昭和30年(1955)の少年犯罪





昭和30年(1955).1.1〔19歳大学生ら8人組が集団レイプと万引き〕
 秋田県本荘市の旅館で、秋田大学鉱山学部2年生(20)、秋田短大1年生(19)、日雇い(19)、無職(18,19,19,20,28)の8人が少女(18)を強姦、少女は裸のまま二階から飛び降りて逃走、世間体を考えて通報しなかったが警察が嗅ぎ付けて、1.26までに全員逮捕された。新年会と称して少女を電話で呼び出していきなり襲ったもの。秋田大生をリーダーとして去年9月にグループを結成し、本や服など54万8千円相当の万引きも繰り返して質屋に入れて遊興費にしていた。強姦の余罪も取り調べ。この年の大卒銀行員初任給5,600円。


昭和30年(1955).1.3〔17歳ニートが駅で友人刺傷〕
 東京都足立区の京成関屋駅で、無職(17)が工員(18)の首をジャックナイフで切って瀕死の重傷を負わせて逮捕された。友人同士だったが競馬場で挨拶をしたしないのケンカになり、電車のドアが開くと同時に刺したもの。


昭和30年(1955).1.4〔19歳が祖父母殺人未遂〕
 茨城県水海道市の自宅で朝4時過ぎ、少年(19)が就寝中の祖父(82)と祖母(72)の額を包丁で切り付けて1週間と2週間の傷害を負わせて逮捕された。


昭和30年(1955).1.4〔18歳が父親切る〕
 茨城県土浦市の農家で、少年(18)が父親(41)の額をナイフで切り付けて10日間の傷害を負わせて逮捕された。遊びに行くのを叱られたもの。


昭和30年(1955).1.4〔小5が怨んで友人宅に連続放火〕
 長野県松本市で夜8時、小学5年生(12)が友人の中学3年生の家に放火、すぐに消し止められた。マンガ本2冊を貸したが返さないため。続けて小学6年生2人それぞれの家に放火、すぐに消し止められた。遊び仲間に入れてくれないことを怨んだもの。3人兄弟の長男で、成績は良く、学校では問題なかったが、近所では暴力を振るうことがあった。翌日に補導され、児童相談所に送って精神鑑定を受けることになった。


昭和30年(1955).1.6〔高2が自殺〕
 長野県松本市の御殿山山頂で、深志高校2年生(17)がカミソリで首の両側と両手首を切って自殺した。成績はトップクラスだった。


昭和30年(1955).1.8〔19歳が嫌がらせのため自殺〕
 宮城県牡鹿郡で、少年(19)が猫イラズを飲んで自殺した。オートバイが欲しいと父親に云ったが反対されたため嫌がらせのために親戚宅で服毒したもの。


昭和30年(1955).1.9〔19歳ニートが自宅放火〕
 宮城県宮城郡の自宅で、無職の長男(19)が放火して60万円の損害を与えて逃走した。働かずに裏の牛小屋に寝泊まりしていが父親に取り壊されて逆上したもの。


昭和30年(1955).1.9〔18歳が空気銃で撃つ〕
 東京都南多摩郡の路上で、男子(18)がオート三輪で走行中の店員(22)の足を空気銃を撃って1週間の傷害を負わせて逮捕された。


昭和30年(1955).1.11〔18歳が傷害致死〕
 千葉県船橋市の路上で、パチンコ店店員(18)が男性(28)を突き倒しコンクリートで頭部を強打させ、男性はその日の深夜に自宅で死亡、傷害致死容疑で逮捕された。店で「玉が出ない」と絡んできたので店外に連れ出したが、男性が首を絞めてきたので押し倒したもの。


昭和30年(1955).1.12〔中3女子ら4人が桃色交遊で高校生11人が抗争〕
 福島県福島市で、3年生(18)ら福島高校生7人が傷害容疑で任意出頭して取り調べ。去年の7月から福島大学付属中学3年生女子(16)ら4人の女子と公園やビル屋上で桃色遊技を続けていたが、女子が福島商業高や福島工業高の1,2年生4人とも付き合っていることが判って学校や映画館でケンカを繰り返していたもの。相手の4人も取り調べ。


昭和30年(1955).1.12〔中3ら6人が窃盗と集団リンチ〕
 新潟県新潟市で、中学3年生(16)ら中学生6人組が窃盗で逮捕された。昨年10月から靴屋でバスケットシューズなど10足を盗んでいた。ほとんどが中流以上の家庭で放任されており、スリルを求めた犯行。同級生や下級生20人以上をトイレなどに連れ込んで集団リンチも加えていた。


昭和30年(1955).1.14〔小4が友人を弓矢で失明させる〕
 神奈川県川崎市で、小学4年生(10)が小学1年生(7)の左目を弓矢で射抜いて失明させた。一緒に遊んでいたもの。被害者の親が翌日警察に届けた。


昭和30年(1955).1.15〔大学3年生が裕福なのに恋人と万引き〕※参考
 神奈川県横浜市で、神奈川大学経済学部3年生(22)と恋人の無職女(20)が万引きで逮捕された。同棲して、昨年1月から百件30万円相当を盗み、親からの仕送り1万円は貯金して暮していた。この年の大卒銀行員初任給5,600円。


昭和30年(1955).1.17〔中3が空気銃で小学生撃つ〕
 青森県黒石市の路上で、中学3年生(16)が空気銃を撃っていて通行中の小学6年生(13)の眼の下に当たって病院で弾を摘出したが1週間の傷害となった。傷害で取り調べ。


昭和30年(1955).1.20〔19歳がケンカで刺傷〕
 神奈川県平塚市の喫茶店で、少年(19)が洗濯店外交員(20)の腹をナイフで刺して3週間の傷害を負わせ逮捕された。酒を飲んでいる時に仲間の無職(28)が外交員とケンカになったので加勢したもの。


昭和30年(1955).1.20〔流行する高校生の喫煙 黙認する教師も 父兄の中にも放任者 読売新聞三多摩版引用〕
 高校生の喫煙問題は以前から父兄や教育者などの間で対策が論議されてきたが、いまだに完全な対策がたてられないばかりか、最近いよいよ自由をはき違えた高校生たちによって喫煙が流行、なかには取り締まるべき教師が黙って見過ごしている例さえあるといわれる。


昭和30年(1955).1.22〔小5が大金恐喝〕
 栃木県河内郡で、小学5年生(11)が恐喝で捕まった。去年10月から同級生10人以上を脅して一回千円から4千円を要求、被害者は殴られるのを恐れて家から盗んで渡していた。判明しているだけで総額4万円の被害で、飲み食いに使っていた。中流農家で金には困っておらず、両親もそろっており、4人兄弟の長男。この年の大卒銀行員初任給5,600円であるから、4万円はいまの150万円ほど。10月に同級生から千円を脅し盗ったことが発覚し、担任と教頭が特に注意して毎日指導していたが、その目を盗んでの犯行だった。


昭和30年(1955).1.23〔小5が矢で友人失明させる〕
 栃木県小山市の路上で、小学5年生(11)が放った竹の矢が4年生(10)の右目に刺さって失明する2ヶ月の重傷を負わせ、警察が取り調べ。友達3人と弓や刀で戦ごっこをしていたもの。


昭和30年(1955).1.25〔高3ら14人が桃色グループ〕
 福島県田村郡で、県立高校3年生男子(18)10人と3年生女子4人が桃色グループを結成、毎晩のようにそれぞれの家に泊まって酒や煙草に耽っていることが発覚して警察が取り調べを開始した。全員が中流以上の家庭で成績も中以上、親は子どもに無関心で放任していた。


昭和30年(1955).1.25〔中2が同級生を空気銃で撃つ〕
 山梨県中巨摩郡の路上で、中学2年生(13)が自転車で通行中の同級生(14)の大腿部を空気銃で撃って1週間の傷害を負わせ、翌日捕まった。警察は厳重戒告のみで帰宅させた。


昭和30年(1955).1.26〔中高生のダンスパーティー券の被害〕
 東京都の警視庁少年課は、都内中高生のダンス・パーティー券押売り被害の実態調査結果を発表した。被害件数は2,265件、被害者は中学40校、高校178校の1,875人で、男子生徒は85.7%、女子生徒は14.3%、高校3年生が四割。加害者は他校生が多く、町の与太者、同級生、卒業生など数名のグループに、帰宅時の映画館や喫茶店など盛り場で、脅されたり暴行を受けたりして買わされている。1人で百枚押売られた高校生も。


昭和30年(1955).1.26〔中2が手榴弾を教室で爆発させる〕
 北海道網走市の中学校で、2年生(15)が手榴弾を教室のストーブの上に置いて遊んでいて爆発、付近にいた5人が顔などに10日間のケガを負った。海岸で拾ってきたもの。


昭和30年(1955).1.26〔母親が長女虐待で重態〕※参考
 神奈川県三浦市の自宅で、母親(28)が長女(8)を虐待して傷害容疑で逮捕された。結婚せずに産んだ長女をすぐに施設に預けて働き、5年前に違う男と結婚して次女を産み、去年長女を引き取った。しかし、なつかないため夫のいない時は焼き火箸を押し当てたり殴る蹴るの暴力を加え、食事も与えず、体重は10キロもなく重態。路上のミカンの皮を食べているのを見た近所の住民が通報した。


昭和30年(1955).1.27〔27歳警官が振られて女性を射殺〕※参考
 栃木県塩谷郡の路上で早朝、巡査(27)が飲食店従業員女性(34)の胸をピストルで3発撃って殺害、自分の喉を撃って自殺を図ったが命を取り留めた。店に通い詰めて結婚の約束をしていたが、前夜に他の客を相手にして冷たくされたのでカッとしてピストルを取りに戻って店の前で帰宅する女性を待ち伏せしたもの。酒癖が悪かった。


昭和30年(1955).1.27〔19歳が継母と義妹を殺害〕
 山形県西村山郡の農家で、三男(19)が就寝中の継母の頭を柄の長さ60センチの木槌で殴って殺害、添い寝していた継母の連れ子の女の子が泣き出したので紐で絞殺、自首した。5年前に後妻に来てから連れ子と継子を差別するので仲が悪く、父親(50)と祖母が泊まりがけで出掛けたので殺す計画を立てたもの。


昭和30年(1955).1.28〔19歳東大受験生が自殺〕
 千葉県松戸市で、浪人生(19)が常磐線電車に飛び込み自殺した。去年に土浦高校を2番の成績で卒業、東大文科を受験したが失敗し、今年も東大を目指していたが数日前の模試の成績が悪かったのを悲観したもの。


昭和30年(1955).1.29〔26歳が働けと云われて父親蹴り殺す〕※参考
 栃木県小山市の自宅で、ブリキ職人(26)が父親(72)を投げ飛ばしてから胸を蹴って肋骨6本を折り、2.5に死亡させ、その日に傷害致死で逮捕された。酒を飲んで帰宅すると、家で酒を飲んでいた父親が、「商売もせず遊んでばかりいるから寒空に着物も買えないのだ」と叱ったためカッとしたもの。


昭和30年(1955).1.31〔中1が叱られて兄を射殺未遂〕
 広島県高田郡で、中学1年生(13)が兄(20)の左手首と左足を猟銃で撃って1週間の傷害を負わせて殺人未遂で補導、児童相談所に送致された。1.29に家の金千九百円を持ち出して広島市で遊んでいたので兄に叱られ、殺そうと計画して中学校校庭に呼び出して二発撃ったもの。この年の大卒銀行員初任給5,600円。


昭和30年(1955).1.31〔中1が五・一五事件の息子と言われスリや置き引き〕
 大分県大野郡から家出して、汽車の中で約40件5万円の置き引きやスリを働いていた中学1年生が上野駅で補導された。五・一五事件に加わった陸軍士官候補生の長男。孤児になり親戚や施設などをたらい回しにされたが「大臣殺しの息子」と冷遇されて非行に走り、別府の病院で1万7千円の置き引きをしたのをきっかけに去年の11月に家出していた。この年の大卒銀行員初任給5,600円。


昭和30年(1955).1.31〔18歳ニートが自宅放火〕
 宮城県栗原郡の農家で、長男の無職(18)が放火して4棟全焼させ逮捕された。働かずにぶらぶらしていることを父親に叱られており、この日は映画を観て夜中帰宅し家族が寝て戸が閉まっていたためカッとしたもの。


昭和30年(1955).1.31〔高3が飛び込み自殺〕
 秋田県秋田市の羽越線で、定時制高校3年生(18)が列車に飛び込み自殺した。「この世の中は罪悪のかたまりだ。もはや生きる望みを失った。詩を抱いて鉄路の露と消える」という遺書を残していた。おとなしい性格で、文学好きだった。


昭和30年(1955).1.31〔中学生が空気銃で友人失明させる〕
 山形県北村山郡で、中学生(14)が撃った空気銃の弾が小学5年生(11)の右目に当たって失明させた。過失傷害で取り調べ。友人5人で遊んでいたもの。


昭和30年(1955).1.31〔高1ら良家の子女の窃盗団〕
 東京都渋谷区で、慶応高校1年生(17)や都立高らの高校生5人と18歳の少女1人が、7件10万円の窃盗を働いて逮捕された。ピストルで新宿の映画館を襲う計画を立て白マスク姿で実行しようとしたが人通りが多いため未遂に終わっていた。
 会社社長、銀行支店長、消防庁高官などの中流以上の家庭の子女たちで、銀行員大卒初任給5,600円の時代に月1万円の小遣いをもらっていたが色街の遊びを覚えて金が足りなくなったため、知り合った無職男(24)の指図のもとに盗みをするようになっていた。


昭和30年(1955).2.1〔中3が授業中に同級生刺す〕
 群馬県吾妻郡の中学校で、3年生(15)が同級生(14)の胸を小刀で刺して3週間の傷害を負わせた。工作の事業中に、小刀でシノを削っているところへ歩いていって覗き込むと、「うるさいから向こうへ行け」と刺したもの。深さ5センチで肝臓まで達しているが、刃物を持ったまま押してしまった不注意による事故として処理された。仲のいい友人同士だった。


昭和30年(1955).2.2〔19歳が福笑い強盗殺人で死刑〕
 東京都八王子市の小料理屋で深夜1時、無職(19)と無職(20)が経営者女性(41)を殺害、現金1万7千円と通帳を強奪して逃走、26日に逮捕された。少年院で知り合いだった2人は1.20にたまたま再会して強盗を計画、顔見知りの経営者女性を訪ねて、福笑いで目隠しして遊んでいるときに絞殺したもの。ほかにも強盗殺人未遂を犯しており、昭和34年6.16に最高裁で2人とも死刑確定。


昭和30年(1955).2.3〔小6が切腹ごっこで重態〕
 東京都大田区の小学校で、小学6年生(12)が休み時間の教室で「腹を切るときはこうするのだ」とナイフで切腹のマネをしていたが、机にぶつかって倒れて刺さり、重態となった。


昭和30年(1955).2.3〔通り魔がトイレで女性切る〕※参考
 北海道小樽市の市場トイレで、23,4歳くらいの男が用便中の女工(24)の首と手を刃物で切って1週間の傷害を負わせて逃走した。


昭和30年(1955).2.4〔19歳が列車内で自殺〕
 新潟県で、見習い看護婦(19)が走行中の電車内で服毒自殺した。前日に埼玉県北葛飾郡の病院から失踪していた。


昭和30年(1955).2.6〔中2が自殺〕
 栃木県日光市で、中学2年生(14)が走行中の東北本線急行内でカルモチンを飲んで自殺した。宮城県古川市の農家の三男で、2.4に遺書を残して家出していた。成績はよく内向的で、ユダヤ教に興味を持っていた。


昭和30年(1955).2.7〔中2が空気銃で重傷負わせる〕
 青森県上北郡で、中学2年生(14)が撃った空気銃の弾が近くでスキーをしていた少年(14)の眼鏡に当たってガラスが眼に刺さって3ヶ月の重傷を負わせた。


昭和30年(1955).2.9〔27歳ニートが父親に瀕死の重傷を負わされる〕※参考
 福島県大沼郡の農家で、父親(72)が四男(27)の頭をナタで殴って重態として殺人未遂で逮捕された。四男はなまけもので働かず、この日も朝寝をしていたので叱ると「寝ているのは俺の勝手だ」と答えたのでカッとしたもの。去年の3.5にも3ヶ月の重傷を負わせていた。7人家族の中流以上の農家だった。


昭和30年(1955).2.9〔中2が母を喜ばせようとテレビ盗む〕
 東京都台東区で、中学2年生(14)がラジオ商から10インチのテレビ(7万円相当)を盗んで2.14に逮捕された。人夫の父は競輪、競馬に夢中で母と仲が悪く、不憫に思った少年が母にプレゼントしたもの。出所については、明治キャラメルの懸賞に当たったとウソをついていた。この年の大卒銀行員初任給5,600円。


昭和30年(1955).2.10〔16歳が自宅放火〕
 群馬県多野郡の農家で、四男(16)が放火、全焼させて逃亡したが翌日逮捕された。身持ちが悪いことを父親に叱られ、学校に行くと云って映画を見てから夜に自宅に火を付けたもの。


昭和30年(1955).2.10〔25歳ニートが両親を強盗殺人〕※参考
 東京都足立区の実家で、無職の次男(25)が父親(63)の両手足を紐で縛ってから電気コードで絞殺、母親(55)に気付かれたので翌日同じ方法で殺害、死体を押し入れに隠して3万1千円の預金通帳を強奪した。両親と同居している兄には親戚宅に行ったと嘘をついて温泉で豪遊、2.28に死体が発見されて発覚、警察が自宅に来たため逃走、近くの旅館で睡眠薬自殺した。妻と娘(3)がいるが働かず、日頃から家の物を持ち出して父親とケンカしており、ヒロポン中毒だった。


昭和30年(1955).2.11〔26歳が幼女レイプ殺人〕※参考
 富山県高岡市で、土木作業員(26)が女の子(6)をレイプしてからコタツに押し込み火傷を負わせ一酸化中毒で殺害、2.24に逮捕された。女の子は金沢市在住だが、小児麻痺で足が悪く治癒のため女性祈祷師宅に預けられており、祈祷師に留守番を頼まれた男がエロ本に刺激されて就寝中の女の子を襲ったもの。男は無口でおとなしく評判がよかったが、自宅にはエロ本のサディズムの絵の切り抜きを多数所持していた。


昭和30年(1955).2.12〔横道へ行く?"郵便友の会" 男女生徒で待ち合わせも 川越女子高の職員会議 設置を無期延期〕
国内は無論、万国のお友達と文通してお互いに人格、教養の高揚を図り、友情を深めて世界の平和、社会愛の運動に貢献する目的で発展している郵政省肝入りの「郵便友の会」が、一部はき違えた考えから横道にそれた傾向があるとたまたま設置を許可するかどうかで開かれた県立川越女子高職員会議で問題となり設置反対職員もあって結局無期延期となり、今後のあり方に話題をなげかけている
郵便友の会は二十四年名古屋東海高校に誕生、その後郵政省でもこれを後援し、学校、学級単位にグループを作ってお互いグループ宛に郷土の頼りなどを盛った手紙のやりとりを行い、世界のお友達ともこの会を通じて楽しい国がら、風俗、産物などの紹介から時にはめずらしいヤシの実なども送られてくるほどなごやかに発展してきた、ところが最近は個人名簿によって直接個人でやり取りを行い、これがこうじて何時どこで待っているからという男女生徒間の待合せまでに発展していることもあるという、こうした事実を一父兄から耳にしたため女子高では結局無期延期ということになったもの
増田川越郵便局郵便課長談「お互いに手紙を通じて美しい友情を生きるのが建前となっているので一人でもこうした悪用者が出ると何十万の人が困る」
女子高某教官談「実情をよく調べてから考えるが今のところ父兄からの批判もあり無期延期しました」
吉崎女子高PTA会長談「精神をはき違えてはこまる、よく考えて設置するかどうかを進言したい」


昭和30年(1955).2.13〔高校生むしばむヒロポン 17才に最も多い 埼玉新聞〕
 埼玉県衛生部が県下の保健所と高校の協力を得て高校生二万八千人を調査、男子83人、女子12人の計95人が経験者だったことが判明した。半数以上が17歳以下。夜更かし勉強のため25人、好奇心から8人、友人の勧め7人など。一日五十本以上打っている者も二人いる。


昭和30年(1955).2.13〔大半は高校生 青函管内定期券の変造 読売新聞北海道版引用〕
青函局では最近列車通学の高校生のうち定期券を変造して不正乗車する者が急増しているので、監視を厳重にするとともに強硬手段をとることになった。定期券の不正使用は昨年十一月までは月四、五件どまりであったが十二月九件一月は十件と倍増、ほとんどが高校生で占めている。「家庭の貧困から」が一、二あるが大部分は親からもらった定期券代を小遣い銭にかえ窮余の末に定期券を盗んで名義を書き替えたり、期限が切れた定期券の日付を変造するなど悪質なもの。
鉄道側は営業規則違反で追徴金を請求、月賦支払で解決したのもあるが、まだケリがつかぬものが十件もあり「民主主義の世の中だから、子供がやった事は子供が責任を負うべきだ」といってつっぱねている親もいる。
▽上磯町から函館の某高校に通学する学生(一七)は昨夏列車内で同町○○さん(五九)のフロシキ包から定期券を盗み、名義を書き替えて使っていたことがわかり追徴金二万六千八百円を請求され保護者が分割払することでケリがついた。 ▽亀田郡○○村○○の高校生(一八)は桔梗−大野間の定期券を函館−大野間に変造して使用していたが先月九日つかまり追徴金二百円を要求された。ところが父親は「民主主義の世の中で子供のことは子供が」というわけで応ぜず函館簡易裁判所に持ちこまれている。


昭和30年(1955).2.13〔26歳が幼女レイプ殺人 薬子ちゃん殺し〕※参考
 福岡県嘉穂郡の神社で、無職(26)が女の子(5)をレイプ殺人。一審では死刑が求刑された。


昭和30年(1955).2.14〔19歳ニートが強盗傷害〕
 栃木県宇都宮市で、無職(19)が質屋に押し入り主人の叔母(57)の頭をナタで滅多打ちにして一ヶ月半の重傷を負わせ、自分が質入れしていたズボンと靴を履いて逃走、翌日自首した。怠け者のため定時制高校を中退、洋服店に勤めたが辞め、1.4に兄の元から家出してダンスや桃色遊技に耽って遊興費欲しさに強盗に入ったもの。両親は小六のときに亡くなっている。


昭和30年(1955).2.15〔小4が授業中に同級生刺す〕
 群馬県多野郡の小学校で、4年生(12)が授業中に前の席の同級生(12)の左腕をナイフで刺した。教師(23)はナイフを見て怒ってふたりを廊下に立たせたが、刺された男子はケガをしたことを云い出せず、放課後帰宅して血だらけになっているのを母親が見つけて病院に連れて行って2針縫った。2人は仲が悪く、これまで二度もケガをさせられていた。学校は警察にも知らせず内密にしていたが発覚して問題となった。


昭和30年(1955).2.15〔伝書バト熱と犯罪 毎日新聞引用〕
 戦後の世相があまりにも青少年にとって楽しみのないものだったためか、中・高校生の少年たちの伝書バトの飼育熱は大変なもの。特に都会地では異常なほどである。それにつれてハトにまつわる少年たちの犯罪も数を増やしている。千葉県市川市では中学2年生A(14)ら8名が、Aを親分に伝書バト窃盗グループを組織、昨年11月から約100羽50万円相当を盗みハト屋や友人に売っていた。少年らは電車の中からあらかじめハト小屋を物色し、夕方ハトが運動から帰ってバタバタ騒いでいるときを見計らい、洋服のポケットに穴をあけてそこにハトを入れて持ち去っていた。
 少年たちの家庭はいずれも貧しく、売り払った金で映画や買い食いに使っていた。また東京・大田区のハト泥棒はいずれも15歳前後の子供たちばかりだったが、この子らも家が貧しくて買えぬため、たった一羽のハトを盗み出したというあどけない事件も起きている。
(毎日新聞2.15)


昭和30年(1955).2.17〔高3が強盗殺人未遂〕
 福島県会津若松市で朝10時、高校3年生(18)が質屋に押し入り、主人の長男の妻(30)の頭をいきなり日本刀で2回切って1ヶ月の重傷を負わせ、主人の妻(55)の頭を日本刀で3回切って2ヶ月の重傷を負わせ何も盗らずに逃走、翌日強盗未遂と傷害で逮捕された。大沼郡の農家の四男だが学校に通うためひとりで会津若松市に下宿していた。下宿の主人にあいさつもできないほど無口でおとなしい性格で、部屋に閉じ籠もって勉強して成績は優秀だったが、ダム補償で多額の金が入り、去年の暮れから不良10数人が試験勉強と称して入り浸って酒を飲んで女子高校生もまじえて桃色交遊に耽るようになった。大卒銀行員初任給5,600円の時代に8千円の仕送りをもらっていたが、風俗店やパチンコで足りなくなり、日本刀を質入れしようと何軒も廻ったが断られたため金を強奪しようとしたもの。


昭和30年(1955).2.17〔父親が妻子刺殺〕※参考
 神奈川県船橋市の自宅で、青物店員(30)が妻(24)、長男(2)、次男(生後4ヶ月)を果物ナイフで刺し殺し、鉄道自殺しようと線路をさまよったが死に切れずに翌日逮捕された。神経衰弱の妻とは日頃からケンカしていたが、食事のことで妻の頭を殴ると包丁を持ち出してきたのでナイフで喉を刺し、子どもたちが不憫だと思って続けて殺害したもの。千葉地裁は懲役七年の判決。


昭和30年(1955).2.18〔5歳がこずかいもらえず放火〕
 宮城県桃生郡の農家で、四男(5)が物置に放火して10万円の損害を与えた。母親にこずかいをねだったがもらえなかったので、マッチで火を付けたもの。この年の大卒銀行員初任給5,600円。


昭和30年(1955).2.19〔17歳が空気銃で重傷負わす〕
 宮城県古川市の路上で、少年(17)が友人と空気銃を奪い合っていて暴発、側にいた中学2年生(14)の太ももに命中させ1ヶ月の重傷を負わせた。


昭和30年(1955).2.20〔中2が兄殺害〕
 福島県須賀川市の自宅で、中学2年生(14)が兄(26)をナイフで刺して殺害、傷害致死で逮捕され、殺人容疑で書類送致された。ケンカして組み伏せられたのでカッとしたもの。中流以上の魚屋の四男で、体が大きく柔道部の主将をしていた。兄は知能が低く凶暴性があり、日頃から兄弟ゲンカが絶えなかった。


昭和30年(1955).2.21〔中2ニートが心中〕
 青森県三戸郡のリンゴ小屋で、中学2年生(14)が酸素液を飲んで自殺、友人(15)は命を取り留めた。継母を嫌って家出して盗みなどを繰り返しており、落第して学校にはほとんど行っていなかった。友人は去年中学を卒業したが病弱で気弱で、中2生の云うままに遺書を書いて心中の道連れにされようとしたもの。
担任と校長談「親切にめんどうをみてやろうとすればするほど逃げ回るような子供でした。最近は学業がきらいだといって登校しないので親類の家で農作業を手伝わせ勤労を通じて更生の道を開かせようと考えていました」(談話は読売新聞青森版引用)


昭和30年(1955).2.22〔19歳が盲目の姉の子を絞殺〕
 東京都江東区の荒川の土手で、工員(19)が姉の長男(1)を絞殺、死体を抱いたまま派出所に行って自首した。同居している姉の子は生まれつき盲目で、工員は日頃から不敏に思っていた。子供が原因で姉夫婦がケンカしているのを見て、この子を殺して自分も姿を消すのが一番良いと決心したもの。「お姉さまお許しください。この子の幸福はこの世から去ることです」と書かれた手紙を持っていた。


昭和30年(1955).2.23〔中2がプロレスごっこで死亡〕
 神奈川県横浜市の中学校で、2年生(13)が同級生(13)とのプロレスごっこがエスカレートして校庭で血まみれになって殴り合い負傷、学校を休んでいたが翌月2日に死亡した。同級生は傷害致死の容疑で取り調べを受けている。この学校ではプロレスごっこが流行っていた。


昭和30年(1955).2.23〔18歳が列車内で自殺未遂〕
 岩手県水沢市で、少年(18)が走行中の東北本線急行内でカルモチンを飲んで自殺を図ったが車掌に見つかり病院に運ばれて命は取り留めた。世の中が嫌になったという両親宛の遺書を残していた。


昭和30年(1955).2.24〔中3が検札恐れて電車から飛び降り〕
 千葉県印旙郡の総武本線で、中学3年生(15)が走行中の電車から飛び降りて重体となった。資産家の四男で、佐倉一高の合格発表を見て喜んで帰える途中、検札が来たときなので、無札だったため逃れようとしたため。


昭和30年(1955).2.24〔東北大生9人がカンニング〕※参考
 宮城県桃生郡の東北大学で、9人が学年末試験でカンニングして、法学部5人と経済学部1人が停学処分を受け、全員が卒業予定だったが卒業出来なくなった。持ち込み出来る六法全書に書き込みなどをしていたもの。去年10月には法学部1人が成績証明書を偽造して就職先に提出し退学処分となっている。


昭和30年(1955).2.24〔25歳ニートが父親殺害〕※参考
 秋田県雄勝郡の自宅で、無職の長男(25)が父親の首を絞めて殺害、2.26に自首した。両親は5年前に離婚して5人の子供は母親と福島市に住んでいたが、長男は「冷たい父親の性格をなおしてやる」と去年から父親と同居するようになった。結核のため働いておらず、佃煮の行商から帰宅した父親が「遊んでいるなら福島に帰れ」と云ったことからケンカになったもの。


昭和30年(1955).2.25〔19歳の金持ちを目指す探偵小説狂が誘拐〕
 東京都千代田区の服問屋にスキーのゴーグルをした男が現れ、ノートを破った紙に「子供がかわいそうだったら八百万円出せ」と書かれた手紙を差し出した。手紙にはこの家の四男の小学4年生(9)の筆蹟で「けいさつにいうとぼくが殺されます」と書かれていた。
 母親が「夕方まで待ってほしい」と言うと「銀行が閉まるので待てない。今日の売上金だけでも出せ」と20分ほど押し問答をしているうちに、店員の通報によって駆けつけた警官に逮捕され、四男もデパートの屋上で保護された。
 男は川崎市の銭湯の釜炊き(19)で、たまたま通りかかった同家に目を付け興信所を使って資産や家族を調べ上げ、四男と三女の中学2年生を誘拐することを計画、下校途中の四男に「おじさんと遊ぼう」と声を掛けてタクシーでデパートの屋上に連れて行き「動くと殺すぞ」と脅して同家を訪れていた。校門が閉まっていたため三女の誘拐は失敗していた。
 男は探偵小説狂で金儲けの本を大量に読んでおり、「一九五五年度計画」ノートには「二月中旬決行、目標五百万円」、株や信託投資の詳細な計画、「かくて昭和三十年結婚」と書かれていた。


昭和30年(1955).2.26〔47歳女教師が同僚教師を毒殺未遂〕※参考
 愛媛県松山市の小学校で、女教師(47)が同僚男性教師(25)の机の上に箱入りの生菓子を置き、持って帰った男性教師が母(52)と食べて重体となったが命を取り留めた。3.1に殺人未遂で逮捕され、親しかった男性教師が結婚すると聞いて嫉妬から殺害しようと農薬を塗った菓子を食べさせようとしたと自供。夫に先立たれ、息子(25)がいる。


昭和30年(1955).2.27〔19歳が継母と妹殺人〕
 山形県西村山郡の農家で早朝4時、次男(19)が就寝中の継母(37)の頭を木槌で殴り、起き上がったところを首を絞めて失神させてから木槌で後頭部を殴って殺害、四女(2)をモンペの紐で絞殺したうえに頭を木槌で殴り、牛の乳搾りをしてから自首した。8年前に母親が死亡、5年前に継母が後妻に来て三男(4)と四女を産んだが、先妻の子と差別するためいざこざが絶えず、継母さえいなくなれば家庭がうまくいくと計画し、父親(50)と祖母(72)が親戚宅に出掛けた隙に実行したもの。三男が起きて泣いたために殺そうとしたが、自分に懐いていたため思い留まった。中流農家で中卒後は農業を手伝い、働き者だが無口で内向的な性格。
父親談「長男と妻はよくけんかしたが、彼とはとくに折合が悪かったとは思われない。廿六日朝ちょっといいあったがまさかあんなことからこんな事件を引起すとはユメのようで信じられない」(談話は山形新聞引用)


昭和30年(1955).2.28〔中2ら3人がプロレスを見るだけではつまらないと刺す〕
 神奈川県鶴見区の中学2年生2人と16歳の少年が「テレビでプロレスを見るだけではつまらない」と工員(16)を呼び出しナイフで刺して重傷を負わせた。この時期、小中校生のあいだでプロレスごっこが大流行していた。


昭和30年(1955).2.28〔24歳ニートが妹殺人〕※参考
 東京都北多摩郡の自宅で、無職の次男(24)が中学3年生の妹(16)を絞殺、死体を近くの木の下に埋めた。とび職の父親(57)が捜索願を出し、警察に追究されて翌日自白した。妹は風邪で学校を休んで寝ていたが、誤って椅子を兄の顔の上に倒したことからケンカし、カケヤで頭部を二回殴り、腹を何度も蹴っても死なないので首を絞めたもの。東京地裁は懲役15年の判決。





昭和30年(1955).3.3〔中3ら2人が少年では初めての麻薬密売検挙〕
 東京都立川市の高校3年生の朝鮮人(17)と中学3年生(15)が麻薬密売容疑で少年として初めて検挙され、ヘロイン20グラム(7万円相当)が押収された。横浜の朝鮮人の手先として働いていたが、取り締まりが厳しくなってから密売人は少年少女を手先としており、5グラム(1万5千〜2万円)1本につき千円〜2千円の手数料を払っていた。


昭和30年(1955).3.3〔19歳浪人生女子が偽の大学入試通知を友人に出す〕
 新潟県長岡市の新潟大学教育学部で、受験生の女子3人が大幅に遅れて来たため入試を受けられなかったが、時間が午後に変更になったというニセの通知ハガキを受け取っていた。追及すると3人のうちの浪人生女子(19)がガリ版刷りでハガキを偽造したことを自供した。親友の浪人生女子(19)と合格を誓い合っていたが、自分だけが落ちたらどうしようと悩み、友人の高校3年生女子(18)に入試時間変更のことを訊かれると困るので合わせて送ったもの。公文書偽造で書類送検。


昭和30年(1955).3.4〔15歳が腹いせに放火窃盗〕
 東京都目黒区の八百屋に中学を卒業したばかりの少年(15)が突然上がり込み、部屋に火を付けその隙に現金7百円入りの金庫を盗んだ。少年は継母に冷たくされ弟にも馬鹿にされた腹いせに数十回の空き巣を働いていた。


昭和30年(1955).3.5〔中学生風の通り魔〕
 大阪府大阪市の路上で、中学生風の学生服の少年が女性の背中を刃物で刺して10日間の傷害を負わせ逃走した。


昭和30年(1955).3.5〔13歳が殺人未遂〕
 岩手県盛岡市で、男子(13)が民家に侵入して金目の物を物色中にこの家の長男(8)が帰宅して見つかったのでいきなり首を絞めて殺害しようとしたが、近所の人が騒ぎ出したので逃走、補導された。長男は意識不明となったが命を取り留めた。


昭和30年(1955).3.6〔17歳女子が弟を毒殺〕
 群馬県群馬郡の自宅で、長女(17)が中学1年生の弟(13)を毒殺して逮捕された。少女は昨年の11月から2月まで病気で自宅で寝ていたが、弟に邪険にされたため殺害を計画、3.4に近所の子供にネコイラズを買ってこさせて夕食の雑炊に混入し食べさせて、弟は2日間苦しんだ末に死亡した。両親は離婚して炊事婦の母親と三人暮らしだった。


昭和30年(1955).3.6〔24歳が10歳少女をレイプ殺害 洋子ちゃん殺し〕※参考
 埼玉県熊谷市で、古物商従業員(24)が小学4年生の女の子(10)を小学校のトイレに連れ込みレイプしようとしたが、「お母さんに云いつけてやる」と抵抗したので首を絞めて殺害、翌日自首した。住み込み先の隣家だった女の子の家にはよく出入りして、女の子の母親を自分の母親のように甘え面倒を見てもらっていた。いっしょに映画を見に行った帰りの犯行。おとなしく無口、真面目で仕事もよくできた。浦和地裁は懲役17年の判決。


昭和30年(1955).3.7〔34歳が幼女レイプ殺人 ミチ子ちゃん殺し〕※参考
 福岡県田川郡で、無職(34)が女の子(8)の首を手で絞めて殺害してからレイプ、3.9に逮捕された。職安で失業保険金をもらって酒を飲んだ帰りに顔見知りの女の子を見ていたずらしようと雑木林に連れ込んだもの。妻子がおり、「どうしてあんな気持ちになったのか、自分でも判りません」と話す。最高裁で死刑確定。


昭和30年(1955).3.9〔ニート愚連隊6人組が集団監禁レイプ〕※参考
 埼玉県北足立郡の路上で、無職6人(20〜26)が女子工員(19)を「騒ぐと親兄弟まで殺すぞ」と脅して1人の自宅に連れ込んで6日間監禁、下駄で殴って首を絞めレイプした。3.14に「2千円借りてこい」と女子工員の知人宅に連れて行ったため発覚して逮捕された。一度も食事を与えず、無理やり腕に牡丹の入れ墨も入れていた。
埼玉大学心理学主任山根薫教授談「(前略)徒党を組んで悪事をはたらいたことはかれらが弱いものをもち群集心理として責任を分割したり外部の妨害を排除しようとするひきょうな心理だと思う。
この年代は性格形成の一番大切な十代を戦時中、戦後に過ごしている社会的な訓練ができなかった時期だ」談話は読売新聞埼玉版引用。


昭和30年(1955).3.10〔16歳ニートが老人を通り魔銃撃〕
 石川県輪島市の山中で、無職(16)が男性(76)をいきなり猟銃で撃って2ヶ月の重傷を負わせ、翌日逮捕された。聾唖者で、聾学校を窃盗で中退し、父親に叱られたのでムシャクシャしてたまたま通り合わせた老人を撃って腹に散弾30発も命中させ、老人が苦痛にのたうち回って崖から落ちるのを見てから逃走したもの。「倒れたのを見たとき胸がスッとした」と通訳を通じて自供。


昭和30年(1955).3.10〔連続顔切り魔事件〕※参考
 大阪府大阪市の阪急電鉄神崎川駅前で夜8時半、35歳くらいの男が女性事務員(20)の顔をカミソリで切り3週間の傷害を負わせ、10分後に女性工員(24)の顔を切り1週間の傷害を負わせ、逃走した。この付近では昭和24〜29年に顔切り通り魔が小刀やキリで女性21人を襲っていた。


昭和30年(1955).3.11〔12歳がチャンバラごっこで日本刀で刺す〕
 宮城県桃生郡で、農家の四男(12)が友人(7)の下腹部を日本刀で刺して重態とした。四人でチャンバラごっこをしていて、家から日本刀を持出したもの。


昭和30年(1955).3.12〔中2ら10数人が他校に殴り込みと通り魔〕
 埼玉県川口市の中学校近くで、東京都足立区の中学2年生(14)ら10数人が生徒数名を殴り、帰りにたまたま通りかかった高校1年生(16)に因縁を付けて顔や頭を木刀で殴って1週間の傷害を負わせて逃走した。1人が川口のオートレースに行った帰りにこの学校の生徒に殴られた仕返しのためナイフや木刀を持って殴り込みを掛けたもの。前日にも押しかけて生徒を殴っていた。


昭和30年(1955).3.14〔中学生風が幼女顔切り通り魔〕
 埼玉県浦和市の路上で、中学生風の男子が小学2年生の女の子(8)の跡を付けて笹藪に無理やり連れ込み、いきなり「お前を殺すぞ」と云いながら顔をカミソリで切って15針を縫う1ヶ月の重傷を負わせて逃走した。付近では中学生風の男子が小学1年生の女の子(7)を下校中に待ち伏せて追いかける事件がたびたび起きていた。
※犯人が捕まったかどうかご存じの方はご教示をよろしく。


昭和30年(1955).3.17〔19歳が友人をケンカ殺人〕
 埼玉県大里郡の路上で、農業(19)が友人の農業男性(21)の下腹部をナイフで刺して殺害、逃走したが翌日に自宅で傷害致死容疑で逮捕された。映画に行った帰りに些細なことでケンカして、棒で殴られそうになったためにカッとしたもの。


昭和30年(1955).3.17〔17歳通り魔が9人の女性を襲う〕
 東京都江戸川区の路上で9人の女性を襲った17歳の少年通り魔が逮捕された。昨年の暮れから自転車に乗って擦れ違いざまに長さ10センチの工事用キリで女性の下腹部などを刺していた。


昭和30年(1955).3.18〔21歳ニートら2人が麻雀のため強盗〕※参考
 東京都大田区の中大経済学部3年生(21)と無職(21)の2人が、川崎市の民家に電報配達を騙り入り込み、電線を使い緊縛したうえ、現金4千円と5万7千円相当の衣類を強奪、22日に雀荘で逮捕。麻雀に負けその借金を払うための犯行。


昭和30年(1955).3.19〔21歳教師が学校で強盗殺人〕※参考
 北海道北見市の小学校で、教師(21)が銀行から全職員の給料を下ろしてきた用務員(49)をスコップでめった打ちにして殺害、61万円入りのバッグを強奪、死体を見つけたと通報したが追及されて自白した。この年の大卒銀行員初任給5,600円。


昭和30年(1955).3.20〔21歳が少年殺害〕※参考
 東京都葛飾区の工場で、無職(21)が小学2年生(8)を絞殺し、3.22に死体が発見されて逮捕された。甥(4)がいつもいじめられているので、復讐のため映画に連れて行った帰りに殺害したと自供。茨城県猿島郡の農家の4男で病的性格の精薄児として入院歴があり、子供の頃から動物や小鳥を包丁で切るなどしており、4人の男の子(9〜13)の首を絞めて猥褻行為をする殺人未遂も犯していた。精神薄弱で不起訴、精神病院に入れられ昭和38年6月に退院した。
 昭和45年9.26に、36歳になった男は葛飾区の空き地で、小学5年生の男の子(10)を絞殺してから猥褻行為をした。10.3に腐乱死体が発見され、10.20に逮捕。男の子の父親の知り合いで犯行の日にも家に行って男の子と遊んでいた。父親に冷たくされたので復讐したもの。「首を絞めて子供が苦しむのに快感を覚えた」とも話す。誘拐殺人で懲役12年となった。
 昭和58年11.17に、49歳になった男は葛飾区の神社で、小学6年生の男の子(12)の首を絞めてから蹴飛ばしたが死んだふりをすると去ったので男の子は家に逃げ帰り、男はすぐに逮捕された。10.30に刑務所から出たが職につけずに賽銭泥棒で暮らしており、「2日前から何も食べていないのでムシャクシャして殺そうとした」と自供。染色体異常による知能障害と異常性格で心神耗弱だったと、東京地裁は殺人未遂で懲役6年の判決。


昭和30年(1955).3.22〔18歳ニートが無理心中未遂〕
 東京都北区の旅館で、無職(18)が女中(29)の首を絞めて意識不明とし、自分もカルモチン百錠を飲んで自殺を謀ったが、従業員に発見されてふたりとも命を取り留めた。大手商社社員だった父親は7年前に病死したが、新聞社員、医者、早大生などの兄がいる横浜市の裕福な家庭の五男。3.15に同居している姉の夫の金9万円を盗んで家出、その日のうちに新聞広告で見た結婚相談所で女性(21)を紹介してもらい、2日間デートして結婚を申し込み、3.22に王子駅で待ち合わせる約束をしたがこなかったため自殺を決意、女性の代わりに女中を道連れにしようとしたもの。私立高校1年生の時に電車内でアドルムを多量に飲んで自殺を謀ったが発見されて命を取り留めている。それ以前から学校には行かずに家の金を持ち出して映画などを見てぶらぶら遊んでいた。この年の大卒銀行員初任給5,600円。少年院送致。


昭和30年(1955).3.22〔小6女子が教師と心中〕
 岩手県陸前高田市の旅館で、小学6年生女子(12)が担任教師(26)とアドルム自殺した。成績優秀で明朗な性格、前日の卒業式で代表として答辞を読んだあと帰宅して母親の隣で寝たが、夜中に家を抜け出したもの。中流以上の家庭で6人兄弟の唯一の女の子。両親はおかしな様子をまったく感じていなかった。教師は妻子がある。
 女子は教師の娘に「貴女の大事なお父さんと死んでゆくことはすみません。元気で育って下さい」、級友に「中学にいっても良く勉強して下さい」という遺書を残していた。


昭和30年(1955).3.24〔小6ら男女5人が嫉妬して集団リンチ〕
 宮城県登米郡で、小学6年生5人(うち女子1人)が下校中の同級生女子(11)を待ち伏せて殴る蹴るの暴行を加え、脳震とうを起させた。被害者の両親が村の有力者で、たびたび学校を訪れ、教師から優遇されていることを妬んでやったと自供。4.12に警察は児童相談所へ報告。


昭和30年(1955).3.26〔中1が動物園の猿5匹を毒殺〕
 広島県広島市の児童動物園で、中学1年生(14)が猫イラズを塗ったパンやビスケットを猿に食べさせて7匹中5匹を殺害、逮捕された。からかって服を破かれた復讐。


昭和30年(1955).3.29〔19歳国学院大生が盗品を質入した金で風俗通い〕
 東京都文京区真砂町の国学院大1年生(19)が、高校、大学など11校で24件10数万円の窃盗を働いて29日に逮捕された。盗品を質入する際に見せていた学生証も盗んだもの。換金した金で新宿の特飲街の風俗店に通っていた。この年の大卒銀行員初任給5,600円。


昭和30年(1955).4.5〔中3ら16人の万引グループ〕
 東京都墨田区の中学3年生11人とこの中学出身の高校1年生5人の万引グループ16人が捕まった。1月からデパートや本屋で40件2万円以上を盗んでいた。この年の大卒銀行員初任給5,600円。


昭和30年(1955).4.5〔女性の死体が掘り起こされ性器がえぐり取られる〕※参考
 千葉県千葉市の墓場から女性(23)の死体が掘り起こされ、性器がえぐり取られて下半身裸で放置されているのが発見された。3.30に海岸で服毒死体として発見され身元不明のまま仮埋葬されたが、東京都墨田区から雇い主が確認に来て墓が暴かれているのがわかったもの。


昭和30年(1955).4.6〔16歳が幼児に睡眠薬を飲ませ意識不明〕
 東京都足立区の路上で、少年(16)が遊んでいる男の子(7)に睡眠薬を飲ませて逃走、8日に傷害で捕まった。男の子は意識不明のまま。


昭和30年(1955).4.7〔小学校教師が教室で教え子連続レイプ〕※参考
 神奈川県川崎市の小学校で、教師(27)が卒業式を目前に控えた3.21〜23に6年生女子(12)3人を教室で次々強姦して逮捕され、4.7に自白した。去年の7月から数十回犯行を繰り返しており、ほかにも数名の被害者がいる見込み。神奈川師範卒で妻子がいるが、日曜に女子を学校に呼びつけ「お前は先生が好きか?」と迫るなど噂が広まっていた。被害者の母親が校長に告げたが握りつぶそうとしたためやむなく3.24に警察に届けたもの。校長は3.31にこの教師を懲戒免職ではなく依頼退職処分にしたためPTAで大問題となる。4.13に被害者の母親が告訴を取り下げたため、その日に釈放。


昭和30年(1955).4.10〔19歳女子がミスコン投票に悲観して自殺〕
 埼玉県深谷市の自宅で、女子(19)が猫イラズ入りの饅頭を食べて自殺した。菓子屋の長女で、ミス深谷コンテストに応募していたが、投票が少ないと悲観したもの。百円の買い物をすると一票の投票券がもらえて数十人の候補者に投票する仕組み。同じ方式の本庄市では、候補者が嫁入り道具十数万円も買い物をしたり、投票券一枚5円で売買されたりなど、加熱していた。この年の大卒銀行員初任給5,600円。


昭和30年(1955).4.11〔19歳2人が赤ん坊を人質〕
 東京都板橋区の路上で長男(4ヶ月)を負ぶった主婦が2人の工員(いずれも19)にナイフを突きつけられ現金3百円を盗られ「顔を見られたから生かしてはおけない」と脅された。家から3千円を持ってくるので手荒なことはしないでくれと懇願すると「それでは赤ん坊を置いていけ」と言われた。自宅に帰って夫ともに戻ってみると2人組はおらず、搜索の結果、畑に放置されていた長男を深夜に発見した。
 19日に群馬県の旅館で逮捕されたが、棍棒を持った複数の男が現れたため赤ん坊を放置して逃走したと供述した。


昭和30年(1955).4.14〔16歳女子が教師と心中図る〕
 栃木県日光市の旅館で、埼玉県比企郡の中学教師(24)がこの春卒業したばかりの教え子の女子(16)と宿泊しているところを警察に保護された。他校への転勤が決まったことに悩んで女子を道連れに自殺を図ったもの。ブロバリン百錠を所持していた。


昭和30年(1955).4.14〔17歳ら「力道山グループ」6人組〕
 東京都目黒区で、プロレス好きの愛称「力道山」の無職(17)をリーダーとする中学生や高校生を含む「力道山グループ」6人組が捕まった。「俺の空手チョップを知らないか」と高校生から現金や時計を恐喝するなど20件。全員が中流家庭で、ナイフを持っていた。


昭和30年(1955).4.14〔16歳お手伝いが泣きやまない赤ちゃん殺害〕
 東京都太田区で、女中(16)が主家の長男(1)を殺害した。子守をしていたが泣きやまないため積み木で頭を何度も殴り、頭から畳に落としたもの。2月に雇われたばかりで、長男も5日に養子になったばかりだった。


昭和30年(1955).4.16〔17歳がスリルのため脅迫〕
 東京都新宿区の自動車塗装業宅に、少年(17)が「10万円持ってこい。警察などの"動物"に知らせると命はない。 怪盗団アトム」という脅迫状を出し、指定場所に張り込んでいた警察に捕まった。推理小説マニアで、スリルと旅行代を得るため。


昭和30年(1955).4.18〔17歳がスリルのため脅迫〕
 京都府京都市のデパートで、埼玉県立川越工業高校3年生3人がこけしや絵はがきを万引き、デパート警備員に反抗的な言動をしたので逮捕された。修学旅行中。5.17に高校は3人を退学処分。


昭和30年(1955).4.20〔18歳が母と妹殺害〕
 山形県最上郡の自宅で、無職の長男(18)が母親の首を手で絞めて殺害、息を吹き返すといけないので手拭いでさらに絞めて死体を押入に隠した。妹(9)が帰宅すると一緒に夕食を食べ、九時過ぎにお菓子を買ってやろうと連れ出して神社で絞殺、死体を持って帰ってふとんに押し込んだ。遺書六通を書いて首つり自殺を図ったが縄が切れ、小刀で頸動脈を切ったが傷が浅くて死に切れず、翌日列車に飛び込もうとしたが気後れしてできずに駐在所に自首した。父親は七年前に刑務所で病死、少年も三年前に胃腸障害になって働けず、母親の日雇いと生活補助、医療扶助で貧しい生活。これ以上よそに迷惑はかけたくないと云っていた。学校の成績は普通でおとなしい性格だった。


昭和30年(1955).4.20〔16歳が幼女5人にいたずら〕
 東京都墨田区の映画館のトイレで、工員(16)が小学生の女の子(10)にいたずらしようとして捕まった。2年前から5人の女の子を襲っていた。


昭和30年(1955).4.26〔18歳くらいの通り魔〕
 大阪府布施市の路上で、18歳くらいの眼鏡の少年が女性美容師(18)の左胸と脇腹を刃物で刺して重体として逃走した。


昭和30年(1955).4.26〔24歳引きこもりが祖母殺害〕※参考
 富山県富山市の自宅で、長男(24)が祖母(76)に殴る蹴るの暴行を加えてから井戸に投げ込み殺害、翌日逮捕された。子供の頃から成績優秀で性格もおとなしく将来を嘱望され明治大学商学部に進学したが、卒業を前にして神経衰弱となって帰省して引き籠もっていた。今年に入ってから大声で喚くなど異常が目立ってきたが暴力を振るうようなことはなかった。母親はおらず、老齢で躯の不自由な祖母が食事の世話などをしていた。


昭和30年(1955).4.28〔17歳が窃盗のため放火〕
 東京都杉並区の米屋で、工員(17)が放火して逮捕された。新聞記事で火を付けて窃盗をすることを思いついたもの。1月に少年院を脱走していた。


昭和30年(1955).4.28〔母親が保育園の遠足で無理心中〕※参考
 東京都新宿区の新宿御苑で、母親(26)が、長男(4)、長女(1)と青酸カリ入りの弁当を食べて、自分は死亡、子供2人は重体となった。世田谷区の保育園の園児や父兄90人で来た遠足中に心中を図ったもの。遺書を残していたが家族にも原因不明。





昭和30年(1955).5.3〔「少年犯罪白書」家庭の放任で桃色遊戯〕
 東京都の警視庁少年課は「少年犯罪白書」を作成。
 昭和29年の家庭を原因とした犯罪3129件のうち「家庭の放任」2143件、「父母のどちらかが欠けたことによるもの」370件、「貧困」330件、「甘いしつけ」124件、「家庭の不和」74件、「両親が厳しすぎて」35件、と家庭の放任が68%。
 以下、具体例を毎日新聞の記述から引用
 文京区の女子中学生(14)は学校を休んだり夜遊び、外泊をしても父母が無関心で注意しないので友人三人と映画館で知り合った高校生五人と一緒に旅館を泊り歩き、相手をかえては桃色遊戯にふけっていた。
 去る一月同課に補導された男女二十五名のグループはスケートリンクで知り合い旅館を泊り歩いて無軌道な生活を続けていたが、どの家庭も子供の言動に不注意で「友人の家に泊ってきた」という少年たちの言葉をそのまま信じていた。


昭和30年(1955).5.6〔19歳がニートの兄を殺害〕
 埼玉県北足立郡で、中学3年生(15)が列車に飛び込み自殺した。一時間目の授業であくびをしたので数学教師が注意すると9時半に教科書を忘れたから自宅に取りに帰ると云って学校を出た直後。学級委員長で成績もよかった。


昭和30年(1955).5.6〔17歳ニートが幼女を誘拐レイプ殺人 三枝子ちゃん殺し〕
 静岡県小笠原郡で、無職(17)が登校途中の農家の二女の小学2年生(8)を自転車で誘拐、1日中連れ廻して浜松の中学校でレイプしたのち夜を明かし、翌日河原でもレイプして荒縄で絞殺、生き返らないように口と鼻に砂利を詰めてから埋めた。誘拐事件として捜索していた警察に殺害直後に逮捕される。
 農家の次男で中卒後に就職したがすぐに辞めてぶらぶらしており、家出して2回自殺未遂を起こしている。人に笑われるからと中学もあまり行っていなかった。友達はおらず、読書と映画が趣味。小学生の時に女の子の兄にいじめられた復讐だと自供。逮捕されても父親(43)は「凶暴性はなくみなさんが心配するようなことはないと思う」と語る。


昭和30年(1955).5.6〔小6数人が修学旅行に行かせないため集団お灸リンチ〕
 新潟県西頸城郡の小学校で、6年生数人が5.6と翌日の二回に渡って同級生の手足を押さえ、モグサに虫眼鏡で火を付け、頭部など16ヶ所に火傷を負わせた。風呂に入ったため化膿して全治2週間。被害者は黙っていたが、5.8に痛みを訴えたため発覚した。学校の規則を破ってあぜ道を歩いたため、金沢への修学旅行に行かせないようにしようとリンチしたもの。


昭和30年(1955).5.6〔36歳が幼女殺人未遂〕※参考
 東京都台東区の公園トイレで、無職(36)が小学2年生の女の子(7)を抱き上げて便器に突き落とそうとしたが悲鳴を聞いた通行人に通報されて殺人未遂で逮捕された。「急に殺したくなった」と自供。ヒロポン中毒だった。


昭和30年(1955).5.8〔19歳が強盗殺人で肥溜めに女性捨てる〕
 長野県大町市の路上で夜11過ぎ、市役所職員(19)が女性(23)を送ってやるとオート三輪に乗せたが金が欲しくなり、降りたところを首を絞めて失神させ手を縛って肥溜めに放り込みハンドバッグを強奪したが、1円札1枚しか入ってなかった。5.23に死体が発見され、6.13に逮捕。無期懲役確定。


昭和30年(1955).5.14〔高1が幼女をいたずら殺人 芳子ちゃん殺し〕
 神奈川県横須賀市の自宅で、工業高校1年生(16)が女の子(5)を殺害、翌日、死体が発見されて逮捕された。公園で遊んでいた女の子に絵本を見せてあげると誘って、いたずらしたが騒がれたため絞殺したもの。この犯行の30分前にもべつの少女(11)に「いい本がある」と自宅に誘いこみ、首を絞めていたずらしようとして逃げられていた。
 米軍基地職員(40)のひとり息子で甘やかされ、悪いことをして近所の人が怒鳴り込んでも親は相手が悪いと放任していた。連行時に被害者の母親が「ひどいことをしたのね」となじったが、「何をしたのだ」と平然と答え口笛を吹いていた。風俗店に通っている友人の話を聞いて刺激を受けたと自供。


昭和30年(1955).5.16〔17歳が義父刺殺〕
 大阪府大阪市の自宅で、長男(17)が義父(66)の胸を包丁で二回刺して殺害した。父親が戦死し、母親は6年前に義父と再婚した。中卒後は義父の飲食店を手伝っていたが、日頃から小言を云われ、金庫から150円を持ち出したことを叱られて殴られそうになったため咄嗟に刺したもの。大阪地裁は尊属傷害致死で懲役3年、執行猶予4年判決。


昭和30年(1955).5.17〔父親がアル中で息子殺害〕※参考
 東京都杉並区で、父親が小学5年生の長男(10)を絞殺して裸の死体を背負って歩いていて逮捕された。アル中だった。


昭和30年(1955).5.18〔紫雲丸事故、修学旅行の学童ら168名死ぬ〕
 瀬戸内海で、紫雲丸事故、修学旅行の学童ら168名死ぬ。


昭和30年(1955).5.20〔小4が同級生を里子といじめる〕
 山梨県甲府市の小学校で、4年生(11)が同級生から「親のない子」「里子」とからかわれ、カバンや消しゴムを隠され返してもらえなかったり、鉛筆を真ん中から折られたりのいじめを連日受けた。3月に里子となってこの学校に転校していた。この子が作文に書いたため里親が知って教育委員会を通じて校長に抗議、初めて問題化した。担任教師(24)は日教組青年部長として日教組大会に出席のため5.16から不在。


昭和30年(1955).5.25〔24歳女が愛人の妻子を惨殺〕※参考
 東京都港区の建設現場飯場で、炊事婦(24)がここで働いている作業員(42)の妻(34)と長女(5)をナタで滅多打ちにしてナイフで乳房を切り裂いて、強盗と思わせるため服を床下に隠して逃走、5.28に逮捕された。作業員と愛人関係で、妻子を殺せば結婚できると考えたもの。


昭和30年(1955).6.4〔高3が長髪禁止などに反発し同盟休校〕
 栃木県宇都宮市の私立男子高3年生340人が同盟休校。キリスト教の礼拝を強制、高いノートを購入させられる、ワイシャツの着用や長髪禁止などの問題を話し合うことを学校側が認めないため。
 6日に学校側は生徒代表と会合し、ワイシャツ着用容認、ノート類値下げ、長髪は教育上と経済上から禁止、「朝の祈り」はキリスト教の強制ではなく英話教育の一環という方針を出し、8日に生徒は同盟休校を中止した。東京周辺では長髪が広がっている。


昭和30年(1955).6.6〔17歳が老女を強盗殺人〕
 栃木県小山市で深夜2時、無職(17)が駄菓子屋に押し入り、女性経営者(81)の首を手でいきなり締め、頭を下駄で5回殴って布を口に入れて仮死状態とし、現金9百円と煙草を強奪、女性が息を吹き返したので鉄火箸を一本づつ喉と右胸に刺して殺害、逃走したが6.27に逮捕された。遊ぶ金欲しさに最初から殺すつもりで顔見知りの老女を襲ったもの。昭和31年6.27、宇都宮地裁は懲役15年判決。


昭和30年(1955).6.7〔中3が幼女誘拐〕
 東京都豊島区の自宅前で5歳の少女がスクーターの男に連れ去られ、玄関に「今夜10時に神社境内に1万円を持ってこい。警察に知らせると娘の命はないものと思え」とたどたどしい字と地図が書かれたわら半紙が置かれていた。すぐに逮捕されて少女も無事保護されたが、犯人は中学3年生(15)で学校の帰りに植草甚一・原案、川内康範・脚本の女の子を誘拐する映画「悪魔の囁き」を観て、その日のうちに犯行を実行していた。
 工場を経営している中流家庭だが窃盗などで何度も補導されていて、スクーターも無免許運転だった。


昭和30年(1955).6.20〔19歳が恋人2人を殺害〕
 静岡県浜松市の防空壕で、タクシー運転手(19)が恋人(16)を絞殺して死体を埋めた。6.14に巡査の長女の恋人と磐田市から家出したが、女がうるさくつきまとうため殺害したもの。7.8に詐欺で逮捕され翌日自供。昨年11.11にも婚約者(18)がしつこく結婚を迫るため同じ防空壕で首を絞めて殺害したことを自供した。


昭和30年(1955).6.21〔17歳が競輪狂の放火窃盗〕
 東京都高井戸署で取り調べを受けていた無職少年(17)は、全国各地で17件の放火をしてその隙に15万円の窃盗を働いていたことを自供した。昨年、少年院を脱走してから競輪に入れあげ、開催日に競輪場近くで放火窃盗をくりかえしていた。ほかにも窃盗30件を自供した。


昭和30年(1955).6.30〔18歳女子大生が不良教師との失恋で焼身自殺〕
 東京都港区青山の洋画家宅で、次女の東洋大学1年生女子(18)が石油をかぶって焼身自殺した。今春まで通っていた都立三田高校の教師(28)と在学中から関係を持っていたが、教師がほかの教え子と婚約したため。この教師は女生徒8人に手を出しており、1人は1月に睡眠薬自殺を遂げ、1人は自殺未遂。学校図書館から160冊を盗んで金にしていたので横領で逮捕されたが、微罪のため不起訴処分となった。
 教師の父親が地元の有力者で校長(52)と親しかったためこれまで見過ごされていた。東京教育大卒で成績優秀。7.17に校長はガス自殺を図ったが、命を取り留めた。





昭和30年(1955).7.3〔27歳父親が泣く赤ちゃんを殴り殺す〕※参考
 神奈川県横浜市の自宅で、公務員(27)が泣きやまない次男(1)の腹を何度も殴って腸破裂で殺害、過失致死で逮捕された。


昭和30年(1955).7.4〔高2が決闘立会人を刺す〕
 東京都葛飾区の都立高校の校庭で、夜間部2年生(16)が夜間部3年生(17)と決闘、3年生が日本刀を持ち出したため逃走したが、止めようとした立会人の夜間部3年生(18)の腹部を登山ナイフで刺して重傷を負わせた。ダンスパーティーチケットのトラブルから対立したもの。


昭和30年(1955).7.5〔小4が悪ふざけを咎められ自殺〕
 兵庫県神戸市東灘区で、小学4年生(8)が鉄道自殺した。授業中に友達の持ち物を隠しあう「かくしごっこ」をやっていた15人ほどを担任教師(32)が叱ったが、帰宅中に少年は「先生は泥棒学校へ行けと言った。帰ったら母さんに叱られる。もう死んじまいたい。君も一緒に死のう」と、友人を引き連れ線路上を歩き、列車が警笛を鳴らしながら近づくと、死亡した少年だけが「死ぬ、死ぬ」と言って列車に向かって轢かれて死亡したもの。銀行員の長男。


昭和30年(1955).7.5〔34歳母親が成績が悪いと言われ長男殺害〕※参考
 北海道札幌市の自宅で、母親(34)が就寝中の小学1年生の長男(7)をベルトで絞殺、自首した。7.2に学校で成績が悪いと言われたからと自供したが、成績のことを言われたのは長女(9)で、神経衰弱によるもの。


昭和30年(1955).7.7〔33歳が受験ノイローゼで妻子を惨殺〕※参考
 東京都練馬区の自宅で、司法試験受験生(33)が妻(30)の喉をカミソリで切り、長女(3)と自分の胸を包丁で滅多刺しにして一家心中した。消防士だったが優秀なため東大法学部に2年間派遣され、4月に退職して7.11の司法試験を受けるため勉強に打ち込んでノイローゼになっていた。


昭和30年(1955).7.10〔17歳が椅子で父親殺害〕
 東京都世田谷区の自宅で、3男(17)が父親(56)を殺害、逃走したが19日に逮捕された。ケンカして「出ていけ」と言われたことに激昂して頭部に椅子を何度も打ち付けたもの。


昭和30年(1955).7.17〔中2が叔父一家を毒殺皆殺し〕
 岐阜県梅津郡の農家で、中学2年生(14)が叔父一家を皆殺しにしようとお茶に農薬のパラチオンを入れて、飲んだ叔母(30)と長女(6)が死亡、叔父(30)は重態になったが吐き出したために命を取り留めた。6年前に両親が亡くなったために養育されていたが、仕事でこき使われ学校にもあまり行けず、とくに叔母にいじめられて恨みを持っていた。また、父親から受け継いだこの家の税金を叔父の名義で払っていたので財産を乗っ取られたと思い込んでいたもの。


昭和30年(1955).7.17〔19歳が女主人を殺害して店を経営〕
 長野県松本市の中華料理店で、住み込み店員(19)が女主人(45)をカナヅチで殴って殺害、5千円を奪い、死体を押入に入れて店を経営していたが、「死に顔を思い出すとぞっとする」と東京に逃走し20日に自首した。8日に雇われたばかりで、小遣い欲しさ。


西丸四方 昭和31年 1.28 2.8 昭和30年(1955).7.18〔小6が早退を咎められ自殺未遂〕
 青森県八戸市の農家の三男の小学6年生(12)が、「おらはいつも学校を早退させられるから首をつって死んでしまう」と自殺を図ったが、妹(8)が知らせて近所の人が駆け付け、未遂に終わった。弟妹らの面倒のため、度々早退させられ、そのことを担任の教師に咎められたことを苦に自殺を図ったもの。


昭和30年(1955).7.21〔小4が喧嘩を咎められ入水自殺〕
 静岡県引佐郡の農家の二男の小学4年生(9)が、小学1年生と喧嘩をして石を額にぶつけて傷を負わせたため、担任教師(27)が父兄宛の手紙を持たせて帰宅させたが、「家に帰ると叱られるから、僕は池に飛び込んで死ぬ」という遺書を友人に渡して姿を消し、22日に貯水池で死んでいるのが見つかった。


昭和30年(1955).7.22〔25歳ニートが父親毒殺未遂〕※参考
 岐阜県多治見市の自宅で、無職(25)が父親(54)を毒殺しようと青酸カリ入りの焼酎を飲ませたが異味のため杯3杯しか飲まずに保健所に届けて7.24に尊属殺人未遂で逮捕された。日頃から仲が悪く、繊維会社を設立するための50万円を貸さなかったため恨んだもの。


昭和30年(1955).7.22〔中3の友人同士が服毒自殺〕
 新潟県刈場郡の神社の境内で、農家の三男の中学3年生(16)と農家の長男の中学3年生(17)が服毒自殺を図り、1人は死亡、1人は一命を取り留めた。1週間前の学校の登山で、男子は野宿だったが2人は寒さに耐え切れずに女子の小屋で泊まったところ、他の生徒たちからそのことを糾弾されていた。


昭和30年(1955).7.24〔16歳が同僚殺害〕
 東京都葛飾区の工場経営者宅で、住み込み工員(16)が同僚(18)を殺害、千葉の実家に逃走したが自首した。同じ村の出身だが仲が悪く、前日に殴られたので深夜に就寝中の同僚をマフラーで絞殺したもの。


昭和30年(1955).7.25〔18歳がニートの兄殺害〕
 鹿児島県の農家で、次男(18)が長男(24)を荒縄で絞殺、すぐに自首した。長男が酔って帰って母親に乱暴しようとしたので留めてケンカとなり、薪で殴りかかってきたのでカッとしたもの。中卒後は真面目に農業をやっており、親思いだった。長男は窃盗で刑務所に入っており、家の物を持ち出しては酒を飲んでいた。鹿児島地裁は懲役3年、執行猶予3年判決。


昭和30年(1955).7.25〔高3ら9人組が校内でカツアゲ繰り返す〕
 東京都三鷹市の私立高校の3年生(17)2人をリーダーとした9人組が、日本刀などを使って同校の生徒相手にカツアゲ36件12万7千円を働き捕まった。2人は6月に退学になっていたが、その後も犯行を続けていた。リーダーの1人は去年、教師(28)に掃除をさぼっているのを注意され、「生意気だ。焼きを入れてやる」と殴り歯を折る1ヶ月の重傷を与えたが警察には届けていなかった。この高校では他に「出っ歯グループ」2年生3人が6件数万円、「拳闘グループ」4人が5件数万円など多数の不良グループがカツアゲを繰り返していたが、学校はなんの対策も取っていなかった。


昭和30年(1955).7.26〔17歳ら6人組が連続レイプ〕
 東京都府中市の神社で、レイプを繰り返していた無職(17)6人組が捕まった。昨年12月から女工(17)など4人を襲ったもの。


昭和30年(1955).7.27〔中3女子が自殺〕
 静岡県駿東郡の自宅で、中学3年生女子(15)が農薬のホリドールを飲んで自殺した。この日にもらった成績表に高校生と交際していることを書かれたため厳しい父親に見せられないと悩んだもの。


昭和30年(1955).7.27〔38歳父親が幼児をせっかん殺人〕※参考
 静岡県御殿場市の自宅で、大工(38)が小学1年生の次男(7)をリンゴ箱に閉じ込め釘を打って放置して殺害、翌日逮捕された。盗みをやめないため連日せっかんしていた。妻とは6年前に離婚。


昭和30年(1955).7.28〔女子中学生36人が水泳講習中に溺死〕※参考
 三重県津市の海岸で、女子中学生36人が、水泳講習中に溺死した。引率した校長、教頭、体育主任の3人が業務上過失致死で起訴。一審は執行猶予付きの禁固刑。二審で全員無罪となって確定した。


昭和30年(1955).7.31〔18歳が老女を強盗殺人〕
 島根県大原郡で夜8時、無職(18)が農家に押し入り、女性(76)の首を手で締め、手ぬぐいで絞殺、現金1030円を強奪、証拠隠滅のために放火して逃走したが8.20に逮捕された。中流農家の で、3月に県立工業学校を卒業したが職がなく、建築講義録を買う金欲しさに窃盗に入って、帰宅した老女に見つかって、学校で覚えた柔道の技で襲ったもの。


昭和30年(1955).8.1〔小6が教師恨んで教室放火〕
 東京都で、小学6年生(11)が小学校の教室に放火して捕まった。6月に肝油玉千個を盗んで教師に叱られたことへの復讐。


昭和30年(1955).8.4〔中1と小4の兄弟が貧困を苦に自殺〕
 茨城県多賀郡南村の中学1年生(13)と小学4年生(10)の兄弟が、常磐線で鉄道自殺をした。父親は引揚者のため定職が無く、生活扶助を受けながら7人の子供らに手製のほうきを売らせていた。兄弟は履く靴も無いまま「ほうきが売れないとうどんが食べられない」と売り歩いていた。2日前に売上金500円を買い食いに使ってしまい、父に叱られるのを恐れて家出していた。


昭和30年(1955).8.7〔19歳が父親殺害して自殺〕
 千葉県山武郡の自宅で、無職の3男(19)が父親(57)を殺害して自殺した。病気療養中の3男に父親が嫌味を云ったことでカッとして匕首で胸を刺し、己の胸も刺したもの。


昭和30年(1955).8.12〔大学生ら6人が遭難したといたずら〕
 富山県下新川郡の黒部渓谷で、立教大2年生(19)、三重大1年生(19)、早稲田大2年生(20)、短大生(19)ら岐阜市の男女6人が「遭難した」と書いた紙をウィスキービンに入れて黒部川に流し、拾った人が警察に届けたため大騒ぎになったが、翌日無事に下山した。酔っぱらっていたずらしたもの。
岐阜県教育長・談「小学生ならいざ知らず、最高学府の学生としてのイタズラにしては悪質であり、現在の教育が学問と教養の点においてチグハグになっている証左だ」
岐阜医大父兄会長・談「近頃の親たちは子供の要求するままに小遣いを与える傾向がある。これが子供たちを過度の遊びにふれる悪いくせを与える。こんどの問題でも学生たちの計画どおりの予算で、大きな余裕さえなかったならば山でウイスキーを飲み、バカ騒ぎをする…ことはなかったろう」
(談話は岐阜タイムス・引用)


昭和30年(1955).8.13〔19歳2人組がタクシー強盗〕
 長野県岡谷市で、乗客の運転手(19)と無職(19)の2人がタクシー運転手の首を紐で絞めた。運転手が逃げ出すと、車を奪って逃走、8.18に逮捕。


昭和30年(1955).8.16〔21歳ニートがしゃくだから山下敬二郎襲う〕※参考
 大阪府大阪市で、無職(21)が山下敬二郎さん(19)の腰をナイフで切って1週間の傷害を負わせて逮捕された。「あんな恰好をした男がファンに大騒ぎされるのがしゃくだ」と自供。千日前大劇の「これがロカビリーだ」の舞台を終えて劇場から出てきたところを大勢のファンにまぎれて狙ったもの。


昭和30年(1955).8.17〔高校教師が盗癖の長男を毒殺〕※参考
 山梨県甲府市で、高校教師(43)が長男(16)に農薬を飲ませて殺害、死体を埋めた。8.20に熱海の海岸で入水自殺を図ったが死に切れずに漁船に救助を求めて警察に保護され、殺人を自供した。長男の盗癖が直らないことを悲観したもの。


昭和30年(1955).8.21〔高2が結婚を断れて女性を刺す〕
 大阪府大阪市で、定時制高校2年生(17)が女性(22)の腹を包丁で刺し1ヶ月の重傷を負わせて逮捕された。結婚を迫ったが拒否されたためカッとしたもの。これまで何度も結婚を申し込んで断わられており、親からもそのことで叱られていた。


昭和30年(1955).8.22〔18歳女子が友人刺す〕
 東京都南多摩郡のあぜ道で、女子(18)が中学の同級生だった高校3年生女子(18)と歩いていて、突如として刃物で刺し1ヶ月の重傷を負わせて捕まった。


昭和30年(1955).8.23〔16歳が日本刀で父親殺害〕
 埼玉県北足立郡の自宅で、工員(16)が父親(54)を殺害した。働かずに酒ばかり飲んでいる父親が、酔っぱらって母親とケンカしているのを見てカッとして日本刀で刺したもの。


昭和30年(1955).8.27〔小4が自殺未遂〕
 愛知県名古屋市の自宅で、小学4年生(10)が母親の睡眠薬のブロバリンを飲んで自殺を図ったが命を取り留めた。父親は2年前に蒸発して生活保護を受けていた。


昭和30年(1955).8.〔小学校で社会科の調査〕※参考
 文部省が全国5百の小学校で社会科の調査。児童の大半が大化の改新という言葉を知らないと答えた学校40.6%。明治維新という言葉を知らないと答えた学校10.7%。





昭和30年(1955).9.3〔中2が小学生を生き埋め殺害〕
 北海道上磯郡で、中学2年生(13)が小学4年生(9)を生き埋めにして殺害、9.11に補導された。たまたま道で出逢ってプロレスの技を掛け、蹴った砂が小4生の口に入って仮死状態になったのを死亡したと思い、穴に入れて砂に埋めたもの。


昭和30年(1955).9.3〔17歳が同僚を強盗殺人〕
 東京都世田谷区の工場寮で、工員(17)が同僚(25)を絞殺して畑に埋め、6500円と服39点を強奪した。無期懲役が求刑されたが、東京地裁は懲役15年の判決。


昭和30年(1955).9.5〔高2が映画「暴力教室」見て友人刺す〕
 東京都豊島区の私立本郷学園高校で二学期の始業式の朝、2年生が飛び出しナイフで友人の2年生を刺して10日間の傷害を負わせて逃走したが逮捕された。2人はハリウッド映画「暴力教室」をマネてふざけていたもの。
 「暴力教室」は9日に千葉県の映画館全館が上映拒否、13日に文部省が「教育上問題があり、適切な措置を講ずるように」と通達。


昭和30年(1955).9.13〔高1がいたずらのため幼女誘拐〕
 神奈川県横浜市の路上で、高校1年生(15)が登校中の小学2年生の女の子(8)に「お母さんが呼んでいる」と自転車に乗せて誘拐、山の中ですぐに捕まった。エロ本に刺激されていたずらをしようと「綺麗な子だから連れて行った」と自供。


昭和30年(1955).9.21〔母親が次男を虐待殺人〕※参考
 東京都目黒区の自宅で、母親(26)が次男(2)にフトンを投げつけてショック死させた。日頃から虐待をして顔などに傷があったため、殺人で逮捕。


昭和30年(1955).9.27〔18歳がピストル奪うため警官襲撃〕
 神奈川県横浜市の派出所で、夜間高校4年生(18)が道を尋ねるふりをして、隠し持っていたナイフで巡査の頭部や背中に切りつけたが、重傷を負った巡査に格闘のすえ取り押さえられた。同窓会の会費を使い込んだためにピストル強盗を計画、まずピストルを奪うために警官を襲ったもの。
 翌日には東京でも23歳のとび職がピストルを奪うため警官をナタで襲っている。


昭和30年(1955).9.30〔小5が自殺〕
 北海道瀬棚郡で、小学6年生(12)が登校の途中に首つり自殺した。農家の次男で盗癖があり、二日前に教師の万年筆を盗んで叱られており、「僕は六年とは自分でも思わなかった。もともと死にたかった」という遺書と万年筆が死体のそばに残されていた。内気で成績は悪かった。


昭和30年(1955).10.12〔高2が預けられたことをひがみ放火〕
 東京都目黒区碑文谷の会社員宅が放火により全焼。犯人は二ヶ月前に山口県の両親から同宅の叔母に預けられていた高校2年生(17)。預けられたことをひがみ、また田舎者と馬鹿にされていると思い、石油で放火し家出。翌日、常磐線水戸駅で無賃乗車のところを捕まった。


昭和30年(1955).10.17〔高1ら4人組が密航のため強盗〕
 東京都杉並区で、日大二高2年生(17)3人と高校1年生(16)が民家を訪ねて主婦(25)の腹をジャックナイフでいきなり刺して逃走したが、逮捕された。ハワイへの密航費を稼ぐため強盗を働いたもの。全員良家の子息だった。


昭和30年(1955).10.25〔小3ら兄弟が弟を死なせる〕
 宮城県伊具郡で、中学1年生(13)と弟の小学三年生(9)、兄の友人の中学1年生(13)ら3人が小学一年生(6)を殺害した。貧しい農家の五男と六男で、父親の後妻の連れ子である小1とは日頃から仲が悪く、荒縄で躯を縛って木に吊して竹ざおで殴った。そのまま放置して一時間後に戻ったら縄が首を絞めて死んでいた。一度帰宅したが怖くなって転落死したように見せかけるため死体を150メートル運んで崖下に突き落とし、翌日に小三が死体を発見したと親に告げたが警察に追及されて自白したもの。縄を隠し、アリバイも打ち合わせていた。児童相談所通告。


昭和30年(1955).10.31〔中3がロケット発射して少女に傷害〕
 東京都葛飾区の畑で、日大三中3年生(15)が科学雑誌を読んで亜鉛を混合して火薬を作りパイプに詰めたロケットを発射、4百メートル離れた中学校庭にいた1年生女子(13)の首に刺さり2週間の傷害を負わせた。11.3に過失傷害で逮捕。





昭和30年(1955).11.1〔17歳が父親の愛人を誘拐〕
 東京都渋谷区のアパートから23歳の女性が4人組の男に拉致されたが、この女性の愛人である薪炭商(43)の長男で高校中退の17歳少年が逮捕され、女性も監禁場所から無事保護された。父親が家を出て女性と同居してから家庭は貧しくなったが、愛人宅にはテレビがあるなど豊かな生活で、別れて欲しいと頼んだが断られたため不良仲間と誘拐したもの。


昭和30年(1955).11.3〔17歳が不良の兄と友人を刺す〕
 東京都墨田区の自宅で17歳の三男が兄弟ゲンカのすえ19歳の次男の下腹部を匕首で刺し重傷を負わせた。三男は直後に近所のお好み焼き屋に向かい次男の友人に「兄がぐれたのはおまえがいるからだ」と外に連れ出し、友人も肉切り庖丁を手に斬り合い、2人とも負傷した。


昭和30年(1955).11.17〔18歳が映画「暴力教室」を見て強盗計画〕
 東京都大田区で、無職(18)が逮捕された。映画「暴力教室」を見て強盗を計画したが、オモチャのピストルと覆面用の布を持っているのを職務質問で見つかったもの。


昭和30年(1955).11.20〔小5が自殺〕
 広島県世羅郡で、小学5年生(10)が自宅前の松の木で首つり自殺した。兄弟ゲンカを叱られて家を飛び出したもの。翌日死体発見。両親も健在で経済的にも不自由はなかった。おとなしい性格。


昭和30年(1955).11.21〔小6が教室で小5を跳び蹴り殺害〕
 群馬県前橋市の小学校で、小学6年生(12)が教室を覗いていてドアを閉められ怒って5年生(11)に跳び蹴り、23日に内出血で死亡した。傷害致死で取り調べ。この小学校ではプロレスごっこが流行っていた。


昭和30年(1955).11.22〔小6十数人が集団リンチ〕
 山形県山形市の山形大学教育学部付属小学校で、6年生十数名が同級生(12)1人を集団で殴り、倒れたところにのし掛かったため腕の骨にヒビを入れた。被害児童は一人っ子のため協調性がなく、日頃から反感を持たれており、授業中にケンカしたことから前日も数名にいじめられていた。


昭和30年(1955).11.25〔19歳が冷たい父を殺害〕
 東京都荒川区の自宅で、次男(19)が父親(60)の首をタオルで絞め殺害、5千円や服などが盗まれたが、11.28に京都で逮捕された。同居を拒むなど冷たくされたため、口論のあげくたもの。


昭和30年(1955).11.26〔中3がバットで父親殴り殺す〕
 埼玉県川口市の農家で、中学3年生(15)が父親(44)の頭をバットで殴って脳内出血で死亡させ、12.30に傷害致死で逮捕送検された。両親が夫婦ゲンカをして、父親がバットを振り上げて母親(39)を庭まで追っていったのを憤慨したもの。


昭和30年(1955).11.30〔母親が離婚に邪魔な娘を殺害〕※参考
 東京都品川区の自宅で、母親(22)が長女(1)を絞殺、犯行を偽装するため病院に連れて行ったが翌日逮捕された。とび職の夫(22)と離婚するのに邪魔になったため。


昭和30年(1955).12.8〔19歳ニートが母親殺人未遂〕
 群馬県桐生市の自宅で、次男(19)が母親(49)をマキ割りで滅多打ちにしてから首を絞めて意識不明にして床下に投げ込み重態として逃走、翌日逮捕された。前月に少年院を出てからぶらぶらしており、煙草を吸ってるのを兄(23)に注意されてケンカとなって家を出て、帰宅したところに母親がいたのでカッとしてやったもの。父親が死んでから生まれたために兄と差別されて不満を抱いていた。


昭和30年(1955).12.15〔28歳が三年間連続通り魔〕※参考
 山形県米沢市で、日雇い(28)が通り魔容疑で逮捕された。昭和28年から自転車に乗って擦れ違いざまに若い女性35人の顔を殴って鼻血を出させたりしていたもの。12.10に襲った女性が顔見知りだったため足がついた。「年頃の娘を見ると急に殴りたくなり、殴ったあとはすっとする」と自供。妻と子どもがいる。


昭和30年(1955).12.18〔19歳が親へ仕送りのためタクシー強盗殺人〕
 東京都江戸川区でタクシー運転手が殺害され現金5千6百円と腕時計が盗まれ、工員(19)が逮捕された。10月に新潟から上京したばかりだが、親への仕送りのためタクシー強盗を計画、匕首で刺殺したもの。


昭和30年(1955).12.21〔23歳ニートが幼女殺人〕※参考
 群馬県甘楽郡で、無職(23)が近所の女の子(5)を殺害、死体を隠して逃走したが逮捕された。土蔵に連れ込み催眠術をかけたが泣き出したので口と鼻を押さえて窒息死させたもの。農家の長男で小学校では十番以内の成績だったが乱暴で親の云うことも聞かなかった。五年前から精神異常となってたびたび入院していた。「もう一度やってみたい」と話す。


昭和30年(1955).12.25〔21歳立教大生が同級生の母親と心中〕※参考
 東京都新宿区の旅館で、立教大生(21)が同級生の母親(43)とガス心中した。会社常務夫人である友人の母親と2年前から交際しており、この旅館にたびたび来ていた。


昭和30年(1955).12.29〔12歳がリーダーの窃盗団〕
 東京都新宿近辺で32件150万円の窃盗を働いていた12歳から19歳までの少年窃盗団8人が逮捕された。「坊や」と呼ばれる12歳の無職少年がリーダーで、金は遊興費につかい、また12歳は自動車を盗んで自分で運転してドライブを楽しんでいた。



※タイトルと本文が同じ短いデータはすべて「〔年表〕子どもの事件 1945-1989」山本健治 柘植書房より引用したもの。※



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戦前は小学生の人殺しや、少年の親殺し、動機の不可解な異常犯罪が続発していた。
なぜ、あの時代に教育勅語と修身が必要だったのか?戦前の道徳崩壊の凄まじさが膨大な実証データによって明らかにされる。
学者もジャーナリストも政治家も、真実を知らずに妄想の教育論、でたらめな日本論を語っていた!



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なぜ、あの時代に教育勅語と修身が必要だったのか?戦前の道徳崩壊の凄まじさが膨大な実証データによって明らかにされる。
学者もジャーナリストも政治家も、真実を知らずに妄想の教育論、でたらめな日本論を語っていた!

『戦前の少年犯罪』 目次
1.戦前は小学生が人を殺す時代
2.戦前は脳の壊れた異常犯罪の時代
3.戦前は親殺しの時代
4.戦前は老人殺しの時代
5.戦前は主殺しの時代
6.戦前はいじめの時代
7.戦前は桃色交遊の時代
8.戦前は幼女レイプ殺人事件の時代
 9.戦前は体罰禁止の時代
10.戦前は教師を殴る時代
11.戦前はニートの時代
12.戦前は女学生最強の時代
13.戦前はキレやすい少年の時代
14.戦前は心中ブームの時代
15.戦前は教師が犯罪を重ねる時代
16.戦前は旧制高校生という史上最低の若者たちの時代




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主要参考文献

〔年表〕子どもの事件 1945-1989

戦前の少年犯罪

戦後死刑囚列伝

新聞集成昭和史の証言

新聞集成昭和編年史

日本の精神鑑定

日本長期統計総覧

年表 昭和の事件・事故史

昭和史全記録 1926〜1989

値段史年表 明治・大正・昭和

事件・犯罪大事典 明治・大正・昭和

20世紀にっぽん殺人事典

青少年非行・犯罪史資料1-3

教育事件・論争史資料

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警察白書

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少年犯罪データベースが参考文献として掲載されています。



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