げて停学になったため、復讐を謀ったもの。


昭和24年(1949).3.11〔早大2年生(満18〜19歳)が裕福なのにスリ〕
 東京都武蔵野市の早大政経学部2年生(20)が、電車通学中に30件5万円のスリを繰り返し捕まった。月に5千円の仕送りを受けていた。この年の銀行員大卒初任給3千円。


昭和24年(1949).3.12〔少年院から集団脱走〕
 東京杉並区の東京少年鑑別所が放火されて全焼し、66人が集団脱走した。2.24にも放火があり、84人が脱走するなど、この年になってから集団脱走はすでに9件起こっていた。


昭和24年(1949).3.24〔17歳(満15〜16歳)ら2人組強盗殺人〕
 東京都杉並区で老人(60)が刺身庖丁で殺害され、衣類が奪われた。トランクと風呂敷包みを持った男(20)と少年(17)を警官が職務質問し逮捕した。





昭和24年(1949).4.8〔19歳(満17〜18歳)ら博徒3人が縄張り争い殺人〕
 長野県下高井郡の穂波温泉で、博徒(19,21,33)3人が敵対する博徒親分(48)を匕首で刺殺、翌日逮捕された。縄張り争いから殴り込みをかけたもの。


昭和24年(1949).4.15〔19歳(満17〜18歳)ら2人組が強盗殺人〕
 東京都足立区の洗剤商宅で、少年(19)と男(23)が女性をタオルで絞め殺し、衣類20点を奪って逃走、すぐに逮捕された。少年が男を誘ってやったと自供。


昭和24年(1949).4.20〔18歳女店員が青酸カリで自殺。恋仲の男も後を追う〕
 東京都台東区練塀町の喫茶店で、デパート女店員(18)がラムネに青酸カリをいれて飲み、自殺した。恋仲の同僚(19)が店で盗みをして首になり、心中を図るも男が拒否。あてつけに自殺したもの。胸には男の名前を入れ墨していた。6日後の26日には男も後を追って自殺。少女が妊娠していたことに責任を感じてのもの。


昭和24年(1949).4.23〔高2のカップル2組が心中未遂〕
 広島県広島市似島にある安芸富士で、島根県出身の高校2年生のカップル2組(いずれも18)が服毒自殺を図った。命に別状は無いが意識不明。その場所には前日、自動車で来ていた。


昭和24年(1949).4.26〔小五が中心、小学生窃盗団〕
 東京都で小五が中心、小学生窃盗団。


昭和24年(1949).4.29〔肉体の門遊び 朝日新聞引用〕
東京の下町の子供達の間に"肉体の門"という遊びが流行りはじめた。女の子が両手をしばられてつり下げられ、上衣をはいで男の子がリンチを加える。男の子はシンから憎らしいそぶりをみせ、女の子は深刻に痛い表情をしてみせるすさまじい熱技。この話を聞いた新橋の小学校長は「近ごろの学童は聞いた話や見た場面をすぐ自分達の動作に訴えたがる。教師の眼の届かないところはPTAが強く働いてくれないと、とんでもないことになります」(朝日4・4)


昭和24年(1949).4.29〔20歳(満18〜19歳)ら3人組が70件500万円の盗み〕
 東京都上野の地下道をアジトとした少年窃盗団のリーダー“地下道の坊や”(20)が捕まった。変装用具と秘密探偵社の社員証を持って、昨年7月から70件500万円を盗んでカフェー女給(19)に貢いでいた。この年の銀行員大卒初任給3千円。


昭和24年(1949).5.11〔中3の2人が学校に放火〕
 埼玉県浦和市の中学校で、3年生2人が放火して12月に捕まった。登校が嫌でタバコの火で紙くずに火を付けたもの。


昭和24年(1949).5.17〔21歳(満19〜20歳)女ら3人組が医師を脅迫〕
 大阪府大阪市西成区の半年前に麻薬で捕まった医師方に「麻薬事件に関して、20万円持ってこい」という脅迫状が届けられた。神戸女子薬専卒業の女(21)が大阪薬専2年生(21)と共謀して、神戸女子薬専生の女(21)に届けさせたもの。指定場所で翌日捕まった。


昭和24年(1949).5.25〔中学生49人が万引き繰り返し捕まる〕
 東京都中野区の3つの中学校の生徒ら49人(13〜17)が万引きを繰り返して捕まった。5,6人が組になり50軒以上の菓子店や果物店を襲い、半年間毎日盗まれ閉店に追い込まれた店もあった。


昭和24年(1949).5.25〔結構稼いでいた靴磨き少年〕※参考
 東京都丸の内署が靴磨き少年の実態調査。1日十時間以上、月に25日働き、商売道具の仕入れで搾取されるが、それでも月に純益6千円から1万5千円も稼いでいる。この年の銀行員大卒初任給3千円。父親がいないか病気などで一家を支えている少年が多い。


昭和24年(1949).5.26〔7歳の少女に性病をうつす〕
 東京都警視庁の「少年犯罪検挙週間」で1529人の少年が検挙された。「10万円を庭のエノキの3番目の枝に置け」と隣家に脅迫状を送り騒ぎを喜んでいた外交官の子息の中学1年生(14)や、7歳の少女に性病をうつした18歳の少年など。


昭和24年(1949).6.3〔19歳が一家4人を強盗殺人で死刑〕
 福島県石城郡高久村の開墾入植者宅で、少年(満19歳)が強盗に押し入って、夫婦、長男(9)、次男(4)の一家4人を就寝中にナイフで全身めった切りにして殺害。金に困ったもの。昭和26年7月、死刑確定。


昭和24年(1949).6.10〔14歳子守女子が幼児2人殺害、1人殺人未遂と放火〕
 茨城県真壁郡で、子守女子(満14歳)が負ぶっていた女の子(3)の襟を引っ張って窒息死させた。3月に栃木県芳賀郡の小学校を卒業して子守に出され、この子が死ねば家に帰れると思ったもの。病死と診断されて実家に帰ったが、翌昭和25年5.10に真壁郡の違う家に子守に出され、家が焼ければ帰れると思い5.18に放火して全焼させ、6.1に男の子(3)を殺害しようとして意識不明としたが手当てを受けたため未遂に終わった。すぐに他家に子守に出され、女の子(1)を絞殺、病死と診断されて実家に帰ったが、相次ぐ不審死のため12.18に逮捕され追及されて自白した。


昭和24年(1949).6.27〔中学生(満11〜12歳)ら8人がいたずらで爆死〕
 青森県弘前市で、中学生8人(13〜16)が製氷会社の冷凍庫で遊んでいて、アンモニアのパイプをいたずらで開いたためガスが充満して爆発、全員が死亡した。この会社の社長の3男も含まれており、隠れてタバコを吸うためにもぐりこんだらしく吸殻が落ちていた。社長は遺族にできるだけの賠償をすると語り、とりあえず見舞金1万円と花輪を贈った。この年の銀行員大卒初任給3千円。





昭和24年(1949).7.30〔19歳ら同性愛の女子大生カップルが飛び降り心中〕
 東京都千代田区神田の共立女子大学で、校舎の5階から2人の女子学生(19,22)が飛び降り自殺をした。同性愛関係だったが、19歳が無理に結婚させられそうになり心中したもの。


昭和24年(1949).8.6〔19歳がレイプ殺人 弘前大学教授夫人殺人事件〕
 青森県弘前市で、無職(満19歳)がレイプ目的で弘前大学教授宅に押し入り、妻(30)の喉をナイフで刺して殺害、逃走した。鉄道機関士助手だったが、ダンスとヒロポンに耽溺して職を辞め、5.6には路上で女性(21)に抱き付いてナイフで刺して重傷を負わせる通り魔事件を起こし、7.21と9.2にレイプ目的で病院の看護婦宿直室に侵入して逮捕、殺人はバレずに懲役7年となり服役した。
 8.22にこの少年の友人だった無職男性(25)が弘前大学教授夫人殺人事件の犯人として逮捕され、一審無罪だったが証拠を捏造されて最高裁で懲役15年が確定、服役した。元少年は三島由紀夫事件に感激して昭和46年に真犯人であると名乗り出た。昭和52年2.15に再審で男性の無罪判決が出た。


昭和24年(1949).8.23〔中学生が自動車強盗〕
 東京都新宿区で蛇行運転していたタクシーから血だらけの運転手と中学生(17)が飛び出し格闘となった。運転手は指を5本切断されて瀕死の重傷。遊ぶ金欲しさの犯行。


昭和24年(1949).8.25〔21歳(満19〜20歳)東大女子職員が生んだばかりの赤ちゃん殺害〕
 東京都文京区の東京大学安田講堂で東大女子職員(21)が朝5時にひとりで出産し、すぐにその男の子を2階から放り投げて殺害した。男との関係がうまくいかず、発作的な犯行。


昭和24年(1949).9.4〔小学校校長が妻を偽装殺人〕※参考
 鳥取県西伯郡の自宅で朝4時で、小学校校長(50)が妻(41)を日本刀で殺害、長女の小学校教師(21)の頭に傷害を負わせ、自分も額に軽症を負った。強盗の仕業と思われ迷宮入りとなったが、再捜査で昭和26年12月に逮捕、12.9に自供した。妻と不仲になり、元教え子で同じ小学校の女教師(29)と浮気をして2人で偽装殺人を計画したもの。


昭和24年(1949).9.5〔18歳ニートが友人母子殺人〕※参考
 北海道札幌市で朝4時で、無職(18)が就寝中の高校2年生の首を包丁で刺して殺害、その母親の胸や腹を滅多刺しにして殺害、4千9百円と通帳を強奪して逃走したが逮捕された。5月に高校を盗みや酒煙草で退学、仕事は長続きせずにぶらぶらしていた。同級生でバスケットボール部の友人だった高2生が、自分が出戻りの女と交際しているという嘘を広めていると聞いたので殺人を計画、包丁を買ってノートに綿密な計画を書き、高2生の家に泊って実行したもの。


昭和24年(1949).9.14〔18歳が覗きで隣りの銭湯一家5人殺害〕
 神奈川県小田原市の銭湯に深夜1時過ぎ、隣家の無職(満18歳)が押し入り、主人(48)、妻(43)、母親(81)、長女(19)をナタでめった打ちにして、次女(7)、長男(4)の首を肉切り包丁で切り、長女を除く5人を即死させた。長女は病院で危篤状態。2月に工場を辞めてからぶらぶらしており、日頃からトラブルが絶えず、3ヶ月前に2階から浴場を覗くので窓をふさいだことに馬鹿にされたと激怒、1ヶ月前から包丁を買って研いでいた。自宅から猟奇小説雑誌が大量に発見された。
 横浜地裁で死刑判決が出て控訴しない手続きをとっていたが、判決を出した裁判官が死刑反対論者で涙を流して上訴を勧めた。結局、昭和27年に最高裁で死刑が確定したが、その年のサンフランシスコ講和条約恩赦で無期に減刑、昭和45年に仮釈放された。
 昭和59年7.8、53歳になった男は東京都杉並区の路上で、中学3年生(14)と2年生(13)の女子2人を登山ナイフでめった刺しにして逮捕された。小学生の時から2人と交際し、家出中の2年生と横浜市のアパートで同棲していたが別れ話をされて、3年生のせいだと疑って3年生の自宅に押し掛けた。そこにいた友人7人に「歳が違い過ぎる」「おじさん帰れよ」などと言われてケンカして家を出て、激怒して2人とも殺そうと呼び出し首や顔などを刺して2ヶ月と3週間の重傷を負わせたもの。殺人未遂で東京地裁は懲役8年の判決を出した。3年生はシンナー遊びで2回の補導歴がある。


昭和24年(1949).9.21〔19歳が強盗殺人〕
 宮城県仙台市の社員寮で、東京音楽学校夜間部生(満19歳)が侵入、男性を殺害して現金320円や衣類27点を強奪して逃走したが、すぐに逮捕された。東京で農業手伝いをしながら学校に通っており、学費に困り兄に借りるために仙台に来たが、兄の貯金通帳や近所の家の金品を盗んだことがあるため行きづらくなり、たまたま目に付いた部屋で窃盗しようとして見つかったため所持していたナイフで胸を刺したもの。死刑が求刑されたが、昭和25年5.21、仙台高裁で無期確定。


昭和24年(1949).9.27〔中3(満14〜15歳)が銭湯の待合室を荒らし、1000万円の盗み〕
 神奈川県川崎市上丸子の中学3年生(16)が、2月から銭湯10軒の待合室を荒らして捕まった。現金やダイヤモンド入り金製バックル(時価70万円)、有価証券約800万円など、40件以上1000万円。ラジオ組み立ての材料欲しさ。優等生だった。この年の銀行員大卒初任給3千円。


昭和24年(1949).9.28〔高1女子が文化祭の心霊術で狂乱〕※参考
 広島県広島市楠木町の私立男子高校の文化祭で、宗教教団で修行している生徒らが指導者を呼んで心霊術の実演をしたが、私立女子高校1年生に掛けた術が解けず、40度以上の熱を出してうなり声を上げたり「わらわは」「父上」などと訳の判らないことを言ったり、3日間も狂乱状態となった。





昭和24年(1949).10.2〔17歳(満15〜16歳)ら7人が子供相手に賭博〕
 東京都中野区野方町で、ポンせんべい屋の三男(17)ら少年7人が花札賭博を開帳して送検された。子供6人から最高で8000円を稼ぎ、払えない者は1時間200円でせんべい屋で働かせていた。


昭和24年(1949).10.31〔17歳(満15〜16歳)電気工が追いはぎ〕
 東京都品川区小山町の路上で、電気工(17)が酔いつぶれていた会社員(45)を殴って2000円を奪い、11.2に捕まった。同僚の女工(24)とホテルに泊まっていたが金に詰まり、女を待たせたまま犯行に及んだもの。


昭和24年(1949).10.1〔19歳らが日本刀で4人を殺害し死刑〕
 長野県南安曇郡の農家に、松下今朝敏(満19歳)、定時制農業高校生(17)の2人が押し入り、就寝中の主人(41)、妻(38)、長男(15)、長女(4)の4人を日本刀で殺害し、腕時計などを強奪、10.30に逮捕された。農業の男(35)が分家の被害者に去年財産分けした田畑が惜しく、金目当ての傷害で執行猶予中だった松下にやらせたもの。
 高校生は殺人で懲役15年、男は殺人幇助で死刑、松下は殺人で1審無期懲役、昭和33年5月に最高裁で死刑が確定したが、7.7に松下は「死刑受執行義務不存在確認請求」の行政訴訟を起こす。死刑執行の方法は明治6年の「太政官布告六十五号」に拠っているが、新憲法により失効している。また、刑法で定められた方法は「絞首」だが、現在行われているのは自分の体重で首が絞まる「縊首」であるとして、死刑を受ける義務はないとしたもの。同時にこの訴訟の判決が出るまで、死刑執行停止の仮処分請求も行い、東京地裁は執行停止決定を出した。
 昭和36年7.16、太政官布告は新憲法のもとでも法律と同じ効力を持つという刑事裁判上の判決が出て、12.5に最高裁は「死刑執行方法の可否は刑事裁判で争うべきことで、行政訴訟として取り上げることは許されない」と訴えを却下した。


昭和24年(1949).10.4〔高1(満14〜15歳)が兄を刺殺〕
 東京都太田区の路上で、高校1年生(16)が兄(24)とケンカしてナイフで刺し殺した。「予科練あがりの兄の軍隊式の仕打ちに反抗した」と自供。


昭和24年(1949).10.17〔16歳(満14〜15歳)が24人に暴行〕
 東京都杉並区の寺の境内で、会社員の次男(16)が仲間に見張らせて4ヶ月のうちに一人歩きの若い女性ばかり24人をレイプして検挙された。夜の女買いを覚えたが金に困ったもの。


昭和24年(1949).10.22〔少年ヒロポン患者急増、薬代欲しさに悪事 朝日新聞引用〕
 好奇心から男女学生にも、ヒロポン中毒者がでる咋今だが、東京都立児童相談所に送られてきた少年男女二千百三十二名についてヒロポン使用率を調査したところ、六割(ヒロポン以外の興奮剤も含む)の多くを数えた。十四歳未満の子供の使用がその六割七分に達し、さらにその八割三分が薬欲しさに施設を脱走して悪事を繰り返している。また十九日、同相談所が上野付近の浮浪児四十六人を収容したが、その八割が使用者で十歳の少年までいた。このうち三割が中毒者だった。「ノガミのトラ」という十三歳の少年は一日八十本のヒロポンを注射、薬代欲しさに五月以来収容所を八回も脱走、毎日五千円以上のスリや空巣を働いていた。むろん、「薬」は劇薬に指定されており、その販売法も制限されてはいるが、中毒患者は違反業者やブローカーの手から一箱(十本入)百二十円ぐらいで簡単に入手できるという。中毒症状が進むと一日数十本注射しなければ我慢できなくなる。(朝日10.22)


昭和24年(1949).10.25〔29歳(満27〜28歳)九大院生が墮胎致死〕※参考
 福岡県筑紫郡の林で、九州大学院生(29)が恋人の小学校女性教師(22)に墮胎手術をして死亡させた。自殺しようとして死に切れずに自首。理論物理学専攻だが、医者の義兄の医学書を読んで去年8月にもこの女性に墮胎手術をしていた。同意墮胎致死罪で懲役10ヶ月、執行猶予3年。アプレゲール学生の事件として話題になった。


昭和24年(1949).11.8〔19歳工員ら6人がアベックを専門に脅す〕
 東京都の神宮外苑や皇居前広場でアベックばかり襲っていた6人組が逮捕された。警官がアベックに変装し、短刀を突きつけてきた工員(21,19)を捕まえたもの。時計、服、現金など数万円を稼いでいた。「ロマンス強盗」と自称していた。


昭和24年(1949).11.12〔16歳(満14〜15歳)ら2人組が野球の口論で友人殺害〕
 東京都中野区の自宅で、新聞配達少年(18)が殺され、友人の17歳と16歳が逮捕された。三人は野球仲間で「プロ野球の一番強いチームはどこか」で口論となり、犯人二人は新聞配達少年に言い負かされた。仕返しのために二人はナタを持って押し入り、顔などをめった打ちにして殺害したもの。
 16歳は逃走先で入っていた仙台刑務所から12.20に東京に移送されたが、日暮里駅で看守の隙をついて逃走した。


昭和24年(1949).11.30〔18歳未満の少年窃盗団72人〕
 東京都の新橋の18歳未満の少年ばかり72人の窃盗団が捕まった。タイプライターや毛布など800件1000万円。


昭和24年(1949).11.30〔20歳(満18〜19歳)が郵便列車強盗〕
 埼玉県の大宮駅で、無職(20)が郵便列車に飛び乗り、拳銃で脅して局員2人を縛り、3人を麻酔薬で眠らせ為替を奪って赤羽駅で逃走、6万円を換金した。拳銃が暴発して局員1人がひじを負傷。12.2に捕まった。
 青森県西津軽郡出身。父は村長や県会議長、政党支部長を歴任した裕福な家庭。2月から11件の強盗を重ねていた。虚言症で東大生や原爆孤児と称し、睡眠薬中毒。自殺未遂を助けられた警官(22)の自宅で世話になっていたが28日に家出、29日に派出所からピストルを盗んで、翌日に探偵小説を元に郵便列車強盗を働いたもの。


昭和24年(1949).12.5〔16歳(満14〜15歳)が女性取り合って19歳刺殺〕
 群馬県北甘楽郡で、少年(16)が19歳をナイフで刺殺した。女性のことを巡ってケンカしたもの。


昭和24年(1949).12.6〔21歳(満19〜20歳)女が麻酔強盗〕
 東京都豊島区池袋で、娼婦(21)が3件の麻酔強盗で捕まった。10月に客に睡眠薬を飲ませて8400円と腕時計を奪い、無職の内縁の夫に貢いでいた。


昭和24年(1949).12.6〔20歳(満18〜19歳)ニートが同性愛の愛人を毒殺強盗〕
 東京都中央区銀座のビヤホールで、無職(20)が店員(38)を殺害、ラジオ、オーバーを奪って逃走したが、古物商に売ったため足がつき12.9に逮捕された。10月に日比谷公園で知り合ってごちそうになったり泊まったりしていたが、金目当てに青酸カリ入りの茶を飲ませたもの。山口県阿武郡出身で、去年東京の大学専門部に入学したが今年の4月に中退、その後も郵便局員の母親の仕送りをもらってぶらぶらしていた。母ひとり子ひとりで息子には期待を掛け、「きょうはあなたの誕生日で赤飯をたき、あなたの写真の前へ供えたが食べてくれないのでさびしかった。どうか一生懸命に勉強して下さい」という手紙を一ヶ月前に受け取っていた。東京地裁で無期懲役判決。


昭和24年(1949).12.14〔高2が3人を強盗殺人〕
 京都府何鹿郡で、綾部高校2年生(満17歳)が近所の会社員宅に押し入り、主婦(41)、長女(15)、次女(11)の頭を丸太で殴って殺害、3千円と腕時計を強奪して逃走したが、翌年1.5に逮捕された。農家の長男で病気のため学校を1年間休学中。探偵小説マニアで、自分の家で隣組集会が開かれていたため主人が家にいないことを確かめ、アリバイ工作をして指紋も残さないようにしていた。中学の時に万引きで停学になっている。  強盗殺人と放火で起訴されたが放火は無罪、懲役10〜15年の不定期刑が確定した。


昭和24年(1949).12.27〔7歳から41年間で少女ばかり百数十人レイプ〕※参考
 大阪府北部から兵庫県尼崎市にかけて少女を標的とする強姦致傷事件が続発し、無職(48)が12.27に逮捕されたが、7歳の時に近所の女の子をレイプしてから41年間で少女ばかり百数十人を襲っていたことを自供した。



※タイトルと本文が同じ短いデータはすべて「〔年表〕子どもの事件 1945-1989」山本健治 柘植書房より引用したもの。※



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我が身を捨て、無実の少年を死刑から救おうとした刑事。彼の遺した一冊の書から、人間の本質へ迫る迷宮に迷い込む!
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『戦前の少年犯罪』少年犯罪データベース主宰・管賀江留郎の本が出ました。
『戦前の少年犯罪』

戦前は小学生の人殺しや、少年の親殺し、動機の不可解な異常犯罪が続発していた。
なぜ、あの時代に教育勅語と修身が必要だったのか?戦前の道徳崩壊の凄まじさが膨大な実証データによって明らかにされる。
学者もジャーナリストも政治家も、真実を知らずに妄想の教育論、でたらめな日本論を語っていた!


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戦時に起こった史上最悪の少年犯罪<浜松九人連続殺人事件>。
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なぜ、あの時代に教育勅語と修身が必要だったのか?戦前の道徳崩壊の凄まじさが膨大な実証データによって明らかにされる。
学者もジャーナリストも政治家も、真実を知らずに妄想の教育論、でたらめな日本論を語っていた!

『戦前の少年犯罪』 目次
1.戦前は小学生が人を殺す時代
2.戦前は脳の壊れた異常犯罪の時代
3.戦前は親殺しの時代
4.戦前は老人殺しの時代
5.戦前は主殺しの時代
6.戦前はいじめの時代
7.戦前は桃色交遊の時代
8.戦前は幼女レイプ殺人事件の時代
 9.戦前は体罰禁止の時代
10.戦前は教師を殴る時代
11.戦前はニートの時代
12.戦前は女学生最強の時代
13.戦前はキレやすい少年の時代
14.戦前は心中ブームの時代
15.戦前は教師が犯罪を重ねる時代
16.戦前は旧制高校生という史上最低の若者たちの時代




少年犯罪データベース

13歳以下の犯罪

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少年犯罪統計データ

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少年のレイプ統計グラフ

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子どもの犯罪被害データーベース



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主要参考文献

〔年表〕子どもの事件 1945-1989

戦前の少年犯罪

戦後死刑囚列伝

新聞集成昭和史の証言

新聞集成昭和編年史

日本の精神鑑定

日本長期統計総覧

年表 昭和の事件・事故史

昭和史全記録 1926〜1989

値段史年表 明治・大正・昭和

事件・犯罪大事典 明治・大正・昭和

20世紀にっぽん殺人事典

青少年非行・犯罪史資料1-3

教育事件・論争史資料

朝日新聞縮刷版

読売新聞縮刷版

毎日新聞縮刷版

警察白書

犯罪白書






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少年犯罪データベースが参考文献として掲載されています。



少年犯罪データベースのデータが引用されています。